ここからは本日のメインニュース。日経メディカル社の緊急特集記事です。医療に関する現状や問題点などが記載されています。私自身も理解できる部分と理解できない部分があります。16年前、阪神淡路大震災を経験していますが、原発問題や津波などは当然のことながら経験はありません。また以前は町は形を変えたものの残りました。今回は町が消えました。


【日経メディカルオンライン 2011/03/30】
 日経メディカル緊急特集●東日本大震災 Vol.1
 計画停電で疲弊の色濃い医療機関 検査や透析ができず急性疾患への対応も課題
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t133/201103/519160.html
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 震災に伴う電力供給能力の低下で、東京電力管内の1都8県では計画停電が始まった。多くの医療機関ではMRIやCT、電子カルテなどが使えなくなり、急性期への対応が難しくなっている。
 東日本大震災の余波は、被災地の外の医療機関にまで及んだ。震災で東京電力・福島第1原子力発電所などが甚大な被害を受け、同社の電力供給能力が大幅に低下。同社は3月14日から、1都8県(東京23区は原則対象外)を5つのグループ(3月28日現在は25グループ)に分け、午前6時20分から午後10時までの7つの時間帯で、電力需給に応じて輪番で3時間程度の停電を行う計画停電をスタートさせた。しかし、停電対象のグループや時間帯が発表されるのは、基本的に前日。一部の病院は特例的に停電の対象から外されているが、多くの医療機関は、翌日、どの時間帯に停電が行われるか分からない中、連日手探りの対応に追われた。
【停電が病院経営も圧迫】
 東京都によると、都内の全病院のうち自家発電装置を備えているのは半数以上。自家発電装置を持つ診療所はさらに少ない。その上自家発電装置は、突然の停電に備える緊急用。計画停電のような頻回の停電は想定されていない。自家発電装置の規模や性能、各医療機関の設定によって稼働時間や配電範囲は異なるが、多くの医療機関では停電中、消費電力の多いMRIやCTなどの検査装置、電子カルテ、エレベーターなどが使えない。
 2次救急を担い、災害拠点病院にも指定されている西新井病院(東京都足立区、317床)は、23区内ではあるものの区内の一部が計画停電の対象となっており、震災後2週間で数回の停電を経験した。同病院には最大8時間稼働する自家発電装置があるが、供給できる電力に限りがあるため、停電中はMRIやCT、X線撮影装置などが使えない。事務長の伊藤基光氏は「問診や処方箋を出すぐらいしかできないため、停電中は外来でも救急でも受けられる患者が限られてしまう」と頭を抱える。
 また、手術室は停電中でも通常通り使えるものの、手術前後のMRIやCTが実施できない上、オートクレーブが使えず手術器具が滅菌できない。前日にならなければ停電する時間帯がはっきりしなかったこともあり、同病院は震災後、脳外科や消化器科、眼科などで予定していた手術をすべてキャンセルした。伊藤氏は、「今のようなやり方での計画停電が長期間続くと、病院経営自体も苦しくなる」と明かす。
 千葉県松戸市を中心に、法人全体で1日500人以上の人工透析を行う医療法人財団松圓会。拠点の一つである東葛クリニック病院(松戸市)も、震災後2週間で数回の停電に見舞われた。同病院は約48時間稼働する自家発電装置を備えている。しかし、透析装置も透析患者も多く、自家発電の電力だけで賄うのは難しい。また、停電中は、電子カルテもエレベーターも使えない。
 そこで同病院は計画停電が始まって以降、停電の予定時間を外して人工透析を実施。スタッフは朝6時から透析の準備や回診などに追われ、夜中の1時まで透析を行うこともあった。また、透析時間も通常の4時間から3~3.5時間に短縮。「できることなら短時間透析は避けたいが、透析中に停電が起きないようにするにはやむを得ない」と副院長の秋山和宏氏は話す。さらに、停電中は電子カルテも使えなくなるため、停電前に予約患者の診療録などを出力し、診察後に再び電子カルテに入力。エレベーターが使えないため停電中の配膳はスタッフ総出で手渡ししている。
 計画停電の影響は、診療所や在宅医療にも及んでいる。80人程度の訪問診療患者を抱える新田クリニック(東京都国立市)は震災後2週間、頻繁に計画停電を経験した。
【懐中電灯を片手に訪問診療】
 同クリニックは計画停電の実施が決まってから、在宅で人工呼吸器や痰の吸引器、在宅酸素を使う患者の対応に追われた。人工呼吸器や吸引器を使う患者に対しては、予備のバッテリーや充電式の機器を準備。最悪の場合に備えて、バッグバルブマスクや、ネラトンカテーテルに注射器をつないだ手動式の吸引器も用意した。院長の新田國夫氏は「バッテリーへの切り替えなどは家族やヘルパーに説明し、実際に経験させた。中には不安がる人もいたので大変だった」と振り返る。
 同クリニックは停電中も診療を続けているが、自家発電装置がないため日没後は真っ暗な診療所内でスタッフが懐中電灯片手に業務を行っている。「在宅も含め、患者の大部分は懐中電灯と聴診器一本があれば診察できる。ただ、急性疾患への対応は難しい」と新田氏は話す。
 実際、訪問診療を行っている70歳代の男性患者が停電中に熱発し、往診依頼を受けた。「呼吸不全を呈し、胃穿孔、急性壊疽性胆嚢炎の疑いがあったが、クリニックでは胸腹部のX線検査ができないため診断できず、近くの病院に送った」と言う。男性患者は、その日のうちに緊急手術となった。
 計画停電で医療機関の機能は限定され、スタッフの負担は増すばかり。東京電力は電力供給能力の改善を図る方針だが、電力需要が高まる夏季には23区も対象となる恐れもある。計画停電は、長引けば長引くほど人命に関わる事態に発展しかねず、停電対象の医療機関は戦々恐々としている。


【日経メディカルオンライン 2011/03/31】
 日経メディカル緊急特集●東日本大震災 Vol.2
 崩壊した医療提供体制と再建への模索 医療関連団体が総出で支援
 
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t133/201103/519170.html
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 「生か死か」─。津波が多くの命を一瞬にして奪った。沿岸部を中心に多数の病院が機能不全に陥った。全国から集まった医療者が支援に当たるも、医療提供体制の再構築には時間がかかりそうだ。
 死亡者数1万1063人、行方不明者数1万7258人(3月29日時点)。3月11日に起こった東日本大震災は東北から関東まで広範囲に影響を及ぼし、多くの犠牲者を出した。
 「病院脇の川に(地震による)津波が遡上しているようです」
 八戸市立市民病院(青森県)の救命救急センターに勤める千葉大氏は地震発生直後、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のFacebookのページにこうつづった。同病院は岩手県との境に位置し、八戸港からは4kmほど内陸にある。
 同じく三陸沿岸に位置する岩手県陸前高田市や宮城県南三陸町などは、大津波で町全体が壊滅状態となった。
【死亡者の約90%が溺死】
 「今回の地震は1995年に発生した阪神・淡路大震災と異なり、津波の被害が甚大だ」。両震災において救援活動に携わった兵庫県保険医協会事務局次長の小川昭氏はこう話す。阪神・淡路大震災では建物の損壊がひどかったが、東日本大震災では家屋が丸ごと津波に飲み込まれて跡形もない状況が各地で見られたという。
 こうした特徴は、死亡者の死因にも見て取れる。千葉大法医学教室教授の岩瀬博太郎氏が陸前高田市の死亡者126人の死因を調べたところ、80~90%が津波による溺死と推測された。約80%が建物倒壊による圧死や窒息死だった阪神・淡路大震災と比較すると対照的だ。津波に巻き込まれることなく避難できた被災者には外傷は少なく、生死がはっきり分かれたことがうかがえる。
 小川氏はさらにこう説明する。「阪神・淡路大震災では被災地から徒歩で避難しても、被害が少なく物資も豊富な都心になんとかたどり着けた。しかし、東日本大震災は被害が広範囲にわたる上、被災地と中核市はかなり離れており避難しにくく、救援物資も届けにくい」。
 震災による死の恐怖から逃れた避難者数は一時40万人以上に及んだが、避難所などではさらなる苦難が被災者たちを待ち受けていた。電気、水道、ガスといったライフライン断絶の長期化、食料や燃料の不足だ。真冬並みの冷え込みも重なり、低体温症や低栄養に陥る避難者が増加。高齢者施設から避難所に移動する途中で、多数の入所者が死亡した事例も報道された。
 津波で溺れたときに海水を飲み、その海水に含まれていたガソリンなどの汚染物質により肺炎(津波肺)を発症した避難者も少なくなかったようだ。避難所の狭い空間で長い間過ごしたため、肺塞栓症にかかる人も出つつある。
 当初は医薬品などの供給も思うようにいかず、慢性疾患を抱える避難者を苦しめた。三陸沿岸の医療機関では、備蓄していた医薬品は津波でほとんど流された。道路の分断などによる孤立地域の出現、医薬品卸の営業拠点の被災、人員やガソリン不足による配送不能などのため、全国各地から送られた医療物資も各避難所になかなか届かなかった。
 日ごろ飲んでいた薬を服用できない避難者が続出したほか、薬剤があっても在庫に限りがあるため数日分しか処方してもらえない状態が続いた。
【「まるで野戦病院のよう」】
 津波は病院機能も粉々に砕いた。岩手県の県立山田病院(山田町)や県立大槌病院(大槌町)、宮城県の石巻市立病院、公立志津川病院(南三陸町)といった、それまで地域医療を担ってきた沿岸部の基幹病院が浸水により軒並み機能不全に陥った。その影響は福島県や茨城県の沿岸部の病院にも及んだほか、内陸部でも建物が損壊して診療停止に追い込まれた病院が多数あった。
 さらに追い打ちをかけたのが、福島県の大熊町と双葉町にまたがって位置する東京電力・福島第一原子力発電所の事故だ。原子炉の冷却機能が失われて放射性物質が漏れ、半径20km圏内は避難地域、半径20~30km圏内は屋内退避(後に自主避難勧告)地域となった。これに伴い、福島県立大野病院や双葉病院(ともに大熊町)、双葉厚生病院(双葉町)などは閉鎖された。
 加えて電気やガス、水道などのライフラインが長期にわたって広域で断絶し、医療機関の機能を制限。初期診療を担う地域の診療所の再開は遅れ、その分、被害の少なかった中核病院に患者が集中した。
 石巻赤十字病院では、「同じ市内の石巻市立病院が津波の被害で機能停止したため、連日約1000人の患者が来院して野戦病院のような状態になった」(日本赤十字社企画広報室)。支援に入った日本赤十字社の救護班は、急きょ屋外に仮設の診療所を設置して対応することを余儀なくされたほどだ。
 石巻地区のある中核病院の医師によると、「機能停止寸前だろうと、通院したことがなかろうと、とにかく診療を継続している病院へ患者さんが押し寄せた。事前の相談とか、悠長なことを言っていられる状況ではなかった」という。
【日赤、DMATが続々現地入り】
 こうした状況を改善しようと、震災発生直後より全国から医療チームが被災地入りした。現地支援に向かった医療関連団体の中で、素早い対応を見せたのは日本赤十字社だ。即座に災害対策本部を法人内に設置し、全国各地の赤十字病院などから調査隊および救護班を派遣。地震発生当日には30チーム以上が被災地に向けて出発した。
 同法人の救護班の中には、仮設診療所を設置できるユニットを装備したチームも5チームあったほか、各救護班に衛星電話や無線を装備させ、相互に連絡できる体制を確保。地震で通信が遮断された状況でも、本部や現地支部からの指示を受けながら被災者の救援に取り組んだ。3月28日時点で延べ397チームが被災地に入り、今後も派遣を続けていく予定だ。
 日赤と同様に、災害派遣医療チーム(DMAT)も早期から対応した。DMATは、阪神・淡路大震災の経験を踏まえて、厚生労働省主導で全国に整備されている。各地の災害拠点病院や中核病院から、医師や看護師などで構成されるチームが多数出動。3月25日時点で延べ600チーム(約2400人)ほどのDMATが現地入りし、災害拠点病院での急性期医療や、避難所での巡回診療など、幅広い救護活動を担った。
 ただ、日赤やDMATなどの素早い対応にもかかわらず、初期における現地での活動は困難を極めた。DMATとして地震発生当日に現地入りした、八戸市民病院救命救急センター所長の今明秀氏によると、「交通が寸断されていたほか天候も悪く、チームがなかなか被災地に入れなかった。自衛隊のヘリコプターでチームの医師が被災地入りしたのは翌朝だった」という。携行した医薬品などの物資もすぐ底を突き、診療は大きく制限された。
 超急性期を担うDMATなどの役割が一段落した地震発生5日目の3月15日には、日本医師会が各都道府県の医師会の協力を得て、日本医師会災害医療チーム(JMAT)を派遣。現地では慢性疾患や感染症など日常診療に準じる活動が中心となりつつあり、その支援に名乗りを挙げた。常時100チーム(約400人)が活動する状態を保つとしている。
 コメディカルの活動も活発化している。被災地の要請を受けて厚労省が派遣した保健師などのチームは日を追うごとに増加。3月23日時点で89チーム(317人)が被災者のケアに当たっている。
 透析患者や重症の入院患者など、現地の避難所や災害拠点病院で対応しきれない患者も多数発生した。こうした患者に対応すべく、動き始めた医療機関もある。全国に66カ所の病院を持つ医療法人徳洲会もその一つ。同会は徳洲会医療救援隊(TMAT)を派遣して現地で診療を行っているほか、被災地の透析患者など100人近くを、千葉徳洲会病院(千葉県船橋市)などグループ内の複数の病院で受け入れた。
 同会の災害対策本部は、「被災地では十分な医療を受けることが困難な状況。当会では全国で計4000人の患者の受け入れが可能であり、できる限り協力したい」としている。
【特例認める通知を多数発出】
 こうした現場の動きに呼応するように、厚労省はこれまで多数の通知を出した。多くが被災者への医療提供に関わるものだ。
 被災地だけでなく全国の医療機関に関連する通知としては、被保険者証のない被災者の受診に関する取り扱いがある。被災者が氏名、生年月日、保険者の事業所名(国保などは住所)を申し出れば、保険証がなくても診療するよう通知。また、住宅が全半壊したり、主たる生計者が死亡・行方不明になった被災者については、医療機関は医療費の自己負担分を請求せず、審査支払機関に10割請求する形の措置が取られた。
 もっとも、被災者の本人確認ができないまま診療した場合などは、医療費が支払われないのではないかといった心配もある。これについて厚労省保険局は、「医療機関の持ち出しにならないような措置を考えていく」としている。
 このほか、全国的な医薬品の供給不足に備え、長期処方の自粛を医療機関に要請するとともに、医薬品や医療機器を医療機関同士で融通しても薬事法違反とならない旨を通知。被災地への派遣などのため一時的に職員数が減り、施設基準などが満たせなくなった場合でも変更の届け出や診療報酬の減額などが当面免除されるといった旨も通知した。
 また、日本の医師免許を持たない外国人医師が被災者を診療しても違法ではないとする事務連絡も岩手、宮城、福島の3県に出された。
【工場被災で薬剤不足の懸念】
 震災の影響は、被災地だけでなく全国の医療機関にも及んだ。医薬品の供給不安である。
 その一つが、甲状腺機能低下症の治療に用いられるチラーヂンS(一般名レボチロキシン)だ。同薬を製造するあすか製薬のいわき工場(福島県いわき市)が被災し、製造が止まった。同工場で生産している同薬はレボチロキシンの国内市場の98%を占め、他の薬で代替する方法も限られる。
 甲状腺機能低下症の患者は全国に約60万人いるとされ、影響は大きい。服用できないと心機能の悪化など生命に関わる事態も発生しかねないため、厚労省も重大な関心を寄せたが、3月25日、同社はレボチロキシンの生産を再開したと発表。海外からの緊急輸入や他社への生産委託なども含めて供給にめどが立った。
 このほか、同薬以外にも供給が不安視される薬が、厚労省に複数報告された。ただ同省医政局は、「いずれも代替薬があるなど、直ちに健康被害が生じる事態にはならない」と判断している。製薬会社や卸会社の流通網にも対策が講じられ、混乱は収束しつつある。
 東京電力の電力供給不足によって3月14日から始まった計画停電も、関東近郊の医療機関に不安を与えた( 3月30日掲載の「計画停電で疲弊の色濃い医療機関」を参照)。病院や診療所の診療機能の制限や、在宅で人工呼吸器を使用したり酸素療法を実施している患者への影響などが懸念された。今のところ目立った医療事故は起きていないが、非常時における医療機関の準備態勢に再考を促す結果となった。
【被災地での診療体制が徐々に】
 震災発生から約1カ月がたち、被災地は徐々にだが落ち着きを取り戻しつつある。ライフラインの一部断絶や医療材料の不足、医療機器の浸水などにより依然として手術の実施を見合わせている病院は多いが、外来診療の再開や入院機能の正常化などにめどをつける病院が増えてきている。交通の遮断やガソリン不足のため被災地には物資がなかなか届けられなかったが、状況はだいぶ好転してきているようだ。
 気仙沼市立病院では、被災地の急患をきめ細かくフォローする体制ができつつある。同病院呼吸器科の椎原淳氏によれば、市立病院がセンターとなり、主な避難所に設けた診療所がサテライト機能を担うようになってきたという。診療所に来院できない人たちを医師が巡回する体制も整備されてきている。
 その一方で、混乱も生じている。日医は3月27日、JMATの派遣を一時休止すると発表。日医以外にも多方面からの支援が入っている中で、県医師会が医療面の支援を統制しきれず、被災地で医療班がバッティングするなどの問題が起き始めていたからだ。
 また、避難生活における過労や環境悪化を原因とする震災関連死が高齢者を中心に増加しつつある。被災地の医療ニーズは新たな局面を迎えている。
【立ちはだかる多くの障壁】
 被災地の医療提供体制は急ピッチで再構築されつつあるが、地元の病院が単独で通常診療を再開するにはほど遠い。懸命に医療に従事してきたスタッフの健康面やメンタル面のケアも今後必要になりそうだ。これは被災地の多くの医療機関、介護施設が抱える問題である。
 さらに、津波で流され完全に機能を失った医療機関の復興はどうするのか。国は、被災した公立病院の復旧事業に関して費用の8割前後を補助金で賄う検討を進めているが、それ以外にもマンパワーの確保といった多くの問題が山積している。被災地の医療供給体制の復旧にはまだ多くの障壁があり、ゴールまでの道のりは遠い。国を挙げての支援がより一層求められている。
【日本集団災害医学会代表理事の山本保博氏に聞く】
指揮命令系統の乱れが非効率な支援につながった
 東日本大震災では負傷者以上に死亡者・行方不明者が多い。死亡者の割合は、阪神・淡路大震災では負傷者7人に対して1人、欧米の震災では10人に1人だが、今回はその割合がはるかに高くなるのは確実だろう。日本は木造家屋が多いため被害が大きくなりがちだが、これに津波の被害も加わり、人類史上でも未曾有の災害になった。
 阪神・淡路大震災と異なるのは、被災地が広域なこと。被災地が500kmという広範囲にまたがっており、指揮命令系統がきちんと整理されていなかった。それ故に医療スタッフ、物資ともに必要な場所に届かなかったのではないか。DMATのインストラクターなどが全体を指揮するような仕組みをつくっておくべきだった。
 今回は地域の基幹病院が崩壊しており、それらが復旧するまで、少なくとも半年から1年は医療支援が必要となる。だが、外部の医療者などが大量に物資を持ち込んで診療する災害医療と、元々あった地域医療とでは実施される医療内容は異なる。地域の医療ニーズをきめ細かく把握しながら支援を行い、現地の医療機関の復興状況に合わせて徐々に医療提供体制を元に戻していくべきだろう。(談)
【IT通じて全国の医師が医療支援】
 今回の震災では、Twitterやmixi、Facebookといった、インターネットを活用したソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が有効に使われた。SNSでは、ユーザーが情報を投稿するとそれを見た人がコメントできるため、不特定多数の人とやり取りが可能だ。その特徴を生かし、被災者が困っていることなどを発信したり、被災地以外の医師が災害時に必要と思われる情報を発信したりするケースが見られた。震災発生時、電話などの音声通話が通じにくくなったがネットはつながりやすかったため、孤立した被災者がTwitter
で無事を知らせた例もあった。
 さらにSNSを使い、医師が遠く離れた地で被災者の医療相談に応じる動きも現れた。Twitterでは地震発生当日から、今回の震災に関する投稿であることが分かる目印(ハッシュタグ)が設定された。医療相談に関するものも用意され、現在、100人を超える医師が被災者の相談に回答している。また、mixi上では内海診療所(愛媛県愛南町)の山内美奈氏が「東北地震・医師による健康相談室」を開設。同相談室には120人以上の医師が参加し、地震発生後10日間で被災者からの約100件の相談を解決したという。山内氏は、「軽症患者の質問をネット上で少しでも解決できれば、被災地で懸命に働いている現場の医師の負担も減らせると考えた」と開設の狙いを話している。
 これまで医療支援といえば現地に直接赴くことが主で、遠く離れた場所からは支援物資を送ることや、重症患者の広域搬送に応じることなどしかできなかった。だがSNSの普及で、被災地から離れた場所の医療者でも支援に参加できる機会が増えた。


【日経メディカルオンライン 2011/03/31】
 日経メディカル緊急特集●東日本大震災 Vol.3
 刻々と変化する被災現場での医療ニーズ 感染症、肺塞栓、PTSD、被曝…早期対応が被災者を救う
 
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t133/201103/519171.html
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 震災から約1カ月がたち被災地の医療ニーズは変化。避難所での生活を余儀なくされる被災者の感染症対策から、精神的ケア、被曝リスクの説明まで、多様な医療ニーズに応えることが必要だ。
 これまでのところ、震災による死亡者の80~90%の死因が溺死。沿岸部では津波から逃れた後、救助を待つ間に脱水症状や低体温症に陥って死亡する高齢者も相次いだ。
 阪神・淡路大震災では、死亡者の多くが倒壊家屋の下敷きになって圧死した。救助された被災者の中には、瓦礫などに挟まれた外傷患者が多かった。しかし、東日本大震災では、外傷患者はほんのわずか。溺れて助かった被災者の中には、ガソリンなどの汚染物質を含む海水を飲み、救助後に肺炎を発症する例も見られたが、想定外の津波が生死を分け、黒タグばかり付けて被災地から戻る医師も少なくなかった。
 震災後、現地に入った医療者にまず求められたのは医療機関に入院していた患者への対応だった。3月14日に宮城県仙台市に入った国立国際医療研究センター救急科の佐々木亮氏は、筋萎縮性側索硬化症患者を多数抱えていた県内沿岸部の病院から、都内の病院への患者の移送などを調整した。「限られた人と時間の中で、ヘリコプターの着陸場所や移送中に何の医療機器を使うかなど、幾度となく変更を余儀なくされて苦労した」と話す。
 一方で、被災した老健施設や特養などではライフラインの途絶により多くの入居者が死亡。避難所でも多くの医療者が、高血圧や糖尿病、不整脈などの慢性疾患を抱える高齢患者への対応に忙殺された。
【刻々と変化する医療ニーズ】
 現在被災地では、感染症や肺塞栓症、精神疾患が増えることが懸念されている。下水道が復旧していない避難所でノロウイルス感染症などが広がったり、避難生活で体力が低下し、日和見感染が増えることも危惧され、衛生状態の改善や被災者への注意喚起が急務。一部の避難所では既にインフルエンザの流行も始まっている。深部静脈血栓症に伴う肺塞栓症を予防するため、学会などが弾性ストッキングを配布する動きも始まった。ただし、取り組みが行われているのはまだごく一部。予防には水分補給や頻回の歩行も有効だが、狭い避難所では歩行が困難な高齢者も多い。
 今後は、被災者の精神的ケアも重要になる。被災を機にうつ病やパニック障害などの精神疾患を発症する被災者もいるほか、外傷後ストレス障害(PTSD)、睡眠障害などを呈する被災者も出つつある。
 さらに東京電力・福島第一原子力発電所の放射性物質の汚染は被災地以外にも拡大。今後、被災地に限らず、全国的に低用量被曝の影響を心配する受診者のため、被曝のリスクについて説明することも求められそうだ。
 明日以降に順次公開するVol.4~7では、被災者を中心に発症が懸念される、感染症、肺塞栓症、PTSD、被曝による健康障害について、専門家に聞いた。


【日経メディカルオンライン 2011/04/01】
 日経メディカル緊急特集●東日本大震災 Vol.4
 震災に伴う放射能汚染や被曝にどう対処するか?
 (公財)原子力安全研究会 放射線災害医療研究所副所長 山本尚幸氏
 
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t133/201104/519172.html
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 福島第一原発の被災事故による放射性物質汚染の影響が懸念されている。被曝を心配する患者や、汚染の可能性がある患者への対応法を聞いた。(まとめ:日経メディカル東日本大震災取材班)
 やまもと なおゆき氏 ○放射線科医。愛媛県緊急被ばく医療アドバイザー。2011年3月まで、同県「初期被ばく医療機関」に指定されている市立八幡浜総合病院(愛媛県八幡浜市)副院長。
 医師の間でさえ、放射性物質の汚染や被曝に関する正しい知識を持っている人は少ない。2次汚染・被曝の恐れなどから、「できれば関わりたくない」と思っている医療者も多いことだろう。
 しかし、今回の放射線災害は巨大地震、津波などとの複合事象であり、福島県内だけで対応できる状況ではない。実際に原発敷地内での作業者の創傷汚染は放射線医学総合研究所(千葉市稲毛区)で対処された。今後、原発周辺地域からの避難者や支援で同地域に入った人、原発の被災映像を見て放射性物質の汚染や被曝に対して不安を抱いた人が、検査や処置について最寄りの医療機関に問い合わせてくる機会も多いと思われる。
【20km圏外は健康影響ない】
 3月末時点で、福島第一原発から20km圏外で測定された大気中の放射性物質の濃度(空間線量率)は人体には全く影響ないレベルであり、事故後その圏内に立ち入っていない人に対し、特段の検査は必要ない。
 放射線により発生する癌は他の原因で発生する癌と特別な違いはない。仮に被災者が今後癌になったとしても、それが被曝と関係あるのかどうかということは、一人ひとりについては証明することはできず、ある程度の放射線被曝をした人の集団が被曝していない人の集団に比べて癌の発生率が多くなったかどうかを比較するしかない。
 これまで日本の原爆被災者の追跡調査や、諸外国での事故などの被害者調査が綿密に行われており、100ミリシーベルト(mSv)未満の被曝で悪性腫瘍の発生が増えることは認められていない(Svは人体への影響を評価するための被曝線量の単位で、1人が年間に受ける自然被曝量は約2.4mSvとされている)。100mSv以上であればリスクが数%高くなるといえるが、その上昇はわずかであり、喫煙や化学物質などの影響よりも低いといわれている。
 今回の地震以降に頭痛、吐き気、食欲不振などが生じた場合、放射線の影響ではなく、不安による症状であったり、その他の疾患の可能性が考えられる。また、福島県内外の水道水から微量の放射性物質が検出されているが、その量は人体に影響のないレベルである。
【脱衣で汚染物質の9割減少】
 圏内に立ち入った人に関しては、その場所や時期・時間によって状況は相当異なる。長期に滞在している人の一部に、除染することが望ましい程度の放射性物質による体表面の汚染が考えられる。
 そのような人に対しては、現地滞在時の着衣、帽子、靴などはまとめてビニール袋に入れて口を縛り、人が近づかない場所に置き、シャワー浴やぬれタオルなどで髪や顔面など露出面を洗うよう指導する。このとき、シャワーの水を飲み込んだり、強くこすって皮膚を傷つけないよう注意する。なお施設などで、除染や全体的な洗浄を行う場合には、作業員が飛沫などにより汚染しないよう装備などに配慮が必要である。
 放射性物質に汚染した人は、脱衣をすることでその90%は減少するといわれている。その上、シャワーで全身を洗身するのが一般的だが、その水が散ったり飲んだりする可能性もあり、今回の災害のような被災地域では水がないという事態も多いことから、露出部を湿らせた布などでやさしく拭くだけでも十分である。
 希望者には、体表面の放射線汚染検査を行う。検査は定期的な調整を受けている装置で決められた手順で行うことが重要であり、個々の医療施設がばらばらに行うより、公的機関などで集約して行うことが望まれる。人的・物的資源や測定技術などが不足であれば各自治体の放射線技師会などに協力を仰ぐとよいだろう。
 一般住民では考えにくいが、一般的には1Gy(γ線やX線であれば1Svと同じ)以上の被曝で治療対象となる可能性がある。ただし、胎児の奇形発生は100mSv、男性の一時的不妊は精巣に150mSv、リンパ球減少は500mSvで生じる可能性がある。従って100mSvを超えるような被曝があった場合は除染後、記録して継続的に管理を行う必要がある。
 被曝を受けた患者が来院したときの対応法を示した。除染済みで搬送されて来ることも多く、汚染があっても低線量と考えられ、2次被曝の恐れはほとんどない。除染のほかは、バイタルサインの確認をはじめ通常の救急処置を行えばよい。
 現時点では、一般住民に身体影響が出るレベルの汚染・被曝はなく、今後精神的ケアなどが大きな課題となると思われる。多くの住民と顔の見える関係を構築している医師が、正しい情報を彼らに知らせることが非常に大切だと思う。(談)