女系について最近TVで騒がれているらしいので参考に過去記事再掲載

 

 

 

 

 

 

 

天皇は「私」を脱する存在で、民が一番大事だと思っている。 



陛下は国家の存亡という広い視野から国民全体の利益を考えていたし、このように敗戦後も陛下は死を覚悟しすべての責任を自分が負って国民の命を守ろうとしたのである。



 




世のため、人のため。私達にそういう生き方、哲学理念を示しているお方なのだ。 




皇帝や王はいわば盗賊。だから自分だけが大事で、自分以外は全部奴隷である。 



そういうのと混合すべきではない。 

http://www.nicovideo.jp/watch/1361496924?nicorepomail 

目から鱗! 

クリップマッカーサー回想記 

私は、天皇が、戦争犯罪者として起訴されないよう、自分の立場を訴え始めるのではないか、という不安を感じた。



連合国の一部、ことにソ連と英国からは、天皇を戦争犯罪者に含めろと言う声がかなり強くあがっていた。



現に、これらの国が提出した最初の戦犯リストには、天皇が筆頭に記されていたのだ。




私は、そのような不公正な行動が、いかに悲劇的な結果を招くことになるかが、よく分っていたので、そう言った動きには強力に抵抗した。 



 ワシントンが英国の見解に傾きそうになった時には、私は、もしそんな事をすれば、少なくとも百万の将兵が必要になると警告した。





天皇が戦争犯罪者として起訴され、おそらく絞首刑に処せられる事にでもなれば、日本に軍政をしかねばならなくなり、ゲリラ戦が始まる事は、まず間違いないと私は見ていた。





結局天皇の名は、リストからはずされたのだが、こういったいきさつを、天皇は少しも知っていなかったのである。 



しかし、この私の不安は根拠のないものだった。天皇の口から出たのは、次のような言葉だった。





 「私は、国民が戦争遂行にあたって、政治、軍事両面で行った全ての決定と行動に対する、全責任を負うものとして、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためにおたずねした。」 





 私は、大きい感動にゆすぶられた。死を伴うほどの責任、それも私の知り尽くしている諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとする。





この勇気に満ちた態度は、私の骨の髄までも揺り動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても、日本の最上の紳士である事を感じ取ったのである。下巻P142 



この陛下の発言を「なかった」とする研究者がいる。なかったとしたいのだろう。陛下を貶めたい連中は。



しかし、 
外務省の罪を問うという本に、 通訳した奥村勝蔵が日本経済調査協議会にいた青葉翰於という人に、昭和天皇のこの発言はあったと証言していた。P74 
とある。 





昭和二十年の敗戦時に、もしも天皇がおられなければ「終戦の詔書」もなく、おそらく当時の日本人は本土決戦に突入して本当に国民全員が玉砕し、民族消滅となっていた可能性も十分にある。




当時の軍部が立案していた本土防衛計画では、残存予備兵力二百三十五万人、陸海軍に配属される民兵四百万人強、さらに先込め銃・竹槍・火災ビンで武装する国民義勇部隊二千八百万人、つまり合計三千五百万人近くの日本人が本土を巨人なる硫黄島にする決意で待機していた。 





もし本土決戦が実行されていたならば、その凄絶さはベトナムやイラクの比ではなく、アメリカは三発目、四発目の原爆投下を行っていたことであろう。 





ポツダム宣言受諾のご聖断の際、昭和天皇は御前会議で「多くの者が戦死し、その家族の者は今も苦しんでいる。もうこれ以上、臣民を苦しませることはできない。私はどうなってもよいから臣民を救ってやりたい」とご落涙なされた。 



このとき昭和天皇は戦勝国の手で 自らが処刑される御覚悟を持っておられたのだ。 




人類史上において、民を守るために生命を捨てようとした君主は、昭和天皇をおいて他に存在しない。 




もし仮に昭和天皇が死を怖れフセインのように逃亡して穴ぐらに隠れていたならば、本土決戦と民族玉砕は現実のものとなっていたのだ。 




日本という国家民族の分裂を避けるための天皇の神聖なる本来の役割は、 百年に一回や二回しか果たされる機会はない。 




しかし国家の真の危機においては日本民族を一つにまとめる崇高なる存在は、 天皇をおいて他には一切存在しないのだ。 



クリップ歪められる日本現代史秦 郁彦 




アメリカ国務省からGHQの政治顧問として派遣されていたアチソンが、マッカーサーから 伝えられた会見内容を本国に打電している。




 しばらく非公開(1974年まで)だったが、そこには「天皇は、日本国民の指導者として、臣民のとったあらゆる行動に責任を持つつもりだと述べた」と明記してる。 




この時の「天皇が一切の責任を負う」旨の発言は、通訳の奥村が記録から削除した。 



理由は「余りの重大さを顧慮」とのこと。東京裁判前であり謙譲の美徳が通じない連合国側に「天皇有罪の証拠」として利用されるのを恐れたからだという。 




この文書を最初にアメリカ国立公文書館で発見した秦郁彦氏は、「決め手と言ってよい文書」「天皇が全戦争責任を負うつもりであったのは明らかである」と指摘している。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人種の平等と世界平和,公正な世界を目指した日本

http://ameblo.jp/ganbaredameomajide/entry-11988342942.html

 
 

 


 

最終目標は天皇の処刑 中国「日本解放工作」の恐るべき全貌
http://ameblo.jp/ganbaredameomajide/entry-11975755955.html

 



皇室の存在は中国や韓国含め中華主義の異民族同化吸収に対する防波堤 
http://kanryuudaisuki.ldblog.jp/archives/33683680.html