触らない治療というと、怪しく思う人もいると思いますが、僕だって最初は違和感だらけでした。
触らないというだけで、不思議がられ、それだけならまだしも、宗教っぽく思われたり、江原さんみたいな人たちが世の中に知れ渡るような時代になっても、やはり不思議なものは怪しいと一歩も二歩も引かれてしまう訳です。
接骨院で何か怪しいことをしていると言われても何も不思議ではない、ましてやヒーリングという言葉、治療とは言わず、ヒーリングと言う。そこも違和感に感じる人は多いわけですよ。
でも「接骨院という名でヒーリングをして何が悪い」と思っていましたし、僕自身そんなところに囚われる事もそれほどなかったので、今があるのだと思います。
世の中の多くの人は、目に見えるものや聞いたこと、触れたものなどで多くの事を判断しがちです。
確かに揉んだり捻ったり押したりしたほうが、そこに「やってもらった感」が発生するわけで、もし何の変化も現れなくても「してもらった」という事実だけは残るでしょう。
でも触らないと言うと、何にも残らないんですよ!
もし、何の効果もそこに無かったら、詐欺みたいなもので、訴えられてもおかしくない(笑い)
特に接骨院の業務からヒーリングという全く違った世界への違和感はクライアントには随分とあるのでしょう。
そんなリスキーな世界に何故僕が飛び込んだのかと言うと、
「自分の価値を認めて欲しい」ただそれだけなのです。
接骨院の先生には怒られてしまいますが、接骨院の業務で僕は満たされる事はなかったからなのです。
いくら患者さんが増えたからと言っても、いくら収入が増えたからといっても、自分の心はいつも揺れ動いいていて安心することは無かったのです。
「人に認められるにはどうしたらいのか?」と何時も考えていました。
僕が死んだら残された患者さんは隣の接骨院に行く。そんな自分の存在でいいのだろうか?
「生きた証しを残したい」そう強く思うのでした。
触らないとう事は肉体を扱うのではなく、大げさに言うと魂を扱うという事なんです。
まあ「心」とでも言うのでしょうか。
そこを感じたい。
で僕は、たまたまヒーリングという世界へ行ってしまったのです。