がんフーフー日記 -79ページ目

当事者同士

ダンナです。





先週、このページで「来週あたりたぶんいわき行き決行」の報を

お知らせしたこともあって、

今日明日の週末は、東京近辺にお住まいのヨメの友人の見舞いが

相次いでいます。


故郷のいわきに戻るということは、多くの友人の近くにいける一方、

東京近辺の友人達とは疎遠になってしまうわけで。

ここ数日は会える人とは会っておきたいという焦りに追われていました。



一方、ヨメがいわきに行くということは、同時にぺ~もいわきに行くという

ことであり、つまり彼も当分東京近辺にはいられなくなるわけで、

私は私で、まだ幼いぺ~の姿を一度お見せしたかった人たちに

顔見せするため、今日はばたばたと奔走していました。




つまり、私もヨメもぺ~さんも、「東京を発つ鳥」としての準備に

余念がない、なんだか虎視眈々というか、

よく考えると切ないような週末をすごしている真っ最中。





そんな中、今日はヨメのところに、同じがん患者のFジタさんが

見舞いに来てくださいました。


Fジタさんは、T病院の大部屋のときヨメと一緒になった方で、

そこで話して仲良くなり、お互いメールをしたり

励ましあったりしてここまですごしてきた方です。



性格に過敏なところのあるヨメは、

あの頃、大部屋に移ることに難色を示していたのですが、

結局移ることになり、移ったら移ったで、

Fジタさんのような同病の方と知り合いになれたことを

ひどく喜んでいました。



やはり「同病相哀れむ」じゃないですが、

どうしても、「同じがん患者」という立ち位置でしか

わかりあえない部分、

癒しあえない部分、

慰めあえない部分というのは存在すると思うのです。


世間では「患者会」などという、

わざわざそのための集会もあるぐらいなのですが、

ヨメは幸いなことに大部屋というシステムの中で、

そういう方と巡り合い、互いの病状を伝え合い、

情報を交換し合い、一緒にがんばっていける関係を築けた――

その方が本日、R病院を訪ねてくださったのでした。




私もFジタさんにはぜひ会いたかったのですが、

そもそもどうしてそんなにもFジタさんに会いたかったかというと、

個人的には、Fジタさんはもちろん、ヨメを通して話を聞く

「Fジタさんのダンナさん」にぜひお会いして、お話してみたかったのです。



ヨメとFジタさんが、「がん患者」という抜き差しならない共通項を

抱えて、互いにシンパシーを持って接し合えているのだとしたら、

私は、Fジタさんのダンナさんに対して

「がん患者のヨメを抱えたダンナ同士」という共通項で、

会ってもいないのに、ひどくシンパシーを感じるところがあったのです。



で、当事者同士じゃないとできない話をしてみたかった。

当事者同士じゃないとできない「ヨメががん患者・あるある」をして、

いくつか抱えたもやもやに「やっぱそうっすよね!」と言って、

最後は「でも、がんばっていきましょう!」と清々しい気持ちになりたかった。



結局、今日は私がぺ~を知人に会わせる都合で、

実際お会いすることは叶わなかったけど、

実はこれまでも、私は会ったこともないFジタさんのダンナさんに向けて

この文章を書いていたところもあるのです。




他の人にはわからないかもしれないけど、

Fジタさんのダンナさんなら、この感じ、わかってくれるんじゃないか、って。


ときにはそういう看護者の視点を、あえて貫いたのは、

私がFジタさんの存在を知っていたから、だからその後ろにきっといるだろう、

幾人かの、Fジタさんのダンナさん的存在=がん患者の妻を抱えた夫たちの

姿を信じることができたわけで。




そう考えると、

会ったこともないのに、どこか頼ってるってことで、

なんだかフシギで愉快な気持ちになってきます。



やっぱ、友達(=理解者)って、いくつになってもほしいんです。

で、そうなれる人、わかりあえてしまう部分を持った人って、

実はちょっとしかいなくて、もう決められていたりする。



当事者同士、というこの有無を言わせぬ共通項たるや!






Fジタさん、

今日はわざわざ川崎から来ていただいてありがとうございました。


そして、Fジタさんのダンナさん、

今日はお会いできませんでしたが、

なんかその存在だけで励まされてます。

お互い、いろいろ感じること、言いたいけど言えないこと、

ヨメの悪口など(笑)、多々あるでしょうが、

まー、そのへんはやせ我慢しながら、がんばっていきましょうや!



たまには、誰かひとりに向けたメッセージもいいもんでしょ。