活躍終了まで1ヶ月を切り… | 新田鉄人「久慈だョ!全員集合」

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難病と闘いながらピンの鉄道芸人、その他で活動する、元本物の鉄道の駅員と電気部、さらに保線の経験を持つ、新田鉄人のブログへようこそ!岩手県久慈市公認、北三陸久慈市ふるさと大使。潜水士の資格取得済。

荒川夢悟「テツろぐ」-小田急20000形_0002.JPG

来月17日に行われるダイヤ改正までに撤退してしまう、小田急の幾つかの電車たち。ついにラスト1ヶ月を切ってしまったこれらの車両を紹介したいと思います。
上の20000形RSEは、リゾート・スーパー・エクスプレスの略でJR御殿場線に乗り入れも行う車両として1990年(平成2年)に登場、7両編成2本が活躍してきました。車内が高いなどバリアフリーの面で問題があり、今回引退します。2階建て車両も挟まれています。一部の鉄道雑誌では、富士急行への譲渡の噂があると報じていますが、小田急や富士急行とも正式コメントは発表されていません。

荒川夢悟「テツろぐ」-小田急10000.JPG

こちらは10000形HiSEで、Hiには床が高く見通しも良いハイ・デッカーや、高級なハイ・グレード、質が高いハイ・レベルなどの意味が込められています。11両編成4本が1987年(昭和62年)から順次製造され、やはり床の高い点が災いして既に2本が廃車、編成を短縮して長野電鉄で再活躍中です。
この車両を使用して小田急全線を走るツアーも企画され、普段見ない路線に姿を現したりしています。

荒川夢悟「テツろぐ」-小田急5000形.JPG

5000形は1969年(昭和44年)から新製を開始し、8年間で4両編成15本が揃い、その後の5年間で一部設計変更などを加えた5200形が6両編成20本が製造されました。いわゆる最後の「小田急」顔で、廃車開始後は5200形を4両編成に縮めたものも見られました。
これらの引退する3形式は、来月24日と25日に海老名の車両基地で開催予定のイベントで展示されます。

荒川夢悟「テツろぐ」-小田急7000.JPG

ちなみに余談ですが、7000形LSEは1980年(昭和44年)から11両編成4本が製造され、廃車も出ました。リニューアル工事と塗装変更を受けて活躍、廃車が出て今後は2本体制となるものの、過去の塗装に統一されることになり写真にあるリニューアル後の塗装の編成の運転は終了しています。
時代の流れは誰にも止められず、こういった車両との別れはどこにでもあります。しかし長く活躍した功績は大きく、ご苦労さまと言いたいです。