「お前は顔は良くないし、頭も良いほうじゃないし、これといった特徴もあるわけじゃないし。だからお前のことを良いと言ってくれる人なら誰でもいいからお付き合いしろ」

 

って、父に言われたのは高校生ぐらいだったかなぁ。

自分のことが分からないのに自分じゃない人のことなどもっと分からない。

生まれてから一番長い付き合いであるはずの父親とさえ、まったく気持ちが通じ合わないというのに。

 

なのに唐突にお付き合いしたいと名乗りを上げてきた他人と気持ちが通じるとも思えないのは当たり前だろう。

 

この時父親がこんなこと言ってきた理由だって、私が選り好みしていつまでも彼氏ができないと決めつけてきたからだった。

 

私は恋愛が怖かった。ダメになったら傷つくので。

自分がダメだから相手に受け入れてもらえなかったと、自分で自分を全否定してしまうだろう。

 

そういう厄介で面倒くさくて自殺やストーカーに結びついてしまうような恋愛をしそうな私に育つまでには、この無神経で身勝手な父親との関係が大きく影響をしているのだけれども。

 

だから、恋愛は最小限にとどめようと決めていた。

母親はいつも弟の部屋を物色して、彼女からの手紙を見つけては

あんなこと書いてあった、こんなこと書いてあったって父や私に言っていた。

 

私はそんなことされたくなかったから、そういうものは全部まとめて持ち歩いていた。

 

誰でもいいといいながら、近所の人には少しうらやましがられるような人と付き合って、それでいて、できちゃった結婚で親に恥をかかせることなく、良き頃合いを見計らって結婚してくれということを求められているのは分かっていたけど、

 

本当に相手が誰でもいいかというと、両親がどんなだとか、どんな仕事をしているとか、相手自身がどんな職業だとか、次男だとか長男だとか、言いたがる。

 

私のほうがそんないい物件でもないだろうに、親の選り好みであれこれ言われて親の納得を求めて恋愛をする気はなかった。

 

高校一年生の終わりごろ、クラスメイトの某が付き合おうと言ってくれたので、

某と付き合うことにした。

 

某は高校を卒業するとき消防士になった。

私は地元の短大に進学した。

 

某の母は公務員だった。某の兄も公務員だった。

某の父は長距離トラックの運転手だった。

 

次男坊で公務員の某が彼氏であることを私の両親は喜んでいたが、

社会人になった彼と私の世界観は違った。

 

お泊りで旅行に行くことや、カラオケという密室に二人で行くことを

私の両親は良しとしないし、私も、いちいち詮索する親をだます面倒くささより

要領が悪いけど、正直につじつまの合うお付き合いを良しとしていた。

 

結局「あんたはつまらん!」ということで振られてしまったのだけども。

そのときにはもう、彼には別の大人の彼女がいて。

 

予想通り、自分でも自分を責めたし、追い打ちをかけるように両親も

私がダメだから、この納得のいく恋愛がダメになったのだといわれ続けた。

 

まだ、働いてもいないころの思い出。

働くようになって、自分の両親かなり他の人と違うなって思うようになる。

とりあえず、ダメになった恋愛の喪に服してしばらく無くしものの痛みを感じながら過ごすことにしたのだけれども、

 

私、今50歳。

元カレはこの世に某一人だけw

息子にも元カレ(元カノ)の数を追い越され、

あー、私って恋愛しなかったなって思う。

 

最初から婚活だったなーって。

まぁ、柔道的に言ったら、技ありじゃなくて一本取りに行ってたって思えばいいのかね。

でも、全然、恋愛の楽しいを知ることはなかったなぁって思う。

「つまらん!」

でしょうねw

 

負け惜しみなのかもしれないけど、

たくさん恋愛ないこと、結構自慢。

 

つまらないけど、一本取りに行った私の恋愛ヒストリーつまらなくて自慢だ。