最近良く、





「その意図を教えて」





って言ってる気がする。






事象から何かを抽出するとき、差別化するとき、




アクションするとき、組織に言及するとき。







そこには意図があるはず。フツーは。






しかしながら、意図がない。




もしくは意図がロジカルじゃないケースがたまにあったりする。







ロジカルじゃないのは訓練すればいいから相談しよう。







ただ意図がないのはかなり罪深い。




要は適当ってことでしょ。




自分が提案しているものがなぜそれなのか分かっていないってこと。






これで名刺にプランナーの文字を書いておくのは苦しいね。







間違ってたっていいから意図を発してくれないと意味分からん。






確実な正解はない 仕事をしているんだから、そこがかなり肝であり武器になってるってのを意識しないと。







意図がなければ検証するポイントだってないはずで、





組織に対してだって、策が実質合理的でも、みんなが意図を理解していなけりゃ浸透しない。







例えば就活の志望動機と一緒じゃないかなぁ。




執拗に聞かれたと思うけど、相手が聞きたいのはそこなのよ。




持ってるのは当然で、そこから先は合理性とか独自性で差が出る。




持ってなきゃ一次面接で帰ってもらうしかない。






また、ちょっと別の話で、




意図があっても表現がうまくできないってのもどうやらあるみたいね。




これはフォローしてあげたいし、改善の余地はありそう。







てことで、





まず意図を持とう。





自分がやっていることをもうちょい疑問に思って自分に回答できるようにしよう。





これ決定。










そういえば、宣伝会議にのっていた





クライアントの担当者が広告代理店に望むこと一覧の中に、






(ほとんどが組織的な話やテクニカルな話だったけど、)







『商品を愛して欲しい』






というのがあった。






もっとあれば良いのはこれかもね。






素直に納得した。






愛した商品に提案を行うんならもっと自然と意図を持てるんじゃないかと。





今よりもっと失敗が恐くなるだろうし、成功させたい欲求が上がるだろうから。