MIDNIGHTSPECIAL を走らせる。

真っ暗だ。

ヘッドライトが闇を切り裂く。

霙を切り裂く。

 

 

 

 

 

リビングで、大音量で ABBA が流れていた。

 

良い音だったよ。

 

オーディオは、大きな音が出せれば出せるほど「音質」は良くなる。

だから、大きな音が出せるって環境も大事な要素だ。

 

 

・・・・それだけじゃない・・・・

 

良い音だった。

 

 

見事なバランスのとれた音ってのか・・・・

 

 

 

幼馴染3人のバカ騒ぎをヨソに、オレはオーディオラックに近づいた・・・・そして、機器を1台1台確かめていった・・・・

 

 

アンプは SANSUI だった。・・・・チューナーも、それに合わせての SANSUI

 

 

ただし、アンプは、 AU-D607 じゃなかった。・・・・AU-D907 ・・・・上位機種だ。・・・・最高機種だ。・・・・値段が倍ほども違う。

 

レコードプレイヤーは、 SONY ・・・・これも上位機種だった。そうだ、勧めた、さらに上の高級機種だ。最上位といっていい機種だ。

 

 

そして、スピーカーは・・・・スピーカーも SANSUI だった。

 

・・・・「その手があったか」と思った。

 

 

JBL の音はいい。

マニア垂涎のスピーカーだ。

マニア憧れのスピーカーだ。

 

JBL を最も良くならせるのは SANSUI のアンプだ。

・・・・しかし、 JBL のスピーカーは輸入品であるためもあって高価だ。

 

SANSUI は、自社でスピーカーも製造していた・・・・そりゃ、そうだ。オーディオメーカーだからな・・・

SANSUI は JBL の日本総代理店だ。

そのため、 SANSUI のスピーカーは、JBL の技術がふんだんに盛り込まれているのがみてとれた。・・・ひょっとすると中身、パーツはJBL製なのかもしれないな・・・・ただし、けっこー高い。日本メーカーの中ではけっこー高い。・・・・・・それでも JBL からみれば買いやすい。

 

・・・・そして、 SANSUI のスピーカーの特徴。

それは、フロア型を得意としてたことだ。

 

フロア型ってのは、床置き・・・・直に床に置く。

ブックシェルフ・・・・本棚に入れるような小型じゃなく。

文字通り「フロア」・・・・リビング・・・・広い場所に置くスピーカーだ。

日本メーカーは、ブックシェルフ型がほとんどだ。日本の住宅事情を考えての事だと思う。

 

・・・・ただ、フロア型は・・・・

見た目の押し出しの強さ・・・・だけじゃなく、大型化することで、格段に音が良かった。

置き場所が広ければ・・・広いリビングに置けるなら、 SANSUI のスピーカーでも、JBL と同じように、迫力のある・・・見事な臨場感を再現する音が鳴る。・・・・・JBL 譲りだ。・・・・さすがは、日本総代理店だ。

 

 

 

・・・・そうなんだ。

 

 

全てが、オレが勧めたものの上を行っていた。・・・・さらに最上位に行っていた。

オレが勧めたものの・・・・レポートにまとめたもの・・・・・その最上位機種になっていた。

 

 

いいように使われたな。

 

 

そう思った。

 

 

・・・・・極めつけがあった。

止めを刺された。

 

 

SANSUI の高級機種が並ぶラックの上・・・・

 

ラックの上にはカセットデッキが置いてあった。

それが・・・・  Nakamichi 600Ⅱ だった。

 

オレがとことん憧れたカセットデッキだ・・・・

 

オレが、ラーメンを食いながら・・・・・「憧れ」を熱く語った・・・口にしたカセットデッキだった・・・・

 

 

 

 

 

踏みにじられた。

 

 

そう感じた。

そう思った。

 

・・・・なぜだか・・・・

 

 

「わざとやられた」

 

 

・・・・そう感じた。思った。

わざと、オレがチョイスした中で最上位機種・・・・そして、オレがとことん憧れたカセットデッキに決めた・・・・そんな意思を感じた。

 

 

 

オレは高柳が引っ越すなど全く知らなかった。

全く知らされてなかった。

 

・・・・知らされていれば、・・・・知らされていれば・・・・あの20畳のリビングなら、もっと違ったセットを考えただろう。

 

・・・・4畳の部屋に入れる事を考え・・・さらには、予算まで考え・・・・おまけに、最適だろうと思う店までに連れて行ってやった。

 

まったく、アホみたいや・・・

 

 

 

高柳のやったことは、何ひとつ悪いことはしていない。

 

別に、オレに引っ越しを・・・・「親父が家買ったんだよ」・・・・そんなことを言う必要はない。

 

 

「20畳のリビングに入れるオーディオに買い換えたいんだ」

 

 

・・・・そんなことは、言う必要はない。

 

全ては、オレが勝手にやったことだ。

レポートにまとめ、・・・・・予約を入れて、滝川さんを紹介してやった・・・・

 

 

全ては、オレが勝手にやったことだ・・・・

 

 

それでも、なんだか、気分は悪かった。

 

幼馴染3人の中で、いたたまれなかった。

幼馴染の喧騒、笑い声の中でいたたまれなかった。

 

 

 

駐車場にとまっていた。ポンティアック トランザム ファイヤーバード。

この町には・・・・いや、県ですら、他にはいないだろうアメリカのスポーツカー。

そう、高柳のオヤジの車だ。

 

・・・・そして、真っ白な新築の家・・・・

 

 

 

 

・・・・わかっている。

全ては嫉妬だ。

 

 

ヤクザから逃げ出し・・・・この雪の田舎に閉じこめられ

坊主頭にされた・・・

 

ゴキブリとネズミの這う6畳と4.5畳・・・そこで母子3人で暮らしている。

 

 

・・・・・たぶん・・・・この気持ち・・・・この気分の悪さ・・・・その根源は嫉妬だろう。

 

 

 

外灯一本ない、真っ暗な県道。

MIDNIGHTSPECIALを走らせる。

 

 

霙がフルフェイスを叩く。

5mmほどの粒がヘルメットを、ダウンジャケットを叩く。

ヘッドライトに照らされた路面。

「消雪パイプ」から水が流れている・・・・湯気が上がっている。

 

 

 

・・・・・カネがねーと、この世の中はつまんねーな・・・・

 

 

 

町中に入ってきた。

薄暗い外灯が路面を照らす。

 

遠くに、光が見えてきた・・・・・駅だ。

 

 

・・・・山川・・・・山川・・・・元気にしてるか・・・・・

大阪は、どうだ・・・・楽しいか・・・?・・・・関西弁・・・・喋れるようになったか・・・・?

 

 

 

「カズ君も風の街・・・・東京に行けば・・・・?・・・・」

 

幸子さんの声が響いた。

 

 

・・・・加奈さん・・・・今は東京ですか・・・・?

 

・・・・加奈さん・・・・東京は、どんな街ですか・・・・?

 

・・・・加奈さん・・・・元気にしてますか・・・・・?