店主です。
ようやく春らしい陽気になりましたね。
ですがしばらく雨が続くようで、桜も一瞬の瞬きのように、咲き乱れて散っていくことでしょう…。
この美しい花を、私たちはあと何度見ることができるでしょうか。
毎年いつの間にか散っていく桜ですが、しっかりと心に刻み、強く生きたいものです。
今回はある人に向けて、私が小学校一年生だった頃の話をしましょう。
私の一番最初の記憶は、幼稚園児の頃の記憶です。
長野県で、一家の次男坊として産まれた私は、その後両親の出身地である東北の、全国的に有名な花火大会がある街に移住しました。
やがて妹が生まれ、5人家族になりました。
父親はモロに昭和のオヤジといった感じで、怖い記憶がほとんどですが、のちに見た家族写真の顔は、その表情だけで家族が好きで、愛に溢れていたんだなと感じました。
母親も、昭和の母といった感じで自分の時間なんて少しもないんじゃないかと思うほど、家族のために尽くしてくれていたと思います。
父親にこっぴどく怒られた時、救いを差し伸べてくれたのは母親でした。
今でも家族の笑い話として残る、ある事件が起きた母親と3人の兄弟でお風呂に入っていた記憶や、居間でファミコンの新人類やスパルタンXをやっていた記憶があります。
幼稚園のことも覚えていますし、あの店の軒先にカードダスがあったとか、あのスーパーでビックリマンチョコを買ったとか、どこを進めば幼稚園だったか、父親の車は何だったか、カーステレオから何が流れていたのか、借家の間取りはどんなだったのか、クリスマスにサンタさんから何をもらったのか、そんな細かい記憶も残っています。
改めて、人間って凄いですね。
小学校に入学して一年間過ごしたあと、現在の実家がある県庁所在地の街へ転校することになりました。
父親も母親も、きっととても頑張っていたのでしょう。今の私よりはるかに若い年齢、30前後で、広い庭があるマイホームと、その隣に二階建ての仕事の作業場まで建ててしまったわけですから、頑張っていないはずがありません。
子供の頃はその凄さを知る由もありませんが、この年齢になるとハッキリとわかりますね。
そして、私の人生の中で「初恋」と呼べるものも実はこの時期でした。
最後の日、クラスでお別れ会的なものをやってくれたのですが、最後の最後にある女の子が泣いてくれたのです。
恋というものがなんなのかわからないまま、1年間なんとなく気になっていた女の子だったのですが、その涙をみた瞬間にそれが恋に変わったんだと、初恋の記憶として残っています。
転校する同級生のために涙を流してくれた心の綺麗な女の子は、きっと素敵な女性になっている事でしょう。これまでもこれからも、幸せであることを願います。
みなさんの最初の記憶はいつの頃でしょうか。
都立家政でよく見ますが、先生に手を引かれそこらへんを歩いている保育園児も、すでに一生残るような記憶が刻まれている可能性がある、ということです。
ここにヘアカットのお店があった、そう記憶する未来の大人がいるかもしれませんね。
私は、いずれ田舎に帰る予定です。その時が来たらカットショップは跡形もなく消え去ることでしょう。
しかし、何十年も経ち、私がこの世からいなくなったあと誰か1人にでも
「昔はここにヘアカットのお店があって、小さいころ親に連れられて行ってたんだよ」
そんな風にカットショップを記憶に残してくれていたら、それはとても幸せなことですね。
新しいステージに進むということに「別れ」はつきものです。
そして、その先には全く接点がなかった新しい人との「出会い」が待っています。
出会いも別れも、良いことも悪いことも、それを繰り返して、人は成長するのだと思います。
良い友達、良い先生に恵まれ、楽しい学校生活になることを願っています。
