今日は非常に有難いというか、嬉しい出来事のお話から。
当センターにご入院されている患者さんと色々とお話する機会があり、仲良くなる、ということも結構あり、施設に対する様々なご意見やご指導もいただくことも多くなりました。その方々のうち、いつも「頑張れよ~
」とか「お疲れさん
」とか、いつも私を励ましてくれる患者さんがおられるのですが、その方が明日退院となりました
。患者さんが少しでも良くなってご退院される、そのこと自体、非常に嬉しいことなのですが、
「この病院は最高やね、三ツ星
」
と言ってくれました。
「多くの医師から多くの医療スタッフから納得のいく説明がしてもらえる。また看護師さんたちも担当以外のグループにもかかわらず、こちらの訴えに耳を傾け、きちんと伝達してくれた。何より患者の希望を捨てさせない治療をしてくれた。こちらに来た当初はもう諦めていたんだけど、希望の光をいただいた。これまでかなり多くの病院にかかってきたが、その中でも一番
本当に感謝している
」
とお褒めのお言葉。本当に有難いお言葉をいただき、思わずホロっ
ときてしまいました。患者さんからのこのようなお言葉が、一番嬉しいものですね。この一瞬のために「また明日も頑張ろう」と努力している神戸のスタッフが、何よりも私にとっては誇りであり、戻ってきて良かった、と思えるひとときでした。更に「もっと」前向きに頑張っていきたいなぁと、チームにもっと貢献できるよう初心に戻り、頑張りたいと思っています。
さて、既にお気づきの方もおられるかもしれませんが、今号でニュース配信400回目となります
。このところハイペースで配信しており、ブログの方も連日更新しているせいか、メインブログは平日で一日1000ペースのアクセスをいただけるようになりました。以前よりは充実してきており、データベースとしても使えるレベルに少しはなってきましたので、一度お立ち寄りいただければと思います。 http://koji-arai.blog.so-net.ne.jp/
記念すべき400号目にはこのニュースを・・・と温めていた神戸新聞社説が、本日の配信内容とリンクしたため、一緒に配信させていただきました。
医療分野では「スーパーマン」も必要なのでしょうが、最終的に多くの患者に光をもたらすのは「チームの総合力」「施設の総合力」だと思います。志を共にする多くの仲間を作ることが私の目標であり、ライフワークです。
感激や感傷などが入り混じり、まとまりの無い文章となってしまいました。申し訳ありません
。
また新たな気持ちで401号以降配信していきたいと思います![]()
今後ともご支援のほど宜しくお願いいたします。
【産経新聞社 社説 2010/01/21】
【主張】ハイチ大地震 「医療」貢献で存在感示せ
http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/100121/dst1001210319000-n1.htm
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「西半球の最貧国」といわれるハイチの大地震から1週間が経過した。現地の惨状は、都市を直撃する直下型地震の破壊力のすさまじさとともに、貧困による脆弱(ぜいじゃく)な社会基盤が災害の大きな拡大要因であることを見せつけている。
がれきに埋もれた人の救出がいまも続く一方で、道路は寸断され、水も食料も被災者になかなか届かない。治安や衛生状態の悪化は目を覆うばかりで、感染症の流行も懸念されている。疲弊した人たちの生命は、さらに脅かされている状態だ。
ハイチには「山の向こうには山がある」という古いことわざがある。悲惨な現実を乗り越えたとしても、その先にはより厳しい試練が待っているだけだという。そのことわざを地で行くような現実の中で唯一、見いだしうる希望があるとすれば、それは国際社会が強い支援の意思を継続的、具体的に示していくことだろう。
大統領府まで崩れ、国連の平和維持部隊も大きな打撃を受けるという困難の中で、各国の支援チームが続々と現地入りし、救援活動を続けている。
日本からも国際緊急援助隊の医療チームが派遣され、すでに活動を開始している。その空輸を担当した自衛隊機は帰路、現地から米国への避難民輸送にも役立てられた。さらに自衛隊の医療チームの追加派遣も決まっている。
・・・続きはネットでご覧下さい
【神戸新聞社 社説 2010/01/16】
震災15年伝える生かす(3)災害時の医療/場数を重ね足腰の強いものに
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0002644794.shtml
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阪神・淡路大震災では多くの病院が被災し、十分な医療を提供できなかった。その苦い経験が教訓となり、災害時の医療に真剣に目が向くようになった。
震災から10年後に起きた尼崎JR脱線事故の対応に、蓄積の一端が示された。
死者107人、負傷者550人を超す惨事だった。20台のドクターカーが駆けつけ、ヘリによる負傷者の搬送が行われた。医療処置を施しながら、車両に閉じ込められた人を救出する場面もあった。
負傷者をヘリで搬送し、適切な治療を行うという発想は、震災の教訓である。がれきの下でレスキューと並行して医療処置を講じることも、そうだ。
こうした現場での一つ一つの対応が、医療関係者の関心を呼び起こし、災害医療の整備を加速させたことは間違いない。
取り組みは続く。災害拠点病院と、災害に即応する医療支援チーム(DMAT)の整備はその柱だ。災害時の拠点となる指定病院は全国で582に上る。
二つの「D」を支えに
DMATは、拠点病院の医師、看護師、支援要員の5人一組で編成する。訓練は年に10回。東西2カ所の拠点センターで行われ、西日本は兵庫県災害医療センターが指定施設になっている。
災害では骨折、挫傷などの外傷や呼吸障害といった急性期の医療に対する必要性が高まる。DMATは発生直後にチームとして当たることを想定し、食料や宿泊用テントなどを自前で準備する。
最初の本格的な出動は、2007年7月の新潟県中越沖地震だった。新潟県が緊急要請を出したのは近隣6県だが、全国から40チームが集まり、兵庫県からも出動した。
昨年夏の県西、北部豪雨では、播磨地区から複数の拠点病院のDMATが現地に入っている。他府県、県内を問わず、災害が起きればすぐに対処するというのが持ち味だ。場数を重ね、足腰の強い医療支援チームに育ってほしい。
DMATと並んで最近、もう一つ注目を集めるものに遺族支援がある。
脱線事故では救命の見込みがないと判断され、現場で「黒タッグ」をつけられた人がいた。兵庫医大の吉永和正教授は、一刻を争う「赤タッグ」の重傷者がスムーズに搬送されたことに安堵(あんど)する一方、黒タッグをつけられた人や遺族への対応がそれで終わらないことに思いを新たにした。
最期の状況が分からないために遺族は苦しむ。例えば、死体検案書の「座滅症候群」という記載。圧迫から解放されて起きる病態と用語から受ける印象が一致せず、思い悩む。死亡時刻がみんな同じであることに「なぜ」と疑問を抱いた人もいる。専門家が適切に助言すれば済む問題もある。
これまで、監察医と遺族が話をする場がなかった。吉永教授は、医師や看護師ら多様な人材が参加することによって、遺族の心情に沿った、よりきめ細かな応対が可能になると考えている。
米国にはそのための専門チーム「DMORT」があり、政府の緊急事態管理庁(FEMA)にDMATと共に位置づけられている。吉永教授が目指すのは日本版だ。
自然災害でも大事故でも、通常の医療とは異なる対応が求められる。現場から丁寧に課題を集め、誠実に向き合っていくことで新しい展開が見えてくる。未曾有の災害を経験した兵庫の務めではないか。
・・・続きはネットでご覧下さい
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