全授業を、完全に『学び合い』の授業をされているという福島哲也先生の数学の見学させて頂いた。面白かった~~~~。感想を書いておく。
『学び合い』は、上越教育大の西川純先生の提唱される方法
先生が「課題」を黒板に書く。
生徒は、その「課題」を授業内に終わらせることを目標に頑張る。
先生は、説明しない。
先生は、指示を出さない。
先生の仕事は、授業プランを練ること、授業の始めと最後に語りかけること。
準備をしたら、後は、生徒に全て任せて見守る、という授業スタイル。
今日見せていただいたのは、中2 数学の授業
教科書やパソコンは、使いたかったら使う。
答えは、見たかったら見る。
友達に教えてもらいたかったら教えてもらう。
生徒たちは、教室を自由に歩き、自由に動き、好きな席に座って、課題に取り組む。
見学の先生たちが数人いたが、ほぼ気にせず、自分のやりたいやり方で課題に取り組む。
あっという間に、教室は、ガチャガチャになり、わちゃわちゃになり、活気があふれる。
教室の中の空気が、完全に変わった。
じっと考え込む子。
友達に聞く子。
熱心に友達に説明する子。
課題が終わっていない子がいないか、困っている子がいないか、周りを見渡す子がたくさん見られた。
友達と、問題を解くのに熱中しているグループがあちこちに出来上がる。
空気の中に、光の粒が見えた。
みんなの心が少しずつ燃えていく。
全員、一人残らず、みんなが燃えていく姿は、とてもとても感動的だ。
私の心も燃え始める。
友達とのコミュニケーションを、心から楽しんでいる子がたくさんいた。
友達との距離の取り方も様々。
さりげなく距離を取る子。
近いポジションが好きな子。
身体をぴったりくっつけている子。
こうやって人と向かいあう体験をたくさんしているんだな。
こういうスタイルの授業には、ドラマがたくさんある。
僕が教えてあげないと、と使命感を持っている子。
友達がどんどん終わっていくのに、自分はまだ、解答がわからない。
悔しい。友達が教えてくれようとしている。悔しい気持ちを隠して、笑顔で教えを受ける。
先生が教えてくれないから、自分から動かないといけない。
難しくて、つい、ぼーっとしてしまいそうになる。
友達が、声をかける。励まされて、また、頑張る。
偉そうに教えられたら嫌だ。自分は、やさしく教えられるようになりたい。
友達を助けたいけど、説明がうまくできない。困った。
友達と関わりながら、こうして、自分と戦う。
こんな風に、全員の心がどんどん動く。
毎時間、毎時間、こんな風に、数学を勉強するのだ。
何人かに、こっそり聞いてみた。
「ねえ、先生が教えてくれへんかったら、わからんよね。普通の授業の方がいいんちゃう?」
「いや、先生の説明を聞くだけやったら、寝てしまうから。この方がいい。」
「でも、先生の説明の方がうまいやん?それ、聞いてる方が楽やん?」
「先生の説明だけ聞いてて、わかったつもりでも、結局テストの時、わかってないから。この方が楽しいし。」
福島先生が、日頃、示している哲学がしっかり生徒たちの心に根ざしている。
菊池省三先生の授業を見学させていただいた時の感動が、蘇る。
教室全体が一つの生き物のように躍動している姿はすごい迫力だ。
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良い授業をされる先生の共通点
良い授業をされる先生は、緻密だ。
そして、シュミレーションも細かい。
とんでもなく細やかで優しい視点がある。
これは、母性と言ってもいいだろう。
そして、生徒と少し距離をとって、見守る。
適度に任せて、願う方向に行かない時も、耐える。
生徒に試練も与える。負荷もかける。
これは、父性と言ってもいいだろう。
そして、無言で語る力を持っている。
生徒たちにとって存在そのものが大きいのだ。
この力をなんと呼べばいいんだ?
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見学の後は、急いで神戸へ。
高校1年生の英語落語のクラス。
今日は、先週やった英語落語のミニ発表会の映像を見た。
自分の演技を見て、分析する。
友達の演技の分析もする。
・自分では、もっと怒りを表現しているつもりだったが、映像を見ると足りない。
・落ちの時の間が成功した。
・英語をもっとクリアに発音しないと聞こえにくい。
・もっと大袈裟に演技をした方が伝わりやすい。
・人物の切り替えが明瞭でなかった。
しっかり、的確な分析ができるようになってきた。
もう直ぐ発表会だ。
「自分にできること」「自分のできる範囲」を超える、という挑戦を全力でやっている。
大人も負けてはいられない。