「・・・・あの時な・・・・あの時、オレは何も言ってないぜ」

 

 

雨に打たれる DT125 を見ながら山川が言った。

 

ウン。

 

オレも DT を見ながら頷いた。

 

オレも、山川を疑っちゃいねーよ。

 

山川がオレを「売る」ような真似をするはずがない。

 

 

「オマエが煙草を吸ってるのはわかっている」

 

 

あのセリフは、音楽のクソ教師がカマをかけてきただけだ。

なんら、証拠・・・・誰かが言った、見たって話じゃねーよ。

 

だからこそ、時田先生はオレを謹慎処分だけとし、・・・・その後、一切、この問題を不問にした。

 

全ては、あのクソ野郎が描いた絵図だ。

 

 

・・・・山川はテニス部をクビになった・・・

 

・・・・中学校じゃあ、山川と話すことができなくなった。

 

 

・・・・こんな「答え合わせ」すらできなかった。

 

「答え合わせ」をするのに3年もかかっちまった。

 

 

 

時間だ。

 

 

尻ポケットから長財布を取り出す。

 

中から1万円札を取り出した。

 

山川に差し出す。

 

 

「なんだよ?」

 

「やるよ。餞別だ」

 

「いいのかぁ?・・・いやぁ・・・助かっちゃうなぁ・・・カズくん、助かっちゃうなぁ~~~~カネが厳しくて・・・」

 

いつもの茶化した仕草。茶化した言い方。

 

 

 

大きなバッグを肩に掛け、山川が立ち上がる。

 

ふたりで歩き出す。

 

 

「弟元気かよ?」

 

山川が楽しそうに笑う。

チンピラ風のナリはともかく、笑顔は中学生そのまんまだ。

 

 

「ああ、元気だ。今じゃあ4年生だ。・・・・最近は友達と、毎日児童館で卓球やってるよ」

 

 

「そうか」

 

山川が嬉しそうに笑う。

ホントに嬉しそうだ。

 

 

「母ちゃんが、会いたがってた」

 

 

 

改札。

まだ眠た気な駅員が立ってる。

山川が切符にハサミをいれてもらう。

 

改札をくぐる。

 

・・・・何かを思い出したように改札から横に・・・・少し離れたところに山川が歩いていく。

 

 

ステンレス製の柵を挟んで向き合った。

 

 

「カズ・・・・・」

 

「なんだよ?」

 

「学校行けよ」

 

「うるせーよ」

 

「高校・・・卒業しろよ」

 

「うるせーよ、バーカ」

 

「宿題しろよ」

 

「うるせーって!」

 

「風邪ひくなよ」

 

「わかったよ」

 

「歯磨けよ」

 

「ドリフかよ・笑」

 

ふたりで笑った。

大爆笑だ。

 

 

手を振って山川が階段を登っていく。・・・・他に乗客はいない・・・他に歩いてる人すらいない。

 

見えなくなるまで・・・・ポケットに手を突っ込んで見送った。

 

 

 

ガラス扉を開けて駅を出た。

灰色の空だ。暗い空だ。

雨は強くなってる。風も出ている。

 

 

フルフェイスを被る。

シートに溜まった雨粒を拭いた。

DT125 に跨る。

キック一発でエンジンはかかった。

 

 

走り出す。

駅のロータリーを出る。

 

 

雨の中を走った。

 

大通りから外れていく。

車は1台も走っていない。

 

細い道に入っていく。

 

 

・・・・・・たしか・・・・ここだ・・・

 

角を曲がる。

 

舗装されただけの細い道。

 

 

開店前の薬局の敷地に乗り入れた。

 

駐輪場に DT を停めた。・・・・・屋根があったからだ。

 

 

・・・・ここから見えた。

 

道路を挟んだ向かい側。Y字路。

 

細い方の路。

家が並んでいる・・・・小さな家が並んでる。

・・・・まだ真っ暗だ。電気は点いていない。・・・・まだ6時にもなっていない。

 

Y地路から入って2件目の家。

そこが山川の家だ。

 

DT に跨ったまま見つめる。

 

フルフェイスを脱いだ。

 

MILD SEVEN を咥えて火を点ける・・・・・

 

 

雨に煙る山川の家を見つめる・・・・・

 

 

煙を吐き出す・・・

 

 

 

山川の家に電気が点いた。

 

山川の母ちゃんが起きたんだろう。

 

 

・・・・やっぱりだ・・・・

 

そうじゃないかと思った。

 

 

山川は、母ちゃんにも黙って家を出たんだ。・・・まだ、皆が寝静まってる間に家を出たんだ・・・・だから、あんなに暗い時間から駅にいたんだ。

 

こそぉ~~~~っと家を出て・・・・こそぉ~~~~~っとひとりで・・・・誰にも見られないで、この田舎町を出て行くつもりだったんだ。

 

 

山川が、今後をどう考えているかはわからない。・・・・どこまで・・・何を考えているかはわからない・・・・

 

・・・でも・・・そんな話合いすら、母ちゃんや、父ちゃんとしなかったんだろう・・・・避けたんだろう。

 

黙って家を出たんだろう。

 

 

山川らしい・・・・

 

 

 

中学2年。

気が合った。

すぐに仲良くなった。

 

山川に遊びに来いと誘われた。

 

しかし、平日は部活がある・・・・・日曜日は、弟の面倒をみなきゃいけなかった。

弟は、まだ小学校1年生だ。

昼メシはオレが作らなきゃなんない・・・・

 

 

「連れて来いよ」

 

山川が言った。

小学校1年生の弟を自転車の後ろに乗せて、山川の家に遊びに行った。

 

山川の母ちゃんが、良くしてくれた。

 

弟にお菓子を与え・・・・可愛がってくれた。面倒をみてくれた。

・・・・ご飯さえ食べさせてくれたんだ。

 

親戚の家のような温かさだった。・・・・いや・・・親戚より温かかった。

 

 

・・・この・・・・雪の降る・・・・冷たい北国で・・・

ヨソ者と虐められたこの町で・・・

 

山川んちは一番温かい場所だった。

オレたち兄弟にとって、一番温かい居場所だったんだ。

 

 

山川。

・・・・オレは、お前が大好きだったよ。

 

 

山川。

お前は、オレの友達だ。

 

この田舎に来て・・・・最初に友達になってくれた。

 

お前がいたことで、どれだけ救われたかしれない。

 

お前は大事な大事な友達だ。

 

 

山川。

ありがとう。

 

ありがとうな。

 

元気でな。

 

いつか、また会える。

また、どこかで絶対に会える。

 

 

 

雨が降る。

 

台風の先兵だ。

 

風も出てきた。

 

雨が煙のようだ・・・・

 

 

電気の点いた山川の家。

母ちゃんが、朝の支度をしてるんだろう。

 

 

フルフェイスを被る。

 

エンジンをかける。

 

クラッチを切って、ギアをローに入れる。

 

走り出す。

 

散々に雨を浴びる。

ジーパンも、ジャンパーもびしょ濡れだ。

 

 

雨は好きだ。

 

 

濡れればいい。

 

思いっきり濡れればいい。

 

 

雨の中。

DT125 を走らせる。

 

車はいない。

 

朝。台風の雨の中。

アクセルを開いて疾走する。

 

 

山川・・・・

 

悪い・・・

 

今日も、がっこーは行けそうにねぇよ・・・・・