必殺仕掛人
緒形拳
必殺シリーズ第一作「必殺仕掛人」の主人公、藤枝梅安。
この人なくして、現在の必殺シリーズは無かった。
必殺シリーズができるまでのお話は、書籍、グーグルなどを参照していただくとして、この「アンモラル」な主人公は、放送世界の常識を打ち破った。
今まで、「金をもらって人を殺す」のは、悪役のやることである。
しかも、暗殺。
しかしながら、この非常識な主人公が受け入れられたのは、
「世の中は、いいことをしながら、悪いことをし、悪いことをしながら、いいことをしている」
という原作にある世の中の矛盾を、見事に描ききったことにあると思われる。
針医者として、表家業がありながら、「仕掛人」として、裏の世界に身をおく。
人を殺した金で、女を抱き、うまいものを食う。
しかし、その金があるからこそ、金に困窮している市井の人々を、ただに近い料金で治療してやることができる。
いいことをするために、悪いことをして、金を稼ぐ。
この矛盾こそが、必殺シリーズの根源であると思う。
必殺仕掛人の成功を元に、池波正太郎先生の原作は、さまざまなメディアで、映像化されている。
梅安を演じた役者は、緒形拳以外にも、小林桂樹、萬屋錦之介、渡辺謙、岸谷五郎がいるが、一番原作に近いのは、原作者も太鼓判を押している小林梅安であろう。
緒形梅安は、原作の匂いを残しつつ、テレビ用にアレンジされている向きも多く、原作者の池波先生は、あまり快く思っていなかったらしい。
梅安の役どころは、「坊主頭」「針による刺殺」と、後のシリーズに、多大なる影響を与え、必殺を作り上げる上で、中村主水とともに、欠かせないキャラクターである。
原作の梅安は、食道楽だが、それほど女好きというわけではなく、よく出入りする料亭の女中と恋仲になるが、必殺の梅安は、芸者と良い仲になりつつ、あちこちで、女遊びを繰り返す、放蕩三昧なイメージが強い。
仕掛けの依頼に対しても、自分の意思で、仕掛けを台無しにしたり、元締めに無断で、仕掛けを請け負ったりと、結構いい加減なところが多い。
これは、初めてのシリーズということで、スタッフが試行錯誤しているのと、監督の演出により、それぞれの思い描いている『梅安』像があるので、その話によって、梅安の性格が、違っていたりする。
そういった中で、緒形拳は、独自の梅安を生み出し、回を重ねれば重ねるほど、その迫力は増し続ける。
「沙汰ありに沙汰なし」「横を向いた仕掛人」での、殺しのシーンは、全必殺シリーズの中でも、迫力と殺気がみなぎった殺しで、まさに、初期必殺の名シーンとして、記憶に残っている(私見)。
「この世の中には、晴らせぬ恨みを晴らしてくれるXX人と呼ばれる人が・・・」などという後期必殺のお約束シーンなど一切無い、「金をもらって、人を殺す」職業の業の深さを、できることなら、一度でいいから、体感してもらいたい。
ちなみに、緒形拳は、仕掛人梅安の役柄をえらく気に入っており、必殺シリーズのお声がかかるたびに、梅安で無くてはいやだ、と、出演を渋った、という話もあるらしい。
その緒形拳が、後年、「隠し剣 鬼の爪」で、心臓を針状の武器で一突きされて絶命する役を演じているのだから、世の中、わからないものだ。
某コミュで、「仕掛人は、原作があるから、テレビの関係者は悔しかったでしょう」などと、非常に、的外れなコメントを残した方が、いらっしゃったが、「仕掛人 藤枝梅安」の小説があればこそ、今、こうして、我々は、必殺シリーズに、心を奪われている。
梅安の存在なくして、必殺シリーズは、ありえなかったのだ。
このすばらしいキャラクターを、世に送り出した池波先生、そして、この難しい題材をテレビの世界に持ってきた山内プロデューサーに、心のそこから、感謝したい。