教室。

窓の外はすでに真っ暗だ。

 

 

教室の後ろ。一面に「絵」が並んでいる。

 

川・・・堤防・・・森・・・神社・・・・

 

 

この前の写生の授業の絵だ。

 

クラス全員の絵が張り出されてる。

 

 

中山さんと並んで見ていた。

 

生徒会の帰り。

 

教室にふたりっきり。

 

 

「あの金色って、どうやって描くん?」

 

 

ボクは樹々に囲まれた神社を描いていた。

赤い鳥居。

銅板葺の屋根・・・・そのことを言ってる。

 

 

「ああ・・・黄色・・・それから茶色・・・日陰の部分は黄土色混ぜて・・・・」

 

 

金属の屋根だ。

当然やけど、屋根は全てが同じ色やない・・・いや、本物の屋根は一面同じ色やけど・・・人間に見える色は同じやない。

陽に当たってるところは金属色に輝くし、日陰になってる部分は黄土色に見える。

その見え方によって当然、色を変えていく。

 

「金属だから金色」・・・・そうじゃなく、光の加減によって、目に見える色は違ってくる。

 

樹々・・・葉が反射して「青」が入ってる部分もある・・・「赤」に見える場所もある。・・・光が「黄色」に見えることもある。

 

 

たぶん・・・・「絵」が上手いってのは、感じた色、見えた色をどれだけ表現できるかなんやろう。

 

 

「絵」が上手い、下手・・・・それは、先入観を無くせるかどうかだと思う。

 

 

ノートは「四角」だ。

だけど、持ち方、傾け方によって、四角が台形に・・・・菱形に見えることもある。

 

その「見えたまま」・・・・先入観を外して「見えたまま」を描けるかどうかが、絵の上手さになるんだと思う。

 

色使いも同じだ。

 

「樹木」

 

そこに「青」「赤」は存在しない・・・・

だから、目に見えても、見えてる事実を信じない。だから描かない。

 

絵が上手いってヤツは、それを描く。

 

 

 

中山さんが、ボクの絵をまざまざと見ている。穴が開くほどや。

 

 

中山さんの絵も並んでる。

 

中山さんの絵は・・・・いかにもって感じ。いかにも優等生が描いた絵。

水彩で・・・薄い水彩画。・・・・のばした絵具・・・下地の画用紙が見えるほどや。

透き通るような、透明感のある絵。・・・・水彩画はこれが本来の絵や。

 

 

ボクの絵は、その絵からみれば対極にあるような絵やった。

 

間違っても下地の画用紙が見えることはない。感じることもない。

立て掛ければ、絵具の重さで前に倒れるほどや。

 

何度も何度も・・・・何度も何度も修正・・・・色が滲むのが嫌で、周りと滲んでしまうのが嫌で、最後は薄めることすらしないで色を重ねていく。

 

 

「水上・・・・メッチャ好きやわ・・・・・」

 

 

・・・・・・ドキっとした・・・

 

もちろん、絵のことやってのはわかってる・・・・

 

 

「水上の絵・・・・金属は金属に見えるやん・・・水は水に見える・・・・なんで、こんなん描けるのん?」

 

 

夜といっていい時間だ。

外は真っ暗だ。

 

ふたりっきりだ。

 

 

中山さんと一緒にいることが多かった。

 

生徒会のこと・・・そうじゃなくても、話してることが多かった。

 

誰も気にしなかった。

 

 

「ボンさんが屁をこいた」大作戦。

 

 

あれからクラスにはカップルが何組かできていた。

 

「付き合う」

 

そこまでいかなくても、仲のいい・・・休みの日に一緒に遊びに行くってな男子女子もいた・・・グループでとか・・・んなことも起こっていた。

 

それで、冷やかされることもなく中山さんといた。

 

 

休み時間、・・・それから生徒会・・・授業以外は、なんとなく一緒にいるようになっていた。

 

 

どんどん仲良くなっていった。

 

間違いなく中山さんが「姉」やった。

ボクはデキの悪い弟って感じや。

 

並んで歩けば中山さんの方が背が高かったしな、なおさらや。

 

 

写生の授業。

 

外でスケッチをして色を塗っていく。

 

学校に帰ってから仕上げにかかる。

 

その段階で、クラスが騒ついてきた・笑。

 

ボクの机には人だかりができてた・・・そう、最初の小学校の再来や・笑。

 

その輪に当然、中山さんもいた・・・・ってか、一番目を丸くしてたのが中山さんやった。

 

なんだか、デキが悪いって思ってた弟、それをみなおしたって顔をしてた。

 

 

絵具。すぐに「白色」が足りなくなった。

 

 

「使ってええよ」

 

 

中山さんが提供してくれた。

 

 

・・・・中山さんが使っていたのは36色の絵具やった。デッカイ「白色」が入ってる。

 

他にもいろんな「色」が入っていて・・・途中からは好き勝手に使わせてもらった。

 

中山さんが、なんだかニコニコしながら見ていてくれた・笑。

 

 

 

中山さんが近づいて絵を見る・・・・・と、離れて見る・・・・

感心してる・・・・溜息すらついてる・・・・

 

こんなに感心されたのは、さすがに初めてや・笑。

 

 

「あげよっか?」

 

 

驚いた顔で中山さんがボクを見る。

 

 

クラスでの展示が終われば、返されるんだろう。

そしたらあげるよ。

 

 

・・・・いや、本心は貰ってほしかった。

 

 

「ええのん?」

 

 

パッと花が咲いたような笑顔や。

デキのいい姉に褒められた。

メッチャ嬉しかった。

 

 

 

「カァ・・・カァくん・・・・カァ・・・」

 

・・・・・呼ばれている・・・・名前を呼ばれている・・・・起こされてる・・・・オカンの声や・・・・

 

 

「休憩するで」

 

 

オカンが言って助手席から降りた。

 

後部座席。

隣で眠っていた弟もモソモソと起きだした。

 

弟の手を引いて車を降りる。

 

乗ってた乗用車の後ろ。トラックがディーゼルエンジンの音を響かせている。

 

 

高速道路のパーキングエリア。

 

明りが煌々と点いてる。

 

・・・・時間は・・・・時計塔・・・・深夜3時や。

 

 

大阪を出てから3時間か・・・

 

 

・・・・ここは・・・・どこなんやろうな。

 

 

星が出ている。

綺麗や・・・・こんないっぱいの星・・・・空気の汚い大阪じゃあ見られへんな・・・

 

山の中なのはわかる。

月明りに山々の輪郭が見えた。

 

・・・それだけや。真っ暗で、他には何もわからへん。

 

 

建物。

トイレがあって、その横にちっちゃい建物。

 

弟の手を引いてトイレへ・・・・

 

パーキングエリアの名前が書いてある・・・・どこやらわからへん。・・・・何県・・・どこや・・・・?

 

弟に手を洗わせる。

ハンカチで拭いてやる。

 

・・・トイレから出る。

 

 

オカンたちは隣の建物、自動販売機コーナーにいた。

 

入っていけば、

 

 

「カァくんも食べるか?」

 

 

皆がカップ麺を啜っていた。

 

オカンが世話を焼いている。

 

 

トラックの運転手、乗用車の運転手は叔父さんたちや。親戚や。

 

引っ越しの手伝いに来てくれた。

 

 

・・・・いや「夜逃げ」やった。

 

 

オカンは、ヤクザにつかまっていた。

アパートは、ヤクザの事務所代わりになっていた。

 

そこからの「夜逃げ」やった。

 

 

突然やった。

ボクが聞いたのも3日前・・・そんなとこやった。

 

 

「誰にも言うたらアカンで」

 

 

オカンに念をおされた。

 

学校でも誰にも言わへんかった。

 

夜逃げやから・・・・ヤクザから逃げるんやから・・・誰にも言うたらアカン。・・・・追いかけてくるからな・・・どこから住所がバレるかわからへん。

 

引っ越し先も誰にも教えたらアカン。

 

・・・・いや、住所を教えられることもなかったんやけど・・・・

 

そやから、どこに夜逃げするのかも知らへんかった・・・・

 

 

「夜逃げ」

 

持ち出す荷物も最小限や。

全部をもっていけるわけやない。

 

時間にせっつかれてトラックに荷物を積んだ。

 

 

 

カップ麺を弟と一緒に食べた。

 

叔父さんたちは煙草を吸っている。

 

 

 

乗用車。後部座席。

流れていく景色を見ていた。

隣で弟は寝ていた・・・・ボクに寄りかかって寝ている。・・・・シートから落ちないように抱いていた。

 

 

ボクには何もできへん。

 

 

オカンの言うこと・・・・大人の言うこと・・・・することに黙って従うしかない。

 

 

・・・・学校はどうなったんやろうな・・・・

 

 

お別れの挨拶もなかった。

 

バレー小僧にも、魚屋の倅にも挨拶ナシやった。

 

 

しょうがないな・・・・

 

 

どうしようもないわ・・・・

 

 

子供やからな・・・・

 

 

 

真っ暗な高速道路。

ところどころに外灯。

流れていく光・・・・・遠くに見える山の輪郭・・・・

 

 

「あげたかったな・・・・」

 

 

クラスの後ろに貼られた絵。戻ってこなかった。

 

間に合わなかった。

 

 

中山さんにあげることができへんかった・・・・・

 

 

それが、心残りやった。