こんにちは。

 

昨日、告知について書かせて頂きました。

その告知について、当時の私がどんな感情だったのか?を思い出して整理をする事で

もしかしたら今、同じような想いを抱えていらっしゃる方の参考になればと思ったので

今日は書かせて頂こうと思います。

 

癌である事、死期が近い事、これらはどちらも嬉しい告知では無い為、伝える側はそれを知った時に何も考えずにすぐにその事実を伝える事って中々出来ない事が多いと思います。

 

その時にどんな事を思うのか?

当時の私ですが。

「本人が受け止め切れるだろうか?」

「もしかしたら悲しみに暮れて、自暴自棄になってしまうのではないか?」

そんな事を思っていた様に思います。

 

これって私の感情ではあるのですが、自分の事ではなく相手がどう感じるか?なので

実際は私がいくら考えた所で答えが出なかったりするんです。

 

先日ある方とお話ししている中でその方が仰っていた事。

「その人の気持ちはその人のもの。」

それって当たり前の言葉だと思うのですが、この告知をどうするか?を当事者では無い私が

答えをどうするか?を考えた時に心の奥底で本当は思っていたのでは無いかと思うもの。

それは

「それを聞いた時の本人達を私が受け止め切れるのか?」

そこだったのでは無いかと思っています。

 

ただ当時の私はそこまで深くを見つめられる術を分かっていなかった。

 

冷静に過去を振り返り、今の私ならどうしていたのか?と自分に問うと本人達に伝えていたのでは無いかと考えます。

そして伝えた後に何をしていくか?どう向き合っていくか?。

 

唯一叔母は医師からの話を全て同席していたので、事実を私と同じ内容で聞いていました。

でもそこに対して多くは語りませんでした。

 

私は私でこれからの叔母の生活、行政とのやりとり、時間がいくらあっても足りないと

思っていましたが、それは私の逃げ道だったのかもしれません。

 

人生において『死』ってやはり大きな事である方が多いと思います。

その大きな事にきちんと向き合え無かった。

ましてや急に人生を終えなければならない方もたくさんいる中、そこと向き合うための時間はあるはずなのに・・・。

 

何度経験しても身近な人が人生を終えるって未知の世界で、その瞬間が近いうちに訪れる時間ってどうしたら良いか分からない。

 

一人で自分の死と向き合わせる事をさせてしまった叔母に対してはまた告知とは違った後悔があります。

そして受け止め切れるか自分に自信がない事で、自分の人生の終わりをどう迎えるかを考えてもらう事を奪ってしまった父や祖父に対しての後悔。

 

その当時の自分の弱さと私はこれから先どう向き合っていくのか?

 

今日もお読み頂きありがとうございました。