偉大な先人の言葉には、今にも通じるものもある。しかし、今の時代にはそぐわないものもある。誰の言葉を重んじ、誰の言葉を軽んじるのか。それは、個々に判断が必要だ。

 連合艦隊司令長官 山本五十六 の言葉にこんなのがあるらしい。

苦しいこともあるだろう。
言いたいこともあるだろう。
不満なこともあるだろう。
腹の立つこともあるだろう。
泣きたいこともあるだろう。
これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である。

 こんなものは戦時中の言葉であって、今の時代には全くそぐわない。それは、言葉の根底に戦時中の精神が流れているからだ。

 今風にアレンジしてみよう。

苦しいこともあるだろう。それを我慢することが美徳なんて考えること無かれ。ある程度の我慢は必要だが、過ぎた我慢は身を滅ぼす。(健康を害す)
言いたいこともあるだろう。それを我慢すること無かれ。言いたいことも言えない環境は、それを打破することに尽力すべし。言いたいことを我慢すること、これ即ち精神を病むなり。(ストレスによる心身の病変)
不満なこともあるだろう。それを我慢すること無かれ。不満を解消すべく尽力することは、進歩そのものである。物への不満が技術革新を生み、組織への不満が組織改善への礎となろう。
腹の立つこともあるだろう。これは忍の一字で耐えるのじゃ。感情の赴くまま怒りをぶちまければ、それ即ちみな不幸である。
泣きたいこともあるだろう。だが人前での涙は堪えよ。代わりに心許せる者の前でなら、心の苦しみを吐露するも良かろう。
滅多矢鱈に堪えるが男にあらず。動くべきは動く行動力を磨くことが男の修行である。


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