窓から朝の陽ざしが入っていた。

 

 

ふぁぁぁ・・・・・・

 

 

頭を掻きながら上体を起こした。

 

6畳。

窓際一面にオーディオが並んでいる。テレビも。

 

反対側の壁面にピカピカのドラムセットが置いてある。

 

部屋の真ん中にコタツテーブルが座卓になってる。・・・・天板を裏返して緑面が上に。・・・・そして、麻雀牌が昨日の夜そのままだ。

 

山になった灰皿。

煙草の空き箱。

乱雑に置かれたコップ・・・・ジュースの空き缶。ビン・・・

 

・・・・・昨日は何時に寝たのか・・・・昨日は日曜日だった。

それで、1日麻雀をしていた。

 

・・・・終わったのは、深夜1時を回っていたか・・・・・着替えもせずにそのまま寝ちまったらしい・・・・

 

 

6畳の隣には水場のついた3畳があった。

そこにベッドが置いてあって、その隅に机があった。

 

オーディオの棚の時計は9時を回っていた。

 

 

高校2年生になっていた。

 

 

 

玄関から CB50 を出した。

 

雪国は、アパートとはいえ玄関が広い。冬は雪が積もる。自転車を外に置いとくわけにもいかず玄関内に入れる。そのため部屋の広さのわりに玄関の間口が広かった。

 

学校へ行くためのママチャリと、 CB50 を入れて置いとくだけの広さがあった。

 

CB50に跨り、フルフェイスを被ってエンジンをかけた。走り出す。

 

 

高校1年の終わりに、このアパートを借りた。

 

住んでた家は、6畳、4.5畳のアパートだ。オカンと弟の3人暮らし。

自分の部屋があるわけじゃない。・・・・・自分専用の場所すらあるわけじゃない。

 

オーディオを置く場所もなければ、好きな時間にテレビを見ることすらできなかった。

・・・・もちろん、プラモデルを作ることもできない・・・・・もう、すっかり、そんなものを作るのはやめちまったけど・・・・

 

試験勉強すら落ち着いてできなかった・・・・・よく受験勉強ができたもんだと思う。・・・・まぁ、受験勉強って程のことはしてないけど・・・・

 

 

自分だけのスペースが・・・・自分だけの場所が欲しかった。

 

 

そんな時に、叔父の雅彦が住んでるアパートの隣室が空いた。

 

アパートは老朽化が進んでいて建て直しが決まっていた。・・・・が、話が具体的には進んでなかった。理由はわからない。住人全てが立ち退いたら建て直すってな話だったのかもしれない。

 

雅彦が大家と交渉してくれて「2年間だけ」・・・・・つまり高校生の間だけってことで、15,000円ってな格安の家賃で借りることができた。・・・・・雅彦が保証人になってくれた。

 

風呂はもちろんない。それにトイレは汲み取り式だ。・・・・・でも、それは、このへんじゃ当たり前のことだ。

 

やっとできた自分の居場所に満足していた。

 

 

途中のパン屋で、アンパンと、デニッシュパンを買った。

 

 

林の中を CB50 で走る。

・・・・そして、抜ける。

 

目の前に海が広がった。

 

 

今日は月曜日だ。

 

普通の月曜日だ。

 

でも、月曜日は学校定休日と決めていた・笑。

 

勝手に決めた。

オレだけのルールだ。

 

日本で、一番早く「高校週休二日制」を導入したのはオレだと思う・笑。

 

たまに・・・・ごくたまーーーに、気が向いたら行く・笑。

 

 

ジャンボ機が海の上をゆったりと飛んでいた。

 

長閑な海だ。

 

風が少し冷たいけど、春の陽射しはノーーーンビリとしてる。

ジャンボ機も長閑に見えた。

 

自動販売機で缶珈琲を買って腰を下ろした。

 

 

・・・・もともとは、英語の授業が月曜の朝一番だったことから始まった。

 

その英語教師は、おかしかった。本職は寺の坊主だという、そして、野球部の顧問。・・・もちろん強くもない。

 

英語の発音は、どう聞いても英語には聞えなかった。まったくのカタカナ英語だ。なぜに、この教師が英語を教えているのかまったく理解に苦しんだ。

 

そして、もっとも驚いたのは、その「暴力」だ。

 

とにかく殴る・笑。

 

・・・・いや、笑いごっちゃない・笑。

 

とにかく殴る・笑。

 

「叩く」じゃない。

 

「殴る」

 

 

もう、狂っているとしか思えなかった。

 

質問に答えられない。

 

辞書を引くのが遅い。

 

そんな理由で殴られる。

 

・・・・とっころが、殴られるのは、前の席の生徒だけときている。・・・・つまり教壇の前の生徒だけ・笑。

 

質問も、授業態度も、全ては最前列の生徒だけしか見ていない。

 

 

・・・・この教師は・・・いや、工業高校の教師はみーーんな、教壇から動こうとしない教師ばっかりだった。・・・が、特にこの教師は酷かった・・・・もう、全くの、最前列の生徒だけを相手に授業を行なっていた。・・・・んで、最前列でも、教壇の目の前の生徒だけに授業をやっていた。

 

教壇付近から動こうとしなかった。

 

・・・・・質問とか、・・・・その他いろいろ、全てを最前列の・・・・特に、教壇の前2人の生徒だけを相手にやっていた。

 

・・・・・だからといって、全く、最前列だけを相手にしてるかと言うと、そうじゃなく・・・・たまーーーーに、後席の生徒に質問をぶつける時もある・・・・そりゃ、そうだろうよ・笑。

 

とっころが、・・・・後ろの席の生徒に質問が飛んで、その生徒が答えられないとしても、その生徒が殴られることはない。殴られるのは、前列の生徒だった。なんのことはない、たんなる癇癪持ちだ・笑。

 

それも、度を越した瞬間湯沸かし器。

・・・・いや、もう、教師には向いてない・・・・ってか、資格がないと思う。

 

怒るだけならまだしも、質問に答えられないからって殴るってどうなのよ???笑。

 

質問に答えられない。

 

辞書を引くのが遅い。

 

んな理由で、生徒をボコボコに殴っていた。

 

 

「体罰」

 

そんな理屈すら超越していた。

 

ただの

 

「暴力」

 

でしかない。

 

・・・・が、この教師の「暴力」は、この工業高校の名物になっていて、卒業生が集まれば、年代を問わず「共通言語」として成立していた。

 

とうぜん、学校内でも古参、位としては上の教師なもんで、誰も意見はできない。

 

担任に言ったとて、担任もひきつった笑いを浮かべるだけで、なんら手が打たれるわけじゃない。

 

 

ジャンパーのポケットから MILD SEVEN を取り出し咥えた。

火を点け煙を吐き出す。

 

 

信じられないくらい腐った高校だった。

 

生徒が腐っていれば、教師も輪をかけて腐っていた。

 

・・・・・・どっちが先に腐ったのか、鶏が先か卵が先か・・・・・

 

 

これが、大きな問題にならなかったのは、被害が「最前列」だけだったからだ。

もっと言えば、「教壇目の前」の世徒だけの問題だったからだ。

 

それ以外の生徒は、授業中、恐怖にピリピリしたとて、実際に殴られることはない。

 

質問が飛んできて答えられなかったとて、大声で怒鳴られはしても、殴られることはない。

代わりに殴られるのは、「教壇目の前」の生徒だけだった。

 

たぶん、後ろの席まで歩くのがめんどーなんだろう。

クラスの生徒のミスは、全て、最前列、教壇の前の2人が総代理として受ける仕組みになっていた。・・・・野球部ヨロシクで連帯責任ってことなのか???笑。

 

・・・・しっかし、

最前列の生徒にとってはたまったもんじゃない。自分のせいで殴られるんならまだしも、結局は自分がいくら注意してても、他人のせいで殴られるわけで、しかも、後列の生徒は何をやっても絶対に安全ときている。

 

 

そしてオレは最前列にいた。   笑・笑・笑・爆笑・大爆笑。

 

 

授業自体は驚くほど簡単で、まったくの中学校レベルだった。実業高校で、受験対策がないためか、授業自体は簡単だった。ましてや、オレは成績からいえば、こんな高校へ来るような成績じゃなかった。だから、授業自体は楽勝だった。

 

 

・・・・が、オレの隣には、学年で1、2を争う「低脳児」が座っていた・笑。

 

「低能児」ってのは言い過ぎか・笑。

 

しっかし、とにかく英語教師の質問には答えられない。

辞書を引くのは、すこぶる遅かった。

 

・・・・ってか、英語教師の質問にスラスラ答えられるなら・・・・辞書をサクサク引けるなら・・・・言われた単語のスペルがスラスラわかるなら、工業高校なんかに来るはずがない・笑。

 

・・・・それに何より「殴られる」って恐怖だった。

 

殴られるのは、「低能児」と、オレ・・・教壇前の二人だけだ。

 

落ち着けば引ける辞書も、「殴られる」と焦ってしまえば、ただでさえ頭が回らないところに輪をかけて頭が回らない。

いつもパニックを起こしてアタフタした。

 

いつも、オレが隣で教えはするが間に合わない。

 

そして、「低能児」は殴られ、連帯責任でオレも殴られた。・・・・なんでやねん??笑。

 

 

いつも「低能児」は、授業が終わるとオレに謝っていた。

 

・・・・気のいいヤツだった・・・・・

 

なんたって隣の席のヤツだ。

毎日、弁当を一緒に食べ、1年の時には一番喋ったヤツだ・・・・・

 

 

「低能児」に限らず、オレは、オレのせいじゃないところで殴られるということが再三あった。

そして、席替えをしても、オレのくじ運のなさゆえ、オレは最前列となってしまった。

 

 

ただでさえ、行きたくない月曜日に、その一時間目が英語となると、その「行きたくない気分」は単なるマンデーブルーの一万倍になった。オレは、月曜遅刻の常習犯になり、いつしか欠席の常習者になった・・・んで、そのうち、月曜日はお休みと決めてしまった。

 

おそらく、日本で、最初に高校週休二日制を実施したのはオレだろう。

しかも、土曜日は半日で、日、月がお休み・笑。

 

ちなみに「低能児」も、オレと同じく「週休二日制」を導入しつつあった・・・・オレみたいに「完全」じゃなかったけど・笑。

 

担任を含めて、教師は何も言わなかった。

何より、成績が良かったのが幸いしていた。・・・んで、オレは素行に問題のある生徒でもなかった。

 

工業高校の生徒といえば、おかしな学生服を着て、変な髪形をした、いわゆる「ツッパリ」というのがほとんどだったけれど、オレは普通の学生服を着て、普通のアイドル歌手のような髪型をしていた。

 

別に髪型に興味がなかったわけじゃない。じっさい、オレは高校入学から、ずーーーーっと美容院通いでパーマをかけていた。

服装にも興味がなかったわけじゃない。

 

ただ、工業高校のセンスについていけなかっただけだ。

その「つっぱりファッション」という・・・・どーみても田舎の「田吾作ファッション」がカッコイイとは思えなかっただけだ。

 

だいたい、わざわざ怒られるような・・・・・生徒指導に目をつけられるような服装をして、学校へ来るという神経がオレにはわからなかった。

 

そんな、服装をわざわざしてきて、それで、教師に注意されると反抗している。・・・・大爆笑。

 

・・・・これは、どう考えても、その服装をしてくる生徒が悪いわけで、どうしても、そのファッションがしたいのなら学校へ来なければいい。・・・・・村の中で私服として勝手に着てればいい。

 

とっころが、こういうアホにかぎって「行きたくねぇ~」と宣いながら、毎日学校にやってくる。・・・・皆勤賞だ・笑。

わざわざ、生徒指導に文句を言われながらだ。

 

・・・・いったい、この行為にどんな意味があるんだろう・・・・・オレにはまったく理解できなかった。

 

 

オレは、大阪時代に本物のヤクザを見てきていた。

・・・・そして、上の人間になればなるほど、物腰の低い、一見、それとは気づかない人が多いことを見てきていた。

それらしい格好をして、肩で風を切って歩くような奴はチンピラだった。

オレは、本物の怖さ、凄みというものを見てきていた。

 

ヤクザがヤクザでござい、と、歩いていたところで何も怖くはない。

 

怖いのは、まったく、ヤクザとは気づかないで、実はヤクザだったというのがいっちゃん怖い。

 

おかしな格好をして、「オレはツッパリだ」と自己主張しているボクちゃん達をオレは怖いとも、ましてや、カッコいいとはまったく思わなかった。

 

クソが!!

ゴミが!!

低能が!!

 

そう思っていただけだ。

 

いずれにしろ「普通の生徒」だったオレは、「週休二日制」を導入しても、何も言われなかった。

 

 

轟音を響かせてF4ファントムが飛んでいた。・・・自衛隊の戦闘機だ。

 

編隊飛行なのは、訓練ってことだろう。

 

この海岸からは良く見えた。

部隊マークすら確認ができる。

 

毎日毎日、訓練で轟音を響かせて飛行していた。

 

夕方になれば訓練は終了する。

・・・・ところが、深夜にでも、町に轟音が響き渡ることがある。

 

スクランブルだ。

 

日本は海に囲まれている。国境が海だ。

日本海側には、大陸から国籍不明機が領空侵犯をしてくることがよくある。

そのたびに、F4ファントムが、緊急のスクランブルで飛んだ。

 

 

洋上の F4ファントム の競演を見ながらアンパンと、デニッシュパンを食べる。

 

平日の昼間。

この海岸には誰もこない。

水質があまり良くもないので、夏場すら、あまりヒトは来ない。

 

オレだけのプライベートビーチだった。

 

 

寝そべって・・・MILD SEVEN を咥えた。

春の陽射しを受けた。

 

 

ノーーンビリとジャンボジェットが洋上を飛行していた。

 

 

 

波の音にも飽きて CB50 に跨る。

走り出す。

 

 

曲がりくねった県道を走る。

交通量は少ない。

 

・・・・見通せない前方から轟音が響いてくる。バイクの音だ。

 

見えてきた。

すぐにわかった。

 

KAWASAKI Z400FX

 

オレたち高校生にとっての憧れのバイクだ。

 

 

・・・・この辺で Z400FX に乗ってるのは何人もいない。