病気は病気の原因があり、その結果症状をあらわす。
例えば、40℃の高熱を発していればそれは症状だ。当然その原因を診断することとなる。
感染症なのか、何らかの炎症なのか、内臓器官の疾患なのか、、、、、。
そして、検査し、診断された病因に対して適切な治療を施すこととなる。高熱は結果的に治まる。
もちろん治療の手段の中には必要に応じて解熱処置もあるだろう。しかしそれは付随したものでしかない。
精神疾患も同様である。あらわれている症状に対して様々な分析がなされ、その結果特定された病名に沿って適切な治療行為が始まる。
依存症もWHOが認定する精神疾患なのである。なのになぜこの病気にだけ偏見と誤解と誤った俗説がまかり通っているのか。
一見解り易い“兵糧攻め”と“手放し”の考え方は合体して確実にギャンブラーを追い詰め、孤立化させる。経済的に、社会的に、精神的に、家族関係的に。
孤立したギャンブラーは行き場を無くし、やがて絶望する。
多くは身を落とす。悪質な金銭的負債を抱え込む。失踪もする。ホームレスにもなる。自死行為にも繋がる。自暴自棄行為や犯罪にも繋がる。
その実例はマスコミ報道で何らかの事件の形で日常的に耳にしている。
他のあらゆる病気の患者に対してはあり得ない行為が薬物、アルコール、ギャンブル依存症者に対して
は行われたりしているのだ。しかも最もケアーの義務と責任を負う近親者、家族を含めて。
ギャンブラーの真の底つきは「自分はこのままではダメなんだ。治療回復への道を進もう」という意識変化点なのだ。
そこの真の底つきに愛や共感や支援は極めて有効であると同時に、一方、依存症者を孤立化させてはいけないというのが精神保健医療の常識なのに、実際はなぜその真逆行為が横行しているのだろう。
「12 STEP」の古典的解釈のどこに問題があるのか、自分の実体験から考察してみた。