こんにちは。
先日、3年ぶりに娘の小学校の運動会が開催されました😊
学年ごとにスケジュールを分けて、保護者も密にならないように工夫されての運動会でしたが、3年前は小学校2年生だった娘は5年生に🎒
すごい成長していて、びっくりと感動でした✨
何よりとっても楽しそうに参加していた娘の姿が嬉しくて。
こんな風に少しずつ、規制されていた事ができるようになってきたら、いいなあと思います。
『ごめん、迷惑かけることになっちゃう。』
これって本来、自分が病気になったりした時に言うような言葉ではないと思うんです。
叔母は40代の時に脳腫瘍の旦那さんの闘病を支え、それからは友人との時間を楽しみながら、私が思春期の反抗期で親との関係が微妙な時期にもうまく甘えさせてくれた、そんな 存在でした。
だから祖父の闘病が始まった際にはもちろん他の家族の協力はありましたが、叔母と2人で
とにかく奮闘した記憶です。
綺麗好きで料理が得意だった叔母の家はいつ行っても整理整頓がきちんとされており、見習いたいところがたくさんでした。
叔母から『ごめん、迷惑かけることになっちゃう。』
と連絡がきた際にはすでに叔母の癌は全身に転移しており、その後に担当医からもらった電話では心臓にがん細胞が湿潤しており、今日、急に心臓が止まる可能性もあると、大変怖い事を言われ、急いで病院に駆けつけました。
この、自分の身にとんでもない事が起こっている事を1人で聞かなければならなかった叔母の、この時の気持ちを思うと本当に胸がぎゅっとなりますが、叔母はとにかく周りに迷惑をかけないようにしなければという気持ちが強く、毅然としているようにその当時の私には見えていました。
でも病気になってまで、そして自分の人生の終わりが近い事を悟りながらも周りの事を考えなくてはいけなかった状況にしてしてしまった事を、今の私はまだうまく消化ができていません。
叔母の癌は「肺小細胞癌」というもので、告知された当初はすぐにでも何かあるのではないかと思ってしまいましたが、抗がん剤がよく効く種類の癌だった為、効果が現れて自宅に戻ることもできました。
そこから1年半ほどの間でとにかく私に迷惑をかけないようにと身の回りのものは出来るだけ
片付け、これから生じてくるであろう様々な事に対して、準備をしていました。
その姿は今でもとても尊敬しています。
その一方で叔母と姪という関係の中、叔母が自分の病気やこれからの事に対して何を感じて、どう思っているのか?ということを話さずに見送ってしまいました。
本音を話す事を叔母が本当に望んでいたのかも分かりませんが、でも
『ごめん、迷惑かけることになっちゃう。』
この言葉の意味を当時の私は多分、今ほど深くは考えていませんでした。
この気持ちがある以上、辛いことがあってもそこを私に打ち明けようとは思えなかったのではないか?
当時の私が叔母に対して、どうしてあげれば良かったのか、まだ分からずにいます・・・。
今日もお読み頂き、ありがとうございました。