『ま』…と言えば…。
マット・ボーン、マニー・フェルナンデス、マイク・デービス…。
ネタに事欠かないんだけど、やっぱり、ここは、メジャーどころで、『流星仮面 マスクド・スーパースター』で行きましょう。

初来日は、モンゴルズの片割れ、ボロ・モンゴル。
何の取り柄もないパワー・ファイターでしたが、マスクを被ると同時に、メキメキと頭角を表し、日本、アメリカでもトップレスラー入りしました。
WWF入りして、チャンピオンになったばかりのホーガンのライバルになったり、AWAでは、マサ斉藤、シーク・アドナン・アル・ケーシーとチームを組んだりして、猛威を振るいました。
猪木との試合で、印象深いのは、やっぱり、蔵前国技館を満員にした『覆面剥ぎ&三万ドルデスマッチ』ですね。
猪木が勝てばスーパースターのマスクを剥ぐ。
スーパースターが勝てば、賞金三万ドルがもらえます!
試合は、まさに一進一退の攻防。
猪木、スーパースターともに、受けのスペシャリストだけあり、見応えのある試合でした。
当時の実況の古舘アナと山本小鉄の解説も、盛り上がります!
古舘『今日の猪木、鬼気迫る勢いですね。師匠のカール・ゴッチが夢枕に立って、激励に現れたそうですよ』
山本『私も、大一番にそういう経験がありますよ。アメリカ遠征の時にですね、夢を見たんです』古舘『そうなんですか。あーっと、猪木、バックをとった、ジャーマン!人間橋ジャーマン・スープレックス!神様ゴッチの夢のお告げが、猪木の勝利を引き寄せた!』

あれから、三十年近い月日が経ちますが、たまに、山本さんが、どんな夢を見たのか、気になります。
ちなみに、マスクド・スーパースター、マスク脱がないで、トンズラこきました。
それでも、暴動とか起きないんだから、まだ、猪木のカリスマ性は、すごいものだったんですね。
その割りには、新日ドバイ遠征に素顔で試合したりしてます。
その後、『悪の正太郎君』若松マネージャーに洗脳され、アンドレと一緒にマシーン軍団入り。
ジャイアント・マシーン&スーパー・マシーンのコンビで大暴れしました。
WWFと新日の契約が切れた後も、マーおじさんとのコンビで新日で活躍していましたが、WWFの全米侵攻に伴い、長期契約を結びます。
当初、WWFは、ロード・ウォリアーズを引き抜きたかったのですが、その計画が頓挫。
WWF首脳陣が探していた『デカくて、動けて、上手いレスラー』のお目がねにかなったのが、元ラシアンズのクラッシャー・クルスチョフことバリー・ダーソゥとマスクド・スーパースターの二人でした。
以後、けばけばしいペイントに殴る蹴るど突くを主体とした分かりやすいパワー・ファイトに徹した『ザ・デモリッション』の誕生です。

以後、五年間、タッグのトップとして、パワー・オブ・ペイン、ハート・ファウンデーション、ストライク・フォース相手に、レッスルマニアをにぎわせました。
日本では、全日本、新日本、WWFの合同興業で、なんと、馬場&アンドレ組を相手に、ドームを揺るがせました。

WWFにロード・ウォリアーズが移籍した辺りから、次第にフェードアウト。
新日本にアックス・デモリッションとして参加。
その後、Wingに参加、マーおじさんとのタッグで、若手をきりきり舞いさせていました。

本当に、どの団体にいっても、トップレスラー。
パワー・ファイターとしては、超一流。
コーナー・トップから、ボディアタックをこなす運動神経の持ち主。
キャリア豊富なインサイドワークは、天下一品。
素晴らしいレスラーです。





ジャイアント馬場からは、よく思われていなかったらしいですね。
マスカラスに対抗するかのような空中技も使う。
得意技は、馬場の切り札『ジャンピング・ネックブリーカー』(新日本では、『フライング・スリーパー』と呼ばれています)です。
馬場好みの動ける巨漢ですが、当てつけのように、マスカラスの真似をしたりするので、目の上のタンコブのようでした。ドーム対決で、アックスの脳天を、十六文で蹴りあげた時の馬場が、やけに嬉しそうに見えたのは、俺だけでしょうか?