「さぁて、どうしたものかな」

 青々と剃りあげた頭をつるりとなで上げる。

 目の前に広げられているのは、五枚の小判。

 十両あれば、江戸の街で、一年は不自由なく過ごせるといわれたご時勢である。

「今回の仕置は、ぜひとも、鉄さんにお願いしたいと、芝の元締めから言い付かっております」

 もごもごと、口ごもるように、それでいて、

『有無を言わせぬ』

 威圧感を与えてくる。

 この初老の男、その風体や身なりから、一見、どこぞのご隠居に見てとれる。

 が、目くばせ一つ、視線の配り方を見るだけで、市井の老人のそれとは、どこか違うと、思わせるものがある。

 実のところ、この男、浅草界隈の香具師の元締め、芝屋総兵衛の懐刀として、その道では知られている。

 名を矢次郎という。

 この芝屋、表では、浅草の縁日を取り仕切り、江戸では、それと名の知れた男である。

 しかしながら、この芝屋は、決して表には出せない、裏の顔をも併せ持つ闇の世界の住人なのだ。


「世の中で、生かしてはおいては、世のため、人のためにならぬ」


 そういった輩を、人知れず、あの夜に送り届ける闇の家業。

 江戸では、仕掛人、仕置人などと呼ばれているが、その存在を証明するものは、一切認められなかった。

 

 この念仏の鉄も、数年前、骨接ぎを営む傍ら、数人の仲間とともに、

「晴らせぬ恨みを晴らす」

 家業に、いそしんでいた。

 だが、その存在をかぎつけられ、奉行所に仲間を捕らえられたことをきっかけに、江戸を後にして、ほとぼりが冷めるのを待ち続けた。

 頃合いを見計らって、江戸へ舞い戻った鉄の世話を焼いてくれたのが、旅先で知りあった芝屋ということだ。 

 食う寝るところに住む所を世話してもらった手前、その頼みもむげには断れぬ。

 それゆえ、鉄にとっては、

「頭の上がらぬ」

 存在なのは、間違いない。

 現に、鉄も、芝の元締めの依頼で、すでに、三人ほど、あの世に送っている。

 その手際のよさ、勝負度胸にべたぼれした芝の元締めは、何度となく、鉄に、殺しの依頼をしてきている。


(どうもな・・・)


 裏の世界の人間が、金以外で貸しを作ると、これだけ、負いを背負わねばならないのか、鉄は、なんとなく、そういった心苦しさを感じるようになっていた。


「それで、矢次郎さん、どこのどいつをやれ、と?」

 苦虫を潰したような顔で、矢次郎をにらみつける。

 不貞腐れた態度を、隠そうともしない。

 だが、そういった鉄の顔つきなど、一切、気に留める風もなく、手放しに喜んでみせる。

「おうおう、乗り気になってくれましたか。なにせ、この男は、とんでもない悪党でして」

「矢次郎さん、芝の元締めの持ってきなさる仕掛けだ。間違いがないのは、百も承知。俺は、どこのどいつをやればいいのか、それだけ、教えてもらえれば、充分です」

 と、矢次郎の言葉をさえぎった。

 一瞬、眉をひそめた矢次郎だが、すぐに気を取り直し、言葉をつないだ。

「へぇ、よ、ござんす。このたび、鉄さんに仕置してもらいたい男というのは」

 じっと、鉄の目を覗き込み、

「虎という男でございます。半年ほど前に、上方から出てまいりまして、それはもう」

 と、言葉尻を濁した。


「わかりました。あとは、こちらで」

 鉄は、小判を懐に入れた。

「ふふ、うふふ。これは、鉄さん、私から」

 と、満足そうな笑みを浮かべると、紙入れから小判を一枚出し、目の前に置いた。

「あとは、鉄さんのなさること、首尾よく、ことがすみましたら、もう五両、上乗せさせていただきます」

 鉄は、矢次郎が、家を出るまで、その小判には、手をつけなかった。


「虎、なにものなんだ・・・」

 鉄は、もう一度、つるり、と、頭をなで上げた。


続かない・・・。