弘美がまた呼び出されたけど、あたしに言われた通り

無視していたら、1、2年のツッパってる子たちに

学校の帰りにまちぶせされたと言ってきた。


ハッキリとは言わないが、やっぱりあたしに

というよりあたしからパパに頼んで何かして

欲しいのが伝わってきた。


でもそれだけは絶対にできない。例えあたしが

ヤキを入れられることになったとしても、あたしは

パパに助けは求めないだろう。


子供同士の喧嘩なんてパパたちが相手にしないのは

もちろんだけど、そうでなくても何かのモメ事に

あたしが関わると、必ずそのモメ事とは全く関係の

ないパパの職業のことを持ち出され、必要以上に

コトが大きくなってイヤな思いをさせられたことが

何度もあった。


だからあたしは物ごころついてから、なるべくモメ事は

避けてみんなとうまくやるようにして来た。もちろん、

あたしだっていつもいい顔ばっかりしているわけではない。

自分や友達を守るためにしなくてはいけないことはする。

でも今回はそれ程事態が深刻とも思えなかったので、

そこまでする必要を感じなかった。


弘美にはハッキリと多賀子たちに、“別にあんたらに

恨みを買うようなことはやっていないのでもうほって

おいてくれ”と言ってしまえとアドバイスだけした。






3年生が修学旅行から帰って来た。


あたしたちも試験が終わって、のびのびした気分。

あたしたち2年生の旅行は来月の今日からだ。

もう旅行の班も決まっている。あたしは弘美のほか

あと4人。


多賀子はツッパっている子だけで班を固めていた。




斉藤のおじさんの法要があるので、パパは

昨日から帰ってこない。


ここのところ前ほど緊張した雰囲気はないけど、

ずっとずっと前みたいに穏やかでもない。


こんな抗争いつまで続くんだろう。






祭日で休み。学校はけっこう楽しい。


瑛子ちゃん、ちーちゃん、美貴とはクラスが

分かれてもちょこちょこ会っている。瑛子ちゃんと

ちーちゃんは同じクラスになったんで喜んでいた。


弘美はあれからは多賀子からの呼び出しも

ないらしく、落ち着いて来てはいるけどまだ

どこかビクビクしている。


多賀子は相変わらず新しいクラスでも

威張っている。自分からペラペラ

いいふらしているので、多賀子の兄が

ヤクザだということはもうみんなが知っている。


迷惑だ。多賀子みたいなのがいるから、

今まで極道に対してなんの偏見もなかった

人まで悪い感情を抱くやん。


あたしは結局、多賀子のお兄さんのことも

幸仁会のことも調べるのはやめにした。パパは

教えてくれないし、たとえあたしが知ったところで、

やっぱり何もできないし。




やっぱり気になるので、学校で他のクラスになって

しまった和枝に、それとなく弘美と多賀子のことを

訊いてみた。


チームとしては1年の3学期に1回呼び出して口で

いろいろ文句を言ってからは別にもう弘美には目を

つけていないらしく、ヤキを入れるつもりもないらしい。

2度目以降の呼び出しは、多賀子と何人かの取り

巻きの個人的な行動みたいだ。


和枝も最近多賀子についていけないと言っていた。

族の中でもバックに兄がいるので、のさばり過ぎて

反感を買いつつあるようだ。それとなく西岡組系

田原組幸仁会というところの組員だということを

聞き出した。あたしは西岡組の下部組織を全部

知っているわけじゃないので、もちろん知らない組だ。

パパなら知ってるだろう。


夜、夕飯のあとリビングでお茶を飲んでいる時、

パに訊いてみることにした。
「パパ、田原組幸仁会ってとこの平山いう人

知ってる?」
平山は多賀子の姓だ。


パパはジロリとあたしを見て言った。
「ん?そんなん、おまえが知ってどないすんねん」
「いいからぁ。知ってんの、知らんの?」
「せやから、なんでそないなこと訊くんや」
「ええやん、なんでも。ほな幸仁会・・・」
・・・ってどんな組織・・・?あたしが言い終わる前に、

向こうからママの大声が飛んだ。
「玲菜!いいかげんにしときなさい!」
「はぁい」
あたしはテレビに集中するふりをした。






今日の昼休み、あたしがクラスの新しい友達何人かと

話していると、弘美が青い顔をして飛び込んで来た。

話を聞くとまた多賀子たちに呼び出されたらしい。

“ヤキを入れられるかも”と言っていた。“何も反感買う

ようなことしてないんやったら、そんな呼び出し

行かないで無視しといたらええのに”と言っておいた。


夕方、家に弘美から電話があって、多賀子と兄と
その仲間らしき人につかまって、ヤキは入れられ

なかったけど口でさんざん脅かされたらしい。


自分の妹の頼みとはいえ、極道のすることじゃ

ないな。同じ極道の家族としてなんとかして

あげたい気もするけど、あたしには何もできない。

それこそパパやうちの若い衆たちがこんなことに

首を突っ込むわけないし。


そこまで親しいわけでもないのにあたしに

ばかり相談してくるところを見ると、弘美は

それを期待しているのかも知れないけど。


体に傷をつけられたわけじゃないんだから、

何を言われても気にしないように弘美に言った。




始業式。今日から中2。


クラス替えがあった。1年の時仲が良かった子とは

皆離れてしまった。しいて言えば弘美と多賀子が

また一緒だ。弘美は多賀子のことを明らかに

怖がっている。多賀子も弘美のことはまだ気に

入らないみたいで、チラチラ睨んでいる。なんとか

してあげたいけど、そばにいることしかできない。


担任は数学担当の女の先生だ。20代後半の

ちょっと厳しく冷たそうな人。



17日に撃たれたのは、心誠会系中田組の

22歳の組員だって。うちにいる子たちと

ほとんど同じくらいの年。


その人とみんなの顔がオーバーラップして

頭にちらつく。


せっかくの春休みなのに、こんな事件ばっかりで

ちょっと滅入る。その人は亡くなったんだ、今日。

光龍会もひどい。斉藤のおじさんたちの他に

こんな若い人も殺しちゃうんだから。


西岡組も同じようなことやってるのかなあ。

パパもあたしの知らないところで似たような

ことをしているのかも知れない。

急に悲しくなった。




夜、部屋でマンガを読んでたら、まわりが妙に

騒がしくなって家の電話が鳴りっぱなしに

なっているのが、上まで聞こえてきた。

“あ、なんかあったな”とあたしは思って、

あわててリビングに下りて行った。


下にはケンちゃんと川上さんがいて、

たかしくんと新田さんも来ていて何事か

興奮して話していた。9時ちょっと前頃だ。


ママがキッチンから出て来たので、
「何かあったん?」
って訊いた。ママは、
「よくわからないけど、また抗争みたい。

心誠会関係の人が撃たれたらしいわ」
「うっそー。だれ?」
あたしはびっくりして訊いた。
「まだようわからん。とにかく今ゴタゴタ

してるから上に行ってなさい」
ってママは言った。


「最近はゲームも楽やないね」
あたしがリビングを出ようとしたとき、裏の

事務所から戻って来た伊藤クンの報告を

黙って聞いていた川上さんが誰にともなく

ポツリと言った。
「ゲームは楽しくなくっちゃ」

ゲーム?なんのことかなあ。抗争のことかな。

人が怪我したり死んだりしてるのにゲームだなんて、

自分は高見の見物というカンジがしてちょっと

頭に来た。








3年生の卒業式だった。別に3年に親しい

知り合いもいないので、ただ形だけ式に出た。


帰りに弘美に誘われて瑛子ちゃんと靖子で

弘美の家に行った。弘美も靖子も最近では

すっかり和枝たちと切れている。でも今まで

さんざんバカにした態度を取って、シカトしてきた

クラスの普通の子たちとも今更仲良くできずに

いるみたい。あたしたちのグループに入って

くる時がある。


弘美と靖子はいきなり族の仲間から遠ざかった

ことで、最近多賀子を中心とした和枝のグループに

呼び出されたらしい。2人はあんなに仲良くしていた

チームの子たちや多賀子のことを散々悪く言っていた。


あたしもあれから家のことの方に気を取られて、全然

集会にも行ってない。あたしも呼び出されるかな?

でも和枝も特に誘ってこないから、行きたかったとしても

行きようがない。でも靖子は、
「あいつらのことやから用心しとくに越したことは

ないで。多賀子なんか特に。家族にヤクザモンが

おるようなヤツやもん。何するかわからへん」
と言っていた。


またヤクザの話か。


あたしはちょっと迷ってから、やっぱりパパのことを

言っといたほうがいいと思って口を開きかけた。
「そやけど、ヤーさんもいろいろいてるやん。

いちがいには言えんのとちゃうの」
瑛子ちゃんがあたしより先に口を切っていた。あたしが

言おうとしていたことと同じようなことだった。靖子は

腹立たしそうに、
「ヤクザなんてみぃんな一緒や。クズばっかしや」
パパたちがクズなんて、大ショック。弘美は何か

言いかけたけど、靖子の勢いに驚いて口をつぐんで

しまった。代わりに瑛子ちゃんが続けて言った。
「絶対にそんなことあらへん。人それぞれや。

玲菜ちゃんのお父さんなんか・・・」
瑛子ちゃんは口をすべらせた事に気付いてあわてて

口を閉じるとあたしの方をチラッと見た。


弘美と靖子も訳がわからず、つられてあたしの方を

見た。あたしはみんなの顔をゆっくり見回しながら

言った。
「うちのパパはな、西岡組系心誠会小島組の

組長やねん。今までだまっててごめんね」
なにあやまってんの、あたし。別にあやまることなんか

何もないのに。自分にちょっと腹が立った。


2人はびっくりしていたけど、弘美があわてて

とりなすように言った。
「あたし、ヤクザがみんな悪いとは言ってないよ。

その逆や。カッコエエやん、幹部とか。始末に

おえへんのは、多賀子の兄貴みたいなチンピラや。

靖子かてそういうつもりで言ったんよ、きっと」


こういう反応は小学校時代にもけっこうあった。

パパのことがわかると、カタギの人の反応としては

全く変わらない人を抜かすと、明らかに嫌悪して

避けるか又はカッコイイとかヘタ打つと怖いからと

言ってゴマをすってくるかのどっちかにわかれた。

あたしはどっちをされてもすごいイヤだった。


反応こそ違え、結局どっちも差別していることには

かわりないから。やたら嫌ってバカにするのも、

同情するのも持ち上げるのも結局は特別扱い。

自分たちと同じ位置では見てくれてないんだ。


例えば魚屋さんやサラリーマンをしている人々が

みんな同じなわけはなくて、同じ職業でもいろんな

人がいてそれぞれいい人も悪い人もいるのに、

ヤクザに関してはみんなそんな簡単なことも

忘れてしまう。


今までと同じことの繰り返しに面倒くさくなった

あたしは弘美に言った。
「もう、ええわ。気にせんといて。あたしが組員

いうわけやないんやし」
みんなもホッとしたのか、それぞれうなずいた。
「それより多賀子の兄貴に何かされたん?」
話題を変えるためにあたしは訊いた。弘美が

待ってましたというように言った。
「直接は何もされてへんけど、電話であいつらに

呼び出された時、兄貴が出て“なめたまねしとって、

このままで済むと思うな”っていうようなことを

言われた」


どうせチンピラとはいえ、仮にも極道のくせに

女子中学生を相手に脅しをかけるなんて

とんでもないヤツだ。あきれた。どこの組の

人だろう。パパ、知ってるかな。