ジャーマン・スープレックス。

昭和世代にとって、ジャーマン・スープレックスは、『プロレスの芸術品』と呼ばれ、一撃必殺の決め技として、滅多に見ることがない大技として、認知されていました。

カール・ゴッチが、作り出したこの大技は、猪木から藤波、初代タイガーマスクへと受け継がれ、大一番の決定打として、使われ続けてきました。

全日では、鶴田が、Wアーム、フロント、サイド、そして、ジャーマンの4種類のジャーマンを使い、名勝負を産み出しました。

鶴田が、テーズから、バックドロップを直伝されると、ジャーマンは封印され、バックドロップをフィニッシュ・ホールドとして多用するようになりました。

それと入れ替わるかのように、二代目タイガーマスクが、タイガー・スープレックス84、スーパー・タイガー・スープレックス、タイガー・スープレックス85と、ジャーマン系の大技を使うようになります。


今でこそ、ジャーマンは、つなぎ技として、第一試合から使われるようになりましたが、初代タイガーのデビュー以前で、私がジャーマンを見たのは、アントニオ猪木対マスクド・スーパースター戦、カール・ゴッチ対藤原義明戦しかなく、かなりなレアな決め技でした。


かつては、『ジャーマンができるかできないかで、一流かどうかがわかる』という持論を展開する方もいました(ハンセンやブロディとは無縁な話です)。

ジャーマンを決めるためには、まず、相手をまっすぐに広報に放り投げるための背筋力。

二人分の体重を支える首の強さ。

きれいなブリッジを作るための柔軟性が必要とされます。

これらを兼ね備えるということは、かなり高い身体能力が要求されるわけです。


ジャーマン神話が崩れて始めてきたのは、1987年に初来日したリック・スタイナーの通称『投げっぱなし』ジャーマンが、世の中に認知されてからだと思います。

本来、ジャーマンは、がっちりとクラッチし、ホールドすることで、完璧な3カウントを奪う技ですが、投げっぱなすことにより、さらに、次なる攻撃につなげるようになりました。

さらに、Uインターに来日したゲーリー・オブライトの超高速ジャーマンの台頭により、3カウントを取る技ではなく、KOする技に変わるようになりました。

ゴッチや馳は、「ジャーマンは、ホールドするから、一撃必殺なんだ。ホールドしないジャーマンは、ただのボディスラム」と、かなり手厳しい意見を言っています。

事実、ジャーマンは、投げっぱなしにするより、ホールドすることで、首に体重をかけ、身動きが取れなくなることで、3カウントを奪う技です。

クラッチの位置を、腹ではなく、胸の辺り、わきの下に近いところですると、かなり危険な角度で、マットに落ちることになります。

ですから、本当に、ダメージを与えるのであれば、投げっぱなしより、ホールドしたほうが確実です。


また、カズ・ハヤシがやり始めた投げっぱなしジャーマンを空中で切り返し、着地する・・・技術が、生み出されてから、ジャーマンが、完璧なつなぎ技に成り下がってしまいました。

受身の技術の向上で、必殺技が、必殺ではなくなってしまう。

これも、時代の流れなのかもしれません。


ちなみに、テーズにあって、ゴッチにないものは何でしょう?

テーズの必殺技は、いわずと知れた『バックドロップ』ですが、この技は、相手の力量に合わせて、投げる角度を変えることができる、比較的、優しい技です。

受身がうまいレスラーは、自分で、ダメージを減らすことができるし、それなりのレスラーに対しては、仕掛ける側が、角度を調節して、怪我をしない程度に投げることができます。

ところが、ゴッチの必殺技『ジャーマン』は、「気がついたら、有無を言わさず、後ろに放り投げられる」と、レスラー仲間から、敬遠される技であったといわれています。

バックドロップとジャーマンの違いこそが、一流レスラーであったか、そうでないのか、1960年代と1980年代では、まったく価値観が違うあたりが、面白くないですか?


私が、最高のジャーマンの使い手を3人上げるとしたなら、前田明(日明じゃないですよ)、ヒロ斉藤、初代タイガーマスクになります。

ヨーロッパから凱旋帰国し、IWGP決勝リーグに参加した前田は、『アンドレをジャーマンで投げる』と豪語し、実際の試合では、バックを取るところまではいったんですが、投げきることはできず、圧殺。

しかし、同リーグ戦での猪木との最初で最後の師弟対決で見せたスープレックスの数々は、それはもう、見事なブリッジでした。

猪木じゃなかったら、決まっていたかもしれない、そう思わせるだけの説得力がありました。

初代タイガーのジャーマンといえば、デビュー戦のダイナマイト・キッドに決めた一撃に尽きます。

あの見事なジャーマンは、私のプロレス観戦暦で、一、二に残るベスト・フィニッシュです。

そして、ヒロ斉藤。

ポンポコなおなかのアーチを差し引いても、見事なブリッジ。

コブラとのWWFjr選手権、無我の旗揚げの西村戦。

ここ一番で繰り出されるヒロのジャーマンは、まさに、芸術品の一言に尽きます。


ジャーマン・スープレックスは、仕掛ける側の技量もさることながら、受け手の技術もある程度のところに到達していないと、試合ではお目にかかれない大技なのです。

投げっぱなしじゃなく、キッチリとホールドする正当なジャーマンを見せてくれるレスラーは、どこにいますか?