ギーコ・・・ギーコ・・・・
音がした。
ペダルを漕ぐたび軋んで音が鳴った。
いわゆる「ママチャリ」に乗っていた。
道路は朝の喧騒だ。
バスが道路狭しと走る。
通勤だろう車の群れが右に左に走る。
遅刻か、ギリギリ間に合うか・・・・ハムレットの高校生の自転車が猛スピードで走る・・・
・・・・しかも雪が降っている。
ギーコ・・・・ギーコ・・・
渇いた、軋んだ音がする。
ハムレット高校生が追い抜いて行く。
そんな喧騒とは別世界にボクはいた。
ギーコ・・・ギーコ・・・・
どーせ、この「ママチャリ」じゃあ、速く走れない・・・・
それに・・・・この雪じゃあ、どーせ間に合わない。
重い雲が立ち込めてる。
ヒラヒラ・・・・と雪が舞っていた。
何にもなくクリスマスが過ぎた。
何にもなく年が暮れ、何にもなく年が明けた。
陸上部は・・・・・足が遠のいていた部活は、冬休みですっかり行かなくなった。
この寒い中、走るなんて、まっぴらゴメンだ。・・・・・雪が降る・・・・筋トレなんてさらさらゴメンだ。勘弁してくれ。
んなもん、やってられっか。
・・・・それに・・・
それに・・・
それに・・・何より・・・
「ロードマンがなくなった」
冬休み。
本屋に行こうと玄関を出た。
玄関前。
さっきまであったはずのロードマンがなくなっていた。
家の前だからとカギはかけてなかった。
目が点になった。
茫然とした。・・・・何が起こったのかと理解ができなかった。
・・・・しばらくして、ようやく飲み込めた。
盗まれたんだと。
それ以来、この「ママチャリ」が足になった。
新学期が始まった。
「ママチャリ」で通学した。
時間はロードマンの3倍かかる。
・・・・・道路からハムレットの高校生が一斉に消え去った。
・・・・もう、遅刻だもんな・・・・
通り過ぎる家々の屋根は真っ白だ。雪が積もっている。
遠くから見れば「銀世界」ってやつなんだろう。
でも、近くで見れば「銀世界」からは程遠い。
道路脇。排気ガスで汚れた雪は黒く煤けている。
路面はグチャグチャだ。
道路は、流され続ける融雪剤でビチャビチャだ。
これからゴールデンウィークまでは、路面は濡れたままだ。渇く日はない。
ギーコ・・・・ギーコ・・・・・
ようやっと駅ビルまで辿り着いた。
空から雪が降っていた。
あの日と同じだ。
紀子が好きだった。
ホントに・・・ホントに好きだった。
この冬休みの間・・・・どこにも行かず、誰にも会わず、家でゴロゴロしていた。
・・・・思った以上に堪えていた。
毎日、電話をする習慣がなくなったことは、ボディーブローのように効いていた。
ジワリジワリと堪えていた。
紀子と一緒にいると・・・・紀子に「ほんわか」と包まれた。
あったかくなれた。
誰からも好かれる紀子は、ボクを優しく包んでくれていた。
・・・その「誰からも好かれる」紀子を悲しませたのは誰なんだと思った。
原因はボクなんだろうけど・・・・
・・・・それでもボクが悪いのか・・・・?
ボクと奈緒子先輩のことは、同じ中学の生徒じゃないと知らないことだ。・・・・紀子の中学の生徒は知らないことだ。
だから、同じ中学の誰かが「告げ口」をしたってことだ。
同じ中学の中でも、みんなが知ってることじゃない。・・・・知ってる生徒は限られている。
男子生徒は知らない・・・・男子生徒には興味のない話だ。どーでもいい話だ。
女子生徒の中でも限られた生徒しか知らないことだ。
・・・・わかってきた。
アホみたいな現実がわかってきた。
なんと、ボクは一部で「女の敵」と呼ばれていた・笑。
・・・・そうだ。
「女の敵」と呼ばれていたヤツが他にもいた。・・・・志村だ。
志村を、そう罵ってた「顔面不自由」な女子生徒の集団が、ボクをも「女の敵」と罵っていた。
「奈緒子先輩をヤリ逃げした男」
ご丁寧に
「あなたの付きあってる男は女の敵よ。成績優秀な上沢高校特別クラスの女の子をヤリ逃げしたの」
そう、紀子に告げ口したらしい。
顔面不自由どころか、性格そのものが不自由だな・・・・・
一生「ブス!」と虐げられて生きていけ!!
・・・・この町には「悪意」しかない。
ギーコ・・・ギーコ・・・・
駅ビルを抜ければ、工業高校までは一本道だ。両側に見渡す限りの田畑が広がる一本道だ。
冬はこの道がやっかいだ。
吹きっさらしだ。
普通の雪さえ吹雪になる。
ギーコ・・・・ギーコ・・・・
ママチャリは進まない。
髪が真っ白になっていく・・・
傘を差しては自転車を漕げない。
カッパなんか着るのはめんどーだ。
学生服のシワに雪が溜まってく・・・
吹きっさらしの雪が道路の上で渦を巻く。
吹きっさらしの横風で倒れそうになる。
吹きっさらしが前から風が吹けば、まったく進まない。
ギーコ・・・・ギーコ・・・・・ギギィィ・・・コォ・・・
どんどん・・・どんどんペダルは重くなる。
髪の毛に雪が固まる。
髪の毛が樹氷化していく。
ギーコ・・・・ギギィ・・・コココォ・・・・・・
・・・・ついにペダルは止まった。・・・・固まった。
雪・・・吹きっさらしの中、ママチャリを降りる。
カゴから「ハンマー」を取り出した。・・・・工事現場で使うような、大きな鉄の塊のついたハンマー・・・金槌じゃない。ハンマーだ。
それを手に取り、
ガツン!!ガツン!!
前輪を叩く。後輪を叩く。・・・・そしてペダルの部分を叩く。
ゴソっと氷・・・みぞれの塊が落ちた。
北陸の冬は雪が降る。
道路にはセンターラインから「融雪剤」が流される。・・・・それで雪は氷に固まらない。・・・「融雪剤」で流された雪は、道路脇にみぞれ・・・シャーベット状になったまま放置される。
自転車に乗っていると、そのシャーベットが、車輪とサドルの間に挟まっていく。詰まっていく・・・・そして固まり、動かなくなる。
前輪が動かなくなる。後輪が動かなくなる。チェーン部分に入り込んだシャーベットがペダルを固める。
その固まったシャーベットを落とすため、ハンマーで叩く。
学校に着くまでに3回は叩く。
冬の北陸。
通学自転車のカゴには、雪を叩くハンマーが必需品だ。
こいつがないと、道路脇に自転車を放棄して、歩いて学校に行く羽目になる。
田畑の中。一本道。
雪が降っている。吹きっさらしだ。
一面の真っ白な世界だ。
・・・・その中で、ハンマーでママチャリを叩いた。
ガツン!!ガッツン!!ガッツン!!!
その頭を・・・肩を・・・・雪が積もった。
時折、道路を車が走った。
金属が道路を叩く、チェーンの音が響く。
学校に着いた時には1時間目の途中だった。
体育館の片隅で時間をやり過ごす。
終了のチャイムが鳴った。
休み時間。
目立たないように教室に入っていった。
教室の隅にストーブが設置されている。
伸びた煙突が外に出ている。
教室は寒い・・・・10度はあるのか・・・・??
ストーブの周りを陣取っているのは、尖がった頭をして、おかしな学生服を着た集団だ。
こいつらのような、おかしなカッコをした連中がこの学校では主流派だ。
周りを威嚇し、肩で風を切って廊下を歩いている。
冬になればストーブを独占していた。
授業が始まる。
化学の時間・・・・・「内申点チェック教師」のお出ましだ。
尖った、おかしな学生服を着たヤツらが教科書を開いて、ノートを開いて一所懸命にノートをとっている。・・・・机の上にカワイイ筆箱まである・・・・・それは・・・・お母さんに買ってもらったのかい・・???笑いを噛み殺すのに必死になる。
アホくせぇ・・・・
バカくせぇ・・・・
人間社会。
いっちゃん面白いのは、「バカ」が、真面目に何かをやってる姿だ。滑稽だ。笑える。
オラウータンが、人間の真似をしてれば笑える。
・・・それが、教室で見られた・笑。
どっか刺さりに行くのか?
そんな、尖った頭。
膝まで隠れそうな学生服。
学生服が歩いてるようにしか見えないぜ・笑。
小学校1年生が「ランドセルが歩いてる」
・・・・同じように「学生服が歩いてる」・・・・そうにしか見えない。
相撲取りが履くのかい???ってなふっといズボン。・・・・いったい何人の太ももが入るんだい???
・・・・しかも、裾は、足首がやっと通るほどの細さだ。
ポケットに手を突っ込み、空でも飛ぶのか???君はモモンガなのかい????ってな具合に、そのズボンを広げて歩いてる。
どーやら、モモンガの羽は、広ければ広いほど、この尖がり頭のオラウータンたちの世界じゃエライらしい・笑。
エリマキトカゲと脳の程度は同じくらいなんだな・笑。
・・・・なんだ、これは・・・・?
なんだ、この「田吾作」ファッションは・・・・
これがカッコイイのか・・・・??????
謎だ・・・
君たちのファッションセンスは、ボクには理解ができないよ。
しかも「皆勤賞」が取れるほど、毎日嬉しそうな顔をして学校にやってきて・・・・一応「だりぃ~~~~」と宣いながら・・・・風邪さえひかない・・・・
そりゃ「バカは風邪ひかない」
そして、真面目に授業を受けて・・・そして「赤点」を取る・笑。
君たちは、「謎」だらけの生き物だよ。
学校に毎日嬉しそうな顔をしてやって来るなら、どーして、わざわざ、先生に怒られるようなカッコでやって来るんだい??
どーして文句を言われるような頭のカッコでやって来るんだい??
頭のセットで30分は、かかるんだよね??
凄いね。早起きなんだね・笑。
・・・・そっか・・・・・
人生で「皆勤賞」くらいしか、もらえないからかぁ・・・・・・それで、早起きして、毎朝、先生に怒られるためにセットして、町中で避けられるような学生服を着て、嬉しい顔して登校してくるんだね。
・・・・謎だ・・・
君たちは、ボクには「謎」の生物だよ。
同じ人間だと思えない・・・・同じ高校生だと思えない。
たぶん・・・脳ミソは、何か別の「ミソ」で、できてるんだろうね・・・・
たぶん・・・「ミソ」じゃなくて・・・「クソ」なんだろうね・笑。
・・・そっか・・・そっかぁ・・・・・それなら、「赤点」も納得だ・笑。
ふわぁ~~~~~~~~・・・・・
欠伸をして、机に突っ伏した・・・・
「チェックします!!!」
・・・・目の前に「内申点チェック教師」が立っていた。
ハゲ。黒縁眼鏡をかけ、口の端に唾を泡にして嬉しそうに立っていた。
嬉しそうに、手にしたノートにチェックしていた。
授業の度に「チェック」された。
・・・ダメだ・・・こりゃ、これじゃあ、どれだけテストが良くても「赤点」になっちまう・・・・・笑。
雪が降ってる。
あった。
ロードマンを見つけた。
駅前の駐輪場。
隅にロードマンが倒されていた。
雪が降り積もっている。
タイヤは切り裂かれ、スポークは切られていた。
軽量フレームも曲がっていた。
・・・・こりゃあ・・・もう、乗れないな。
事故とかじゃない。
乗れないようにしたんだ・・・・
スポークは切られていた・・・1本1本・・・丁寧に切られている。
それなりの工具が必要だ。
工業高校の生徒だろう。
すでに嫌がらせは始まっていた。
虐めか・・・
気に入らないんだろう。
てきとーに授業を受けて・・・にもかかわらず、成績は5番。
乗りたい・・・憧れのロードマンで通学してくる。
・・・・しっかし・・・・この執拗な悪意はなんだ・・・・?
ここまでの集中力や行動力があるなら、なぜに赤点を取る・・・・?
雪が降っている。
髪に積もっていく・・・
肩に積もっていく・・・・
ドラムを買うためにステーキレストランでバイトした。
夏休み中、毎日バイトした。
小学校から乗っていたサイクリング車が壊れた。
ドラムを買うためのバイト代を叩いてロードマンを買った。
2ヵ月か・・・
2ヵ月で、ロードマンは壊された。
・・・・この町には悪意しかない。
出て行ってやる・・・・こんな町出て行ってやる・・・・
全てが嫌になっていた。
陰湿なブスどもが嫌いだった。
バイクと車の話題しかない工業高校のクズどもが嫌いだった。
尖った頭で、変な学生服を着た、工業高校のクソどもが嫌いだった。
一所懸命にノートをとり、それでも成績の悪い、工業高校のアホどもが嫌いだった。
教師というより、職人という風体の工業高校のクズ教師どもが嫌いだった。
自分の身を、内申点で守る工業高校のクソ教師が嫌いだった。
「おまえらはバカだ」と言わんばかりの、元進学校の工業高校のアホ教師が嫌いだった。
「熱血」だと自分の考えに凝り固まる工業高校の老人教師が嫌いだった。
田舎が嫌いだった。
コンビニがない。すかいらーくがない。ケンタがなかった。マクドもない。
夜8時をすぎると暗くなった。
人が歩いてなかった。
店が閉まった。
信号さえ、黄色の点滅となって職務放棄だ。
テレビが遅れていた。レコードが遅れていた。ファッションも、少年ジャンプも・・・・人の動きも・・・・全てが遅れていた。
何を喋っているのか分からなかった。
雪が降った。
寒かった・・・・人の心はもっと寒かった。
閉鎖的。そして、排他的。
この町には悪意しかない。
この町には、悪意と雪しかない。
頭の中で、何かのスイッチが入った。・・・・いや・・・切れてしまったのか。
でも、しっかりと音が聞えた。
カチッ!
こんな町、出て行ってやる。出て行ってやる。
出て行ってやる。
絶対に出て行ってやる!!!
高校卒業したら、ぜってー出てってやる!!!
クソッたれが!!!