今日は会社にほとんど人がいなかった。
皆さん現場や出張に出払っていて、社内にいたのは3~5人だった。
分からない事を聞くときに、大変困った。
でもなんかちょっとワクワクするような楽しいような感じもした。
今日は通勤中に、なんか一人で考え事をしていて、勝手に腹を立てていた。
誰かが怒っていたとする。
自分はその人に仕事の話をしなければならないけれど、「今はいかない方がいいな」と、
空気を察して(察したつもりで)後回しにしようとしている。
でも実際はそれは本当に自分が望んだ結果を得るための判断ではなく、「今はやめといた方が良いよな?」と、周りと騒ぎたいだけではないか?
その人を悪者にすることで、自分が被害者面をすることで、周りとの結束を深めようとしているだけだったりはしないか?
下らないと思う。
「仕事なのだから、関係ない」と、真っ直ぐ言える人になりたいものだ。
言わない人を醜いとは思わないが、やはり実直な方が美しく僕も見える。
そんなことを一人で電車の中で考え、勝手になんか熱くなっていた。
熱のやり場は無かった。
僕の座右の銘は、
「自分の好む・好まざるに関わらず、すべき時 にすべき事を成し遂げる」という言葉だけど、
僕がもっぱら今考える事は、今すべき事は何なのか、ということだ。
疲れている。
今日は怒られた。いつも怒られる人だから、いつも通りの反省をした。
でも僕は諦めないことにしてるから、基本的に諦めない。つまるところ、めげない。
怒られる理由に対しては理不尽な点も感じる事もあったが、僕の非が元である以上、僕が怒るには値しないものだと思う。しっかりと堂々と正しく怒っていい状況なんて、限りなく少ない。
自分が怒られて面白くないのは分かる。
でもそれをいちいち責任転嫁を続けて自分を表面上綺麗に保とうとすることなんて、馬鹿馬鹿しい。
せっかく注意してもらった事が無駄になる。
相手が自分の満足か発散のために怒っているかどうかは、こちらから謝ると明らかになる。
怒りたがっている人は言い負かしたがっている人だ。
謝られるとどうしようもなく罪悪感にかられる習性がある。
実体験である。
僕は焦らないことにした。
諦めないことにはしているが、焦らないことにはしていなかった。
なんというか、ミスをしたことよりもそのミスの処理で焦って、つまりテンパってしまったことがどうしようもなく自分が情けなく感じた。自分が消えていくような感覚で、それを指摘された時だけは悔しかった。かっこわるい、と思った。
だから僕は焦らない事にする。
「事にする」の力はすごい。
行動を先に立たせているのに引っ張らせて、内面を変える事ができる。
不思議だ。
最近、自分と向き合う時間が少なく、頭の中が散らかっている。
意識的に時間を作らなくてはならない。次の休みはどこかの喫茶店で本を読んだり、ボーっとしたりしようと思う。
でも自分と向き合うだけの時間など、取るものなのだろうか。
会議室で多くの人がアイディアを閃けないように、それを真っ直ぐ向き合うと出来ないものなのではないだろうか。うまく副産的に、効率よくしたい。
本は、受動的過ぎて自分と向き合う事の両立には向いていない。
もっと単純なことが良いと思う。
何か良いものはないかなあ。
ペンギン・ハイウェイを読み終わってしまった。
面白い本は大好きだけど、終わってしまうから嫌いだな、と思った。
本で泣いたのは初めてだなあ。素敵な本だった。
素敵で、不思議な本が好きだなあ。そりゃそうか。
内容については、そのうち反芻したら感想文として書こうと思う。無論、400字で。
ところで、こう自分の頭の中をブログにアウトプットしている時は、少なくとも自分と向き合えてる気がする。
そろそろカーテンが欲しい。
今日は怒られた。いつも怒られる人だから、いつも通りの反省をした。
でも僕は諦めないことにしてるから、基本的に諦めない。つまるところ、めげない。
怒られる理由に対しては理不尽な点も感じる事もあったが、僕の非が元である以上、僕が怒るには値しないものだと思う。しっかりと堂々と正しく怒っていい状況なんて、限りなく少ない。
自分が怒られて面白くないのは分かる。
でもそれをいちいち責任転嫁を続けて自分を表面上綺麗に保とうとすることなんて、馬鹿馬鹿しい。
せっかく注意してもらった事が無駄になる。
相手が自分の満足か発散のために怒っているかどうかは、こちらから謝ると明らかになる。
怒りたがっている人は言い負かしたがっている人だ。
謝られるとどうしようもなく罪悪感にかられる習性がある。
実体験である。
僕は焦らないことにした。
諦めないことにはしているが、焦らないことにはしていなかった。
なんというか、ミスをしたことよりもそのミスの処理で焦って、つまりテンパってしまったことがどうしようもなく自分が情けなく感じた。自分が消えていくような感覚で、それを指摘された時だけは悔しかった。かっこわるい、と思った。
だから僕は焦らない事にする。
「事にする」の力はすごい。
行動を先に立たせているのに引っ張らせて、内面を変える事ができる。
不思議だ。
最近、自分と向き合う時間が少なく、頭の中が散らかっている。
意識的に時間を作らなくてはならない。次の休みはどこかの喫茶店で本を読んだり、ボーっとしたりしようと思う。
でも自分と向き合うだけの時間など、取るものなのだろうか。
会議室で多くの人がアイディアを閃けないように、それを真っ直ぐ向き合うと出来ないものなのではないだろうか。うまく副産的に、効率よくしたい。
本は、受動的過ぎて自分と向き合う事の両立には向いていない。
もっと単純なことが良いと思う。
何か良いものはないかなあ。
ペンギン・ハイウェイを読み終わってしまった。
面白い本は大好きだけど、終わってしまうから嫌いだな、と思った。
本で泣いたのは初めてだなあ。素敵な本だった。
素敵で、不思議な本が好きだなあ。そりゃそうか。
内容については、そのうち反芻したら感想文として書こうと思う。無論、400字で。
ところで、こう自分の頭の中をブログにアウトプットしている時は、少なくとも自分と向き合えてる気がする。
そろそろカーテンが欲しい。
疲れている。
今日は上司が社長に怒られていたことが記憶に残った。大人が怒られているところなんて、そうそう見るもんじゃない。なんというか、ショックが大きい。
なんというか、これまで生きてきてあまり体験してこなかった事だけど、自分以外の人が怒られているのを見るのは、すごく疲れる。
自分が怒られるのと大差が無いほど、疲れた。
話は変わるが、役職のある人が大勢の部下の目の前で会社のトップに叱責されるというのは、僕らが想像だにしないほどの屈辱なんだろう。
見ちゃいけない気がして、みんなもあまり見ないようにしていたと思う。
でも、少なくとも今日はあの方は会社を良くするために怒ってた感じがした。
そういう人がいる組織は好きだな、と思う。
最近、意識が自分の中から離れていたのを感じた。
大変良くない事だ。
自分を見失うきっかけになると思 う。
なんというか、頭に一回入れずに、口で全部やっちゃうっていうのが癖になっていた。
なんというかあまりうまく言えないのがもどかしいが、頭の中に集中しようとすると、脳と口がうまく働く。
昔林檎さんが言ってた「思考は意識してするもの」ということなんだろうか。
さすがにうまい事を言うなあと思う。
そういえば最近のエプロンはエロいです。