闇夜。

 

真っ暗だ。

 

4人の男が音を立てずに動く。

 

 

慎重に木戸を開ける・・・・・物置小屋の扉だ。

 

スルリと中に一人が入る。

 

キィ・・・・・キィ・・・・キィ・・・・・

 

微かな金属音とともに「そいつ」が引き出される。

残り3人が沈黙の中で歓声を上げた。

 

 

路地。

家々の壁・・・庭先・・・・街灯は少ない。

それでも、ところどころの家々から明かりが漏れている。

その路地を慎重に・・・・声を殺し、4人が「そいつ」を押し・・・引きづり、進んで行く。

 

 

やがて、住宅地を抜けた。一面真っ暗な闇が広がった。・・・・遠くに小さな灯が電柱に点いていた。

見渡すかぎり田んぼ・・・・真っ暗で見渡せないけど・・・・って場所に出た。

 

 

紺野が「そいつ」に跨った。

 

キーを捻る。

赤、緑のインジケータランプが点灯する。

 

キックスターターに右足を乗せ、思いっきり蹴った。

 

 

ブォン!!

 

 

一発で「そいつ」のエンジンがかかった。

 

 

うぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!

 

 

南原、高柳、そしてオレから抑えた最大限の歓声が上がった。

 

 

紺野がエンジンを吹かし、走り出した。

 

 

うぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!

 

 

残り3人から大歓声が上がる。

 

 

ここは、田んぼの「農道」だ。

見渡す限りの田んぼだ。

 

 

その中に、ほぼ正方形・・・一辺が500mくらいの舗装された「農道」があった。

一辺に明かりが一か所って感じ。

・・・・一周2kmのコースってことだ。

人家が遠くに小さく見える。

夜は誰も来ない。

 

そこを紺野が疾走していた。

闇夜の中、ヘッドライトが走ってる。それで、紺野がどこにいるのかわかった。

 

 

「すげぇ・・・・」

 

 

高柳、南原、オレ、それぞれに呟いていた。

 

高校に入ってから、一番の興奮かもしんない。

 

 

紺野には兄貴がいて、この春、関西の大学に進学した。

バイクは、兄貴が足にしていた原付だ。

 

そう、50cc の原付。

 

それでも、5速ギアのついた、立派な「バイク」と呼べる代物だ。

 

 

・・・・そいつを、兄貴がいなくなったのをいいことに、倉庫から勝手に拝借してきた。

 

 

乗り方の練習をするためだ。

 

 

 

「カズ、乗ってみろよ」

 

 

一周してきた紺野が言う。

 

ってことで、人生で初めてバイクに跨った。

 

 

紺野から運転の説明をされる。

 

 

 

 

ハンドル右手のグリップが回るようになっていて、こいつがアクセル。・・・そして、自転車と同じようにブレーキがついている。前ブレーキだ。

 

じゃあ、左手についてるのは後ブレーキかと思ったら、クラッチだった。・・・クラッチってのは・・・・説明が難しい・笑。

 

・・・・で、後ブレーキは、右足のステップの前についてる。・・・・・え、そうなの???笑。

 

・・・ら、左足の前にギアがあった。

一番下が1速で、爪先でひとつ上げると2速。そして、3、4、5速と上がっていく。

 

 

・・・うわぁ・・・・わっかんねーーーー

・・・・こりゃ、難しいぞ・笑。

 

 

ギアを変えるためにはクラッチ操作が必要だ。

 

 

・・・・そりゃ、まぁ・・・・右手、左手、右足、左足・・・・別々に動かすのは、ドラムを叩いてるから慣れてるけどな・・・・

 

 

左手でクラッチを握る。

 

左足でギアを一番下・・・1速に入れる。

 

・・・・クラッチを徐々に離していく・・・・半クラッチ・・・・エンジンに繋がる、動き出す。アクセルを開けていく・・・・

 

 

走った!!!

 

 

生まれて初めてバイクに乗った。バイクを運転した。

 

左手、クラッチを切って、左足でギアを上げる。クラッチを繋ぐ。2速に入った・・・・

 

 

走り出してしまえば安定する。

 

風を切る。

 

真冬の冷たい風を引きり裂いてバイクが走る。

 

 

・・・・・・すっげぇーーーーーー!!

 

 

ロードマンとは違った気持ち良さだ。

大人になったような爽快感。

機械を操ってるって快感。

ロードマンの「軽さ」とは違う疾走感。

 

 

ヘッドライトがアスファルト路面を照らす。

 

 

一周して戻ってきた。

 

高柳が走り出す・・・・・そして南原・・・・・また、紺野・・・・・

 

 

冬の闇の中。

交代でバイクに乗った。

時間を忘れてバイクに乗った。

 

寒くなかった。

むしろ、汗をかくくらい興奮していた。

 

 

 

・・・・そこからバイクに夢中になった。

 

 

バンド活動はしばらく休止。

 

それぞれが、本屋で「原付免許・想定問題集」を買って紺野の部屋に集まった。毎日だ。

 

原付免許は、50問の学科試験だ。

んで、45点以上で合格。

 

テスト勉強よろしくで、必死に勉強した。

お互いが問題を出し合って試験に備えた。

 

 

 

耳鼻科。

今日は、週に一度の耳鼻科の日だ。

 

いつも通だ。

若先生が診察。消毒をして終わり。

だいぶ、鼓膜の状態はいいらしい。・・・・塞がってきてる。

今週も投薬。そして、また、来週通院。

 

「お風呂は注意してな。プールは禁止だぞ(笑)」

 

若先生の声を聞いて診察室を出る。・・・・・加奈さんと一緒だ。

 

「今週免許取りに行くよ」

 

ふたりで廊下を歩きながら言った。

驚いた加奈さんの顔。・・・・・そしてニッコリ笑った。・・・・でも、目がぎゃははと笑ってる。

 

 

薬をもらって会計を済ませる。

 

加奈さん、幸子さん、ふたりに手を振られて医院を出た。

 

 

 

紺野、高柳、南原、そしてオレの4人で試験場に向かった。

 

・・・で、全員見事に合格した。

 

 

うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!

 

 

全員が、腹の底からガッツポーズをした。

 

ひょっとしたら、高校受験より、嬉しいんじゃないか???笑。

 

なんだか、「大人への階段」を登った気がした。

 

 

 

夜。

晩御飯を食べて家を出た。

 

・・・・寒い。

吐く息が白い。

 

それでも、星がキレイに見えた。・・・だから、晴れてる。

 

玄関前にとめてあったバイクに跨った。

真新しいヘルメットを被る。

 

キック一発でエンジンがかかった。

 

 

1速に入れて走り出した。

 

 

 

初の愛車は HONDA CB50

 

原付バイクは、当然、KAWASAKI  YAMAHA  SUZUKI  全ての4大メーカーから発売されてた。

 

原付は、排気量が 50cc しかない。

それで、各メーカーは、2サイクルエンジンを載せていた。・・・・単純に、小さな排気量でパワーを出しやすいからだ。

 

そんな中で、HONDA CB50 だけが、4サイクルエンジンを積んでいた。

 

4サイクルエンジンと2サイクルエンジン。

 

音が圧倒的に違っていた。

 

 

2サイクルエンジンは「いかにも原付!!」ってな、うるさい、ハエみたいな「騒音」でしかない音が出る。

それに比べて、4サイクルエンジンは、バイク特有のカッコイイ音がする。

 

なんだか、原付特有の「騒音」のバイクに乗りたくない。

んなことで、CB50 が欲しかった。

 

 

住宅地を抜けて、県道に入っていく。

 

国道は2車線だ。交通量も多い。

 

それから比べて、県道は1車線で交通量も少ない。・・・・そして、適度に曲がりくねった山道が、乗っていて楽しかった。

 

ヘッドライトが木々に囲まれたアスファルトの路面を照らす。

4サイクルのエンジン音を響かせ CB50 が駆け抜ける。

 

 

CB50 が欲しいったって、新車が買えるはずもない。

160,000円 ってな値段だ。

 

・・・・そしたら、中古の CB50 が自転車屋と並んだバイク屋に置かれていた。・・・そう、いつもの自転車屋。

 

値段は40,000円なり。

 

 

バイト代を叩いて買った「ロードマン」を盗まれて、挙句には壊され、棄てられた。

 

棄てられてたのは、駅前の駐輪場だ。

スポークは切られ、乗ることも、動かすこともできなかった。

そのまま、放っておくわけにもいかない。

自転車屋のオジサンに電話して、引き取って、棄ててもらった。

 

・・・・その時に、

 

「チャリがないと困るじゃろ?」

 

ってことで、「鉄屑」として、処分されるとこだったママチャリをくれた。

 

 

・・・・その隣でやってるバイク屋に、中古の CB50 があった。

 

「買う」

 

と言うと、オジサンは「おう、免許取ったのか?」と笑って言い、「自分で買うのか?」と、また笑った。

 

 

アルバイトしてたから、その金だよ。

 

 

オジサンは、「そうかぁ・・・」と、また笑って、37,000円にしてくれて、ヘルメットをサービスでつけてくれた。

 

 

「早いもんやなぁ・・・・」

 

オジサンが言った。

 

オレが、この自転車屋に通い出したのは、大阪から転校してきてからだ・・・・中学校1年から・・・・それ以来、自転車の修理をお願いして、ロードマンを買った。・・・・ウチのオカンの自転車の修理もお願いした。

3年が経った・・・・・高校生になった。免許がとれる年齢になった。

 

 

納車日。

メンテナンスの説明を受けた。

バイクはチャリみたいにはいかない。ちゃんとメンテナンスしないとエンジンが壊れる。・・・・そもそもガソリンを入れないと走らない。

 

 

「気をつけて乗るんじゃぞ」

 

店を後にする時に言われた。

 

 

それ以来、毎日 CB50 に乗った。

 

一応、学校では「バイクは禁止」だ。・・・・大きさを問わず。

 

ってか、バイクの免許は、高校生は県下では一斉禁止だ。

乗ってるのがバレれば「即停学」だ。

 

それで、誰かに見つかるのもマズイ。晩御飯が済んでから、本気で乗りはじめた。・・・毎晩毎晩・・・・・雪さえ降らなければ。

 

 

 

・・・・珍しく、昼間に CB50 に乗っていた。

 

学校から帰って、 CB50 に跨り家を出た。

 

通いなれた駐輪場に CB50 を入れた。

・・・・そう「耳鼻科」だ。

 

 

若先生の診察を受ける。

 

・・・・あれ・・・・?

 

・・・・隣に立っているのは初めての看護師さんだった。・・・・もちろん見たことはあるけど。

 

 

診察が終わった。

 

「お風呂は注意してな。プールは禁止やぞ(笑)」

 

「今は冬だって(笑)」

 

いつも通りのやり取りをして診察室を出た。

 

 

会計を待つ。

 

 

・・・・・加奈さんの姿が見えなかった・・・・・

 

 

薬を貰って会計を済ませる。

会計は幸子さんだった。

 

 

「加奈さんは・・・・・?」

 

おそるおそる聞いてみた・・・・・

 

「辞めちゃったの・・・・」

 

 

・・・・・え?

 

 

幸子さんは何事もなかったような顔だ。

それ以上は何も言わない。

 

 

 

CB50 に跨る。

 

キックスタートでエンジンをかける。

ギアを入れて走らせる。

 

 

 

林の中を走る。・・・・・抜ける。

 

駐車場。

CB50 を停めた。

 

ヘルメットを脱いだ。

 

 

 

ゴォォォォ・・・・・ゴォォォォォォ・・・・・・・・

 

 

 

地響きのような音。

 

目の前。冬の日本海の波しぶきだ。

・・・・それでも、今日は、波が穏やかな方だ。

 

 

自動販売機から缶珈琲を買った。

 

駐車場は高台のようになっていて、なだらかに海に続いてる。

上り下りのためにコンクリートで狭い階段がつけられていた。そこに座った。

 

 

ゴォォォォォォ・・・・・・・・

 

 

風に逆らうように海鳥が飛んでいる。・・・・風に乗ったまま、その場に留まってるように見える。

 

ジャンパーのポケットから MILD SEVEN を取り出す。

咥えて火をつけた。

吸い込み煙を吐き出す。

 

・・・・いつの間にやら、肺まで吸い込むようになっていた。

煙草を持ち歩くようになっていた。

 

 

煙草。

珈琲。

日本海。

 

 

ひとりだった。