・・・・・そして、夜逃げをしてきた先が、この田舎町だった。
中学1年、途中からこの田舎の中学校に転校してきた。
「夜逃げ」
酷いもんだった。
正規の「引っ越し」じゃない。
さらには、越してきたアパートも、大阪時代よりさらに狭くなった・・・・6畳、水場がついた4畳・・・もちろん風呂なんかあるわけがない。
ゴキブリとネズミが這い回るアパートだった。
だから、荷物は全部は持ち出せない。
まずは生活第一だ。
オモチャの類は一切持ち出せなかった。
集めていたミニカーや、プラモデル・・・・1台1台、真剣に作って色まで塗った大事なプラモデル・・・それが、全部ゴミとして捨てられていた。
・・・・気づいたのは、この田舎町についてからだ。荷物を開けたらオモチャって類は一切なかった。・・・・集めていた漫画の本すら全部捨てられていた。
・・・・まぁ、荷物を整理しなかったオレが悪い。
そして、新しく通った中学では、「関西弁」を喋る子供は虐められた。
「田舎言葉」を喋る・・・・テレビの世界だったら、大笑いされる田舎モンたちに、逆に言葉を笑われ虐められた。
大阪。
学級委員。
クラスの中心人物。
・・・・そのなれの果てがコレだった。
あまりのアホくささに、人生が、とことんイヤになっていった。
「絵」ばかりを描いていた。
学校が終われば真直ぐアパートに帰った。
弟の面倒をみなきゃならなかった。
「夜逃げ」
急なことで、弟を預かってくれる場所がない。
弟は、オレが帰ってくるのをひとりでアパートで待っていた。
学校では虐められた。
毎日毎日、ひたすらアパートで「絵」を描いた。
「絵」を描いてる時だけは全てを忘れられた。
大阪から「夜逃げ」してきたことも・・・・学校で虐められてることも・・・・・何もかも・・・嫌なこと、全てを忘れられた。
「絵」を描いていて悩んだのは「空」だ。「水」だ。
空には色がある・・・・・空色と言う言葉がある通り、空には色がある。・・・・・にもかかわらず空は「透明」だ。
「透明」・・・・この表現が難しい。
・・・・・もっと難しいのが「水」だ。
水は透明だ。
透明であるにもかかわらず「色」がある。・・・・わかっている。水藻や、底・・・そんな色が映って水の色を構成している。・・・・・「空」「水」・・・・・いずれにしろ、色があるにもかかわらず「透明感」があった。・・・・・それを表現したかった。
水色の空。
水色の洋服。
・・・・・同じ色であるにもかかわらず、透明感が全く違った・・・・それを、どう「絵」として表現するのか・・・・・
もっと難しかったのが「ガラス」だ。
ガラスは透明だ。ガラスこそは「透明」だ。・・・・・にもかかわらず「透明」と言う色・・・・・透明と言うガラスの色が見えた。・・・・・それを表現したかった。
・・・・・どうすればいいんだ!!
どうすれば、ガラスはガラスだと・・・・空は空だと・・・・川は川だと表現できるのか・・・・・!!??
ガラスのコップを描くのは難しい。・・・・・「ガラス」・・・その素材を表現するのは、とにかく難しい。
ガラス、水・・・・透明なものを描くのはメチャメチャ難しい。
虐められてる中学校。
休み時間・・・・図書館で、デッサンの本を読み漁った。
その中に「ガラスのコップ」、鉛筆のデッサンがあった。
どうみても、ガラスのコップにしか見えない。
自分で描いたコップは、ただ単に「輪郭線」にしか見えない。
アパートで、・・・・デッサンで・・・・シャーペン1本でガラスのコップを描くことを、毎日毎日毎日・・・・・毎日毎日行った。
「勉強」でもなんでもない。
悔しかったからだ。
「ガラスが描けない」
それが悔しかったからだ。
・・・・そして「絵」
美術の授業。
・・・・これも、最悪だった。
机にひとだかり・・・・・そんなことが起こるはずもない。
・・・・それどころか・・・
オレが描く絵は、絵具が盛り上がった・・・・「油絵」のような絵だった。
中学校で習うのは「水彩画」だ。
「お前のは水彩画じゃない」
この田舎町の美術教師、その一言で、成績は 3 になった。
生まれて初めて、図工、美術の類で 3 をつけられた。
「絵」は感性だ。
そもそも、教師が評価するということに無理があると思っている。
完全にキレた。
人生がホトホト嫌になってたところのとどめの一撃だった。
・・・・もちろん文句を言うことはない。
なんで 3 なんですか?
「水彩画じゃないからだ。言われたとおりに描かないからだ」
それで終わりだ。
アホくさい。
腹の中で、完全にブチ切れた。
知ったことかと、今まで通り勝手に描いた。
もう、田舎暮らし、その全てが嫌になっていた。・・・・・いや、生活、その全て・・・・年がら年中「頭痛」がしていた。
つねに頭が痛かった。
美術の時間。
大阪時代のように、机に人だかりがすることもなく授業が進んでいく。
・・・・なんたって、成績は 3 だ。
普通 って成績だ。
虐められっ子。
誰も興味を持ちはしない。
母子家庭。
カネはない。
絵具を買うカネすらなかった。
羨ましかった。
ほとんどの生徒が使ってるのは24色の絵具だ。
場合によっては36色・・・・・48色ってな、巨大な絵具を持ち歩いてる金持ちの生徒もいる。
・・・・羨ましかった。
24色が羨ましかった。
オレが使ってたのは12色だ。
・・・・・オカンに頼んだことがある。
「24色の絵の具・・・買ってほしいねん・・・・」
オカンはビックリしたような顔をした。
困った顔じゃない。ポッカーーーンと驚いた顔。
子供に不憫な思いをさせている・・・・そんな困惑の顔じゃない。
そして、こう言った。
「絵具なんか、5色あったら充分なんやで」
赤、青、黄・・・・それから、白、黒。
こんだけあったら、全部の色が作れるねんで。
オカンが喜々として話す。
オカンは知ってるねんで・・・・・んな、自慢気な顔。
ウチの一族には画家がいるらしい・・・・っても、「売れてる」・・・そんな画家じゃなく・・・・百科事典とかの挿絵とかを描いてるような、んな画家。
それでも、オカンは、その親戚に絵を習ってたらしく・・・・そんなことから、
「絵具なんか、5色あったら充分なんやで」 ってことらしい。
玉砕。
・・・いや、そうじゃないんや・・・・あの、ズラーーーーっと並んだ絵の具が欲しいんや。
そんなこと言えるはずもない。引き下がった。
・・・・まぁ、ビンボーをごまかされただけなんだろうがな・・・・・
3原色の混ぜ合わせ、じっさい、これで出来ない色はない。・・・・・それでも・・・・・それでも・・・・なかなか出せない色はある。
中山さんが使っていたのは36色やったな・・・
好きに使わせてくれた。
・・・・中山さんは元気にしてるんかなぁ・・・・
「夜逃げ」
とうぜん、誰とも連絡をとってない。
大阪時代の友達、誰からも手紙一通来やしない。
・・・・誰にも住所を教えてない・・・・当然のことやった。