「Shelley」わかる人は昭和の人確定★w

 

先日までメンタルのアレがアレで休職していたんですよね。

 

で、まあ、あれやこれやで「社会生活に適応できねえ。。俺はもう死にてえ・・・死にてえよお・・・」とクリニックの先生にこぼしてたら1か月の休職をいただいたわけですが。

休職も終わるころ、動悸 息切れ 頭痛 吐き気 睡眠不足等々の症状も軽くなったし、いい感じに(?)貯金もなくなってきたので、働かざる者オタク活動するべからずなので、先月末からやんわりと働いております・・・。今のところ、何とか働けておりまする・・・。

 

って前置きが長くなってしまいましたが、その「休職」と言われた時ほっとしたのもあったんですが、これもまた何度目かの休職なものですからなんか申し訳ないのもあったし、うまく働くことも生きることもできんなあ。。。とかちょっと落ち込みモードの時、ふと口をついた歌が「シェリー」でして。

尾崎さんの歌は個人的に「うまく社会に入り込めなくて・・それどころか弾きものにされている人に寄添う」ようなイメージがあって、この曲もそうなんですけれども、初めて聴いた時は泣きましたねえ。

尾崎さんの曲が流行ったのって、私が中学生辺りでしたが(「卒業」とか)あの頃は今以上に激しくオタ活真っ盛りでしたので、聞き逃してたのもあるし、TMNのほうをよく聴いていたようなそんな時代でしたわ。

 

そんな私が尾崎さんの曲を初めて聴いたのは社会人になっての事でした。

20代の頃、大学卒業して嫌々ながらも就職して働いていたんですが、どうも会社の人が自分を見る目がどうにも違う。特に研修のトレーナーという肩書の人には必ず絶対零度の視線と言葉を浴びせられる。時には見せしめに遭う。こっちは言われたとおりにしているはずなのに、なんでそんなことをするんだとこっちも理解不能でした。

仕事も、配属先のスタッフの中にうまく馴染めないし、孤立感しかない。

鬱病とか、発達障害とかが社会に浸透する前の時代でしたしね。

そんな中、導かれるように手にしたのが、尾崎さんのベスト盤でした。

「Shelley」、初めて聴いた時大泣きしましたよ。なんか自分の状況とぴったり過ぎて。

 

『Shelley、俺は転がり続けてこんなトコにたどり着いた。Shelley、俺は云々』

 

と何度も『Shelley』さんに語り掛けている「Shelley」という曲ですが、最初聴いた時から最近に至るまでこれはShelleyさんという誰かに呟いているんだろうな、と思ってました。

その方はどんな人なんだろうか、歌詞の中にあるように「うまく笑える」人であるのならあの曲の中の方(尾崎さん?)をも包み込むくらいの愛にあふれた人なのだろうか、きっと誰にでも愛される寛大で華やかな方かとか思ったんですが、最近もしかしたらこれは擬人化された「桜」なのではないのだろうかと思うようになりました。

シェリーってチェリーと同義だし、それって日本語で「桜」じゃないかと。

桜もまた、誰しもが焦がれ、温かな笑顔を浮かべるように咲きほこり、拉がれている人も含めて心を癒してくれる大きな存在です。

もしかしたら、

尾崎さんはデビュー前とかに誰にでも愛される桜の花の下で友人たちと「将来の夢」を語り、そして幾星霜を経て「金か夢か分からない暮らし」に絶望して転がり続け苦しんだ体を受け止め、慈しんでくれたのもまた桜の花だったのかなあとか情景を思い描いていたら一層切なくなりましたねえ。

藻掻き、喘ぐその体を桜の精がふわっと包み込んでいるそんな状況が見えたというか。

・・・・・・まあ、妄想の世界ですけれどもwww

 

というわけで、現代社会にまだまだ喘いでいるワタクシ、自分のスマホのなかにばっちり当該曲をDLしております。ヨーロッパメタルやマンウィズやラブバイツとか最近のロックやメタルの中にシェリー入れて癒されております。

 

うまく笑えていなくても、その笑いが卑屈であっても、

まだ馬鹿と呼ばれていても、誰かに恨まれているとしても、

間違っていても、本当の、真実へたどり着けていなくても、

 

自分はいつかは自分の世界に、

それが正しいかどうかはわからないけれども、

そして困ったことに自分の世界がどんなものなのか全く分からないにせよ、

転がり続けたためについた埃を払ってまた歩くしかないんだろうなあと今は思っております。

 

はい、今は。

 

 

追伸

先日ETVの音楽番組に尾崎さんのご子息が出演されてらっしゃいました。

笑顔がとてもステキで、素直そうな若者に成長しており、おばちゃんはそっと涙しました。