19日の夜から熱が上がり、動けなくなってしまいました。
翌日、病院へ行き検査した結果、例のヤツではなかったようで薬を飲みあっさり回復しました。
現状は酷い鼻詰まりくらいで他はピンピンしていますので、22日(月)より営業再開することにしました。
23日(火)は気まぐれ営業ですが、なるべく長く営業できるようスケジュールを組みますので、ホームページをご確認の上ご来店お待ちしております。
24日(水)は朝から予定が立て込んでいるのと、田舎に帰る前の最後の休みで準備等済ませたいのでお休みいただきます。
その後はラストの29日までフルスロットルで駆け抜け、30日に帰省です。
年末のこの時期、私は体調を崩しがちです。
自分では疲れていたり働きすぎといった感覚はないのですが、気づかないうちに疲労が蓄積され、免疫力が落ちる時期なのかもしれません。
今回動けなくなってわかったことは、初老の独り身は想像以上に寂しくて孤独なんだなってことです。
こんな時、いつもそばにいてくれて無償の愛を与えてくれたのが4月に死んだ愛猫だったのですが、今は骨壷の中です。
たとえ人間の一生涯のパートナーに出会うことが出来なかったとしても、猫という家族がいるというのは、そこに存在するだけでたくさんの苦しみ、悲しみから救ってくれていたんだと痛感しております。
一説によると愛玩動物の魂は、人間とは違う畜生界に行って、また人間を癒すという使命のもと、生まれ変わると言われていますね。
私はそれを信じてます。
だから、一周忌を一つの区切りとして納骨する予定でいます。
本当の意味で私の手から離れ、しっかり生まれ変わって、世界中に無数に存在する私のような孤独な人間に愛を与えてほしい。心からそう思います。
骨壷の中の愛猫と一緒に居れるのは、あと4ヶ月くらいになってしまいました。
私は霊感というものが0だと思っていたのですが、猫の死後、一度だけ不思議な体験をしました。
火葬前日から、猫のために家族が遠くから集まってくれました
。
当日、午前中のうちに猫は火葬されました。
猫と一緒にたくさんのカラフルな花で飾ったバスケット籠を抱き外に出ると、前日の暴風雨が嘘のように、抜けるような青空が広がっていました。
きっと、濡れることが嫌いな猫がちゃんとあの世に行けるよう、晴れてくれたのかな。そんなことを考えながら火葬車に向かっていると、とめどなく涙が溢れていました。
絶対に一生忘れることのない、ある晴れた春の日のことでした。
家族でご飯を食べたあとレンタカーでそれぞれ送りました。
帰宅したのは夜になってしまったのですが、私1人しか居なくなった静まり返った部屋で、一度だけはっきり声が聞こえたのです。
それが、ニャーとかでもなく、私の腕の中で看取った時に振り絞るように鳴いた声でしたので
「あぁ、まだ体が辛いのに、お別れを言うために我慢して待っててくれたんだな」
直感的にそう確信しました。
そして、いくら名前を呼んでもそれ以来一度も声は聞こえませんでした。
そういう不思議な体験をしましたので、やはり魂というのは存在すると思いましたし、生まれ変わりも信じています。
ちなみに、寂しすぎて頭がおかしくなってスピってるというわけではありません。
それを信じて、あわよくば生まれ変わってまた私の元に帰ってくると信じてたほうが、これからの人生で待ち受けている動物達との出会いが、もっと楽しくなるんじゃないかって、そう思えるんです。

