奈良市高畑町の荒池瓦窯(がよう)跡から、奈良時代(8世紀前半~中頃)の瓦の破片などが大量に見つかったと、20日、奈良県立橿原考古学研究所が発表した。
同時期の寺域を描いた正倉院宝物「東大寺山堺四至(さんがいしし)図」で「瓦屋」と記された場所と一致。寺の造営過程の一端を知る手がかりになる。
東大寺大仏殿の南約1キロで、焼成に失敗するなどして捨てられた瓦片が数千点出土。このうち数十点が東大寺創建時、大仏殿北側にあった講堂跡付近で出土した瓦と同型だった。一緒に出土した土器とも合わせ、東大寺造営の頃に操業していたと特定した。
正倉院文書などには、東大寺が興福寺に瓦3万枚の生産を依頼した記述がある。「東大寺山堺四至図」で、「瓦屋」は「山階寺(興福寺)東松林廿(にじゅう)七町」の近くにあり、興福寺に所属するとみられる。このため、同窯で東大寺の瓦も焼いていたことが遺構や遺物で確かめられた。