MIDNIGHTSPECIAL を停めた。店の前、駐車場。
エンジンを止めて降りる。・・・・後ろから高柳が降りる。
ギブスをしてる・・・が、ギブスの下に金具がついてて、そのまま歩けるようになってた。
今じゃ、ゆっくりなら松葉杖なしで歩ける。
ガラス張り。黒を基調とした店構え。
入っていけば淡い明るさ・・・・「明るい」って感じじゃなく、落ち着いた照明の店内だ。
勝手知ったるって感じで奥へ進んでいく。
店内も黒、茶といった色が基調だ。
二階に上がる階段前を通り過ぎれば、目指す場所だ。
広さは20畳ほどか。
一面に大小さまざまなスピーカーが並んでる。
その真ん中あたり・・・・一番良い場所に・・・・一番デッカイ・・・・スーーーッと「JBL434」が鎮座している。
鮮やかなブルーが目に眩しい・・・そして美しい木目。
こいつが、この部屋の主役だ。
・・・・ソファに座っていた滝川さんが立ち上がる。「いらしゃい」笑みを向けてくる。
ダブルのスーツ。カフスボタン。
・・・・カッコいいんだよな・・・・
歳は30歳をいくつか超えたくらいか・・・たぶん、遠山さんと、同じくらいだって思う。
・・・・でも、「山並製パン」大きく描かれた作業ジャンパーみたいなのを着てる遠山さんと違って・・・んとにカッコよかった。
ダブルのスーツなんて着てる人を見たことがなかった。・・・んで、カフスボタンってのも初めて実物を見た・・・映画・・・洋画でしか観たことがなかったからなぁ。
高柳に差し出した名刺の肩書きは「次長」
・・・・この「次長」ってのが、またカッコいいって思った。
もちろん、役職なんて知らない・笑。
社長、部長、課長・・・それくらいしか知らない。
それでも、・・・・なんだろう、「次長」ってのが、・・・・・たぶん課長よりは偉いんだろうってのは想像できた。・・・し、なんだか、その字面がカッコいいって思った・笑。
「次長」
・・・なんだか、仕事ができそうだ。
キレ者って感じがする・笑。
滝川さんにカセットテープを渡す。
頷いて受け取る。
「すっげぇ・・・・・」
高柳とソファに座っていた。・・・・なんだか高そうな・・・革張り、フカフカした真黒なソファだ。
高柳から呻くような声が出る。・・・・もちろん、ソファの柔らかさじゃない。
目の前で「JBL4343」が鳴っていた。
ここは、市内で一番のオーディオショップだ。
市内にはオーディオショップが3件ある。
メーカーの家電との販売を兼ねてる店なら、10件近くはある。
「オーディオショップ」と言われる中では、この店がピカイチだった。
店内は、良く磨かれた板張りの床だ・・・・・音が綺麗に反響するために「板張り」なんだよな・・・・さらに、スピーカーコーナーは、壁がコンクリート剥き出しだった。
これも、反響を考えて作られたらしい。
・・・・ここまでやってるオーディオショップはない・・・・けっこー遠くから通ってくる客もいる。
・・・・もちろん、もっとすごい店があるらしいけど・・・それは、県庁所在地の都会の店だった。・・・・そんなとこ行ったことない・・・そんなとこ怖くて入れない・笑。
ここだって、高校生が出入りしていいよーな店じゃない。
オレはつるつる坊主の中学生から出入りしてて・・・全てをここから買っていた・・・・いや、正確には、アンプは直人から買ったけど・笑。
そんなことで、付き合いは長い。・・・・・もう5年とかか・・・・オーディオ機器本体はとーぜんとして、カセットテープ、レコードクリーナー・・・・備品一式だってここから買っていた。
オレが使ってるレコード針は、アメリカ製のやつで・・・
針を交換する時は、わざわざ取り寄せてもらった・・・在庫で置いてない商品は取り寄せてもらったりしてた。
今じゃ、すーーーっかり常連だった。
「す・・・すげぇ・・・・」
高柳が呆然とした顔をしてる。
思わず漏らした・・・・漏れたって言葉だ。
流れているのは「ホテルカリフォルニア」だ・・・・イーグルスの世界的大ヒット曲。
オレたちが、初めて聞いたのは雅彦に教えてもらってだ・・・そう、中学生で「バンドやろうぜ」ってなったときの相談した雅彦。
雅彦の店で、いろんな音楽を聴かせてもらった。
その中で、オレたちが一発で魅了されたのが、この「ホテルカリフォルニア」だ。
始まりの12弦ギターのアルペジオ・・・・ストリングス・・・・・
・・・その、弦の弾かれる音・・・・ピックの動きすら、指使いの動きすらがわかる。
そうなんだ。良いスピーカーは、空気の音すら再生してしまう。
ギターをつま弾く指使い・・・・ドラムの上を走る腕の動き・・・
人間の動き、飛び散る汗・・・・流れる空気、ボーカルのブレスすら美しく再現する・・・・・
目の前に映像が浮かんでくる。立体となった映像が見えてくる。
もちろん、「JBL4343」からは、音しか流れていない。・・・しかし、その音が、映像を結んでいた。
音が、映像を描き出していた。
良いスピーカーの「定位」のなせる技だ。
右からのリードギター、左のサイドギター。
ドラムのバスドラ、スネアはセンターから。
シンバルの粒立った音の美しさったら・・・・もうタメ息が出る・・・・・
ボーカルは、バンドから一歩前に出た位置で歌っている。
「なんだこりゃ・・・・」
高柳が呟く。
そう、オレも、初めて聴いたときには、そう思った。びっくらこいた。ひっくりかえった。オーディオの奥深さ、恐ろしさ、凄さをマジマジと味わった。
「JBL4343」
欲しい・・・・ぜってー買ってやる。
いつか、大人になったら
ぜって―買ってやる。
・・・・いや、欲しい・・・欲しいなぁ・・・・これは・・・一生の夢だろうなぁ・・・・なんたって120万円だかんなぁ・・・・
初めて聞いて以来、オレのオーディオの目指す音は、これになった。
音楽は「Queen」のライブキラーズに変わった。
各ライブの総集編か・・・・各楽曲の、一番良かったところをチョイスしたアルバムだ。
「Queen」も、オレたちの共通音楽だった。
オレが一番好きだったのは、「永遠の翼」だ。
この曲を何度ドラムで叩いたやら・・・ってか、ほぼ毎日叩いてるな・笑。
洋楽は毎日聴いていれば、歌詞すら覚えていく・・・・もちろん、耳コピで、単語はわからない・・・から、意味はわかんないんだけどな・笑。
「ホテルカリフォルニア」 「永遠の翼」 は、歌詞すら覚えていた。
店では、アンプ、スピーカー・・・それぞれをスイッチで切り替えることができた。・・・組み合わせを変えることができるんだよな。
それによって、組み合わせによる、微妙な音質の変化を確認することができる。
滝川さんが機械を操作して組み合わせを変えてくれる。
店内には各ブースに店員さんがいて・・・・・っても、なんだか、出入りするお客さんは、みんな担当さんが決まっていて、何を買うにしても、その担当さんに話をするって感じだ。
オレの担当が滝川さんだった。
滝川さんは、担当がここのコーナー・・・スピーカーの担当だった。
だから、渡りに船・・・・・滝川さんにとっても本領発揮って感じだ。
いつものカセットテープ1個を買いに来た時とは雰囲気が全然違う・笑。
・・・・まぁ、高柳が買うのかどうかはわかんないけど・・・・そしていつ買うのかはわかんないけどな・笑。
それでも、未来の新規客だ・笑。
滝川さんが丁寧に対応してくれる。
滝川さんは・・・
毎朝、学校へ行くときにすれ違う・・・・
「真赤なチェイサー」のお兄さんだった・笑。
最初はわからなかった。
オレは「真赤なチェイサー・SGS」しか見てなかったからな。
メッチャかっこええやん・・・・って、チェイサーしか見てない・笑。
もちろん毎日見れるわけじゃない。
・・・・なんたって、オレが毎日がっこーに行くわけじゃないしな・笑。
さらには、時間はマチマチだしなぁ・・・・
だから・・・なんか、「真赤なチェイサー」に出会えた時は、なんだかラッキーって・・・幸せな1日だったんだよな。
・・・ったら、ある時、信号待ちで止まって・・・・オレは、チェイサーに「カッコええやん・・・」目を奪われてた。
しばらくして、走り出したチェイサーが、軽くクラクションを鳴らした・・・・警笛じゃない・・・挨拶って感じ・・・・で、思わずドライバーを見たら・・・・これが、なんとニッコリ笑った男前だった。・・・・真黒なサングラスをしていた。・・・片手を上げた。・・・・そこで、滝川さんだと気づいた。
いっつも、真黒なサングラスをしてるから、まったく気づかなかったんだな。
・・・・なんてーか・・・・憧れる大人だった。
ビシっとダブルのスーツを着こなした。かっこいい大人だ。
「チェイサー」って、草刈正雄が、CMやってたけど・・・・そのイメージそのまんまだって思った。
オーディオショップは他にもある。
・・・が、他の店は・・・・なんてーのか・・・・
店員さんが「作業服」みたいなのを着てる。・・・・・いっかにも「電気屋」さんってな・・・・
それが悪いとはいわないけれど・・・・
「大安売り!!」
黄色い紙がなびく店。店員さんが忙しそうに走り回ってるような店では
「試聴させてください」
そんな言葉が言えなかった。
その点、この店では、じーーーっくりと話が、相談ができた。
今日だって、「相談」ってことで来てた。・・・・もちろん、あらかじめ、オレが日にちと時間を決めてお願いしておいた。
何よりここには「JBL4343」があった。
それを筆頭として、日本メーカーは当然として、世界の高級機種が揃っていた。それを試聴することができた。
他の店は・・・・やったら「安売り」って文字が目立った。・・・・それに「聴きたい!!」ってな高級機種が置いてなかった。
・・・・ここは・・・・フカフカのソファに座らされて、なんだか、いい気分になれたしな・笑。
なんだか、大人の気分が味わえた。