「少しの延命はいや。どうしてもやらなければ
              ならないことがまだある。」
                         (湯を沸かすほどの熱い愛」から幸野双葉の言葉 )


あらすじ
栃木の市内で「幸の湯」という銭湯を営んでいた幸野一浩(オダギリジョー)が、突然家出してしまった。残された妻双葉(宮澤りえ)には、銭湯経営はできずパン屋に働きに出た。娘安澄(杉咲花)は高校2年生で、おとなし過ぎて学校でいじめを受けているが耐えている。パン屋で倒れた双葉が、精密検査を受けると余命二ヶ月の末期がんだと診断され愕然としたが、直ぐに持ち前の我慢強さを発揮して立ち直る。


 そんな双葉は、夫の調査を探偵に頼んだ。探偵は滝本(駿河太郎)といい妻に先立たれ幼い子と暮らす父子家庭だった。調査で夫は隣町で女と暮らしているとのこと。そこで双葉は夫のいるアパートを訪ねる。夫は昔の浮気相手のしがらみで断れなかったようだが、浮気相手は直ぐどこかへ行ってしまった鮎子(伊東蒼)という小学生は夫との間の子どもらしく夫が引き取らざるを得ない羽目になる。


 幸野家は鮎子が加わり4人家族になる。そして「幸の湯」は再開された。番台には双葉が座り、近所の住人が再びお客として来てくれた。双葉はどうしてもやらなければならないことがまだあると健気にふるまう。学校で安澄が制服を隠されたといういじめに遭う。安澄は体操着で登校した。そして教室では体操着を脱いで下着でいじめっ子に抗議した。いじめっ子もそこまでされると降参して制服を返した。


 ある日、鮎子が番台から小銭を盗むのを双葉は見付ける。それで鮎子の持ち物を探すと小銭とメモがある。メモは鮎子の母親のもので迎えに行くよとあった。その晩鮎子は戻らなかった。双葉と安澄はトラックでアパートに行くと玄関の前に鮎子が蹲っていた。双葉は優しく鮎子を連れて帰った。「これからはここに居ます。でも、ママのことを好きでいていいですか」と泣きながら言う。双葉達は勿論だと答える。


 銭湯の仕事を一浩に任せて双葉、安澄、鮎子は箱根や伊豆方面への宿泊旅行に出かける。途中、道の駅でヒッチハイクの向井拓海(松坂桃李)に乗せてくれと頼まれる。彼は家庭が複雑で目的のない旅だと言う。双葉は拓海をハグして「最北端へ目指せ」と力づける。そして別れた。箱根で泊まり伊豆へ、そして目的のカニを食べに食堂へ入る。女店員は手話で応対した。食べ終わり代金を払う際、双葉はいきなり女店員の顔を叩き一礼して立ち去る。


 車に戻った双葉は、安澄にあの人が坂巻君江(篠原ゆき子)だと教える。彼女は一浩の前妻で安澄の本当の母だと言う。驚く安澄に会って挨拶して来いと促す。嫌がる安澄を置き去りにする。安澄のところへ君江が来た。安澄は以前双葉から手話をやるよう勧められていたので君江と手話で話すことが出来た。双葉は疲労困憊で倒れて病院へ入院した。


 病院に探偵の滝本が訪ねて来た。かねて頼んでいた双葉の母親の調査の報告だった。母親は向田都子と言い会社社長と結婚して子供や孫と都内に暮らしていると言う。双葉は会いたいと言った。そこで滝本は車で連れて行く。しかし、都子は知らないと言って面会を拒否した。やむなく双葉は病院へ戻る。


 「幸の湯」が休みの日、幸野家に坂巻君江が来ることになった。また、その日ヒッチハイクの青年向井拓海も目的を達してやって来た。5人で夕食を始めた時、一浩はお願いがあると言って人間ピラミッドをやってくれと頼む。翌日の夜、病院の中庭でピラミッドを組み、双葉に見せた。双葉は「生きたい生きたい」と嗚咽する。


 しかし、二か月過ぎて双葉には限界が来た。浴室の富士山の絵を背景に祭壇を作り、双葉の葬儀が執り行われた。滝本の運転する霊柩車で火葬場に送られる。葬儀が終わり一浩に滝本はしみじみ語る。「あの人のためならなんでもやってあげたくなる。その何倍もやってもらっていたからでしょうね。」一浩は「はい」と肯定する。喪が明けて「幸の湯」は再開する。風呂釜に焚く廃材がめらめら燃えている。すると煙突には赤い煙が町にたなびく。


 感想など
悲劇とか恐怖を感じさせる作品の表現方法はかなり難しい。生ぬるいとつまらない。過大に見せると信じ難いく、逆に滑稽にも見え、中味も薄くなる。「湯を沸かせるほどの熱い愛」というタイトルは、どう見ても過大表現である。


 内容は余命短いヒロインの家族愛のに満ちた果敢な生き様で、見る者にはその共感と感動が泣かせる。作品の要所要所に信じがたい過大表現も散りばめられていて、「エッ!」と意表を突く。それをどう受け止めるかで評価は割れるが、シリアスな題材を深刻に見せないよう工夫だと見てよい。


 銭湯の「主人が湯気のごとく蒸発したので湯が沸きません」という面白い張り紙の表現は奇抜。娘は学校で制服を隠されて虐められるが、教室で体操着を脱ぎ下着で抗議し、取り返すシーンはエッ!」。ヒロインはいきなりガンと余命二ヶ月を宣告されエッ!」とショッキング。夫は昔の浮気の後始末で一年間家出をする。妻に連れ戻されるとき隠し子を連れて帰るというエッ!」という驚き。


 娘と旅行中、ヒッチハイクの青年との出会いと別れがある。複雑な家庭環境から目的を失っている青年にいきなりハグして「最北端を目指すのが目標よ」とけし掛けるのシーンはエッ!」と驚く。当惑するのは青年と観客だ。更に、カニを食べに入った食堂でいきなり、障碍者の女店員の顔を叩くことに「エッ!」と意表を突かれる。ヒロイン自身の母親もどこにいるのか分からないので探す。母親は見つかるのだが会ってくれない。怒ってヒロインは物を投げつけてガラスを割って逃げ帰る。ヒロインに家族達が人間ピラミッドをやって見せる。これもエッ!」(やり過ぎ?)だ。


 探偵の滝本が双葉の死後、しみじみと語る言葉がヒロインのすべてを語っているかに思える。「あの人のためならなんでもやってあげたくなる。その何倍もやってもらっていたからでしょうね。」そしてラストに見せる最後の「エッ!」は、風呂屋の煙突から立ち上る赤い煙だ。有り得ないことまでやってくれた。


 最近の銭湯には行ったことがないので分からないが、番台さんがいて竹の衣類籠、履物を入れる下駄箱があり下足札など使っている。風呂釜を焚くのに廃材を使い煙突から煙をださせている銭湯は今もあるのだろうか。


 ヒロインの強さと寛大さとそれぞれ夫や娘達がもつ深刻で複雑な事情が次々に明るみに出て、余命二か月の大切な期間の中で進行しながら、みんながそれぞれ良い方向に向かわせるのは凄い信念だ。その複雑な事情がすべて泣かせるのである。しかも、泣かせるツボは心得ていて、とにかく、至れり尽くせりで泣かせる。冒頭書いたように、それらは過大表現で、これでもか、これでもかと次々に迫る。ラストのタイトルで、ついには涙は枯れてしまうのだ。これでは見終わった後に残るものがない(苦笑)


GALLERY
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双葉は余命二か月のガンの宣告を受ける       一年前家出した夫一浩を連れ戻す
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一浩には浮気でできた鮎子がいて連れてくる       余命のあるうちにやるべきことがあると決意イメージ 5 イメージ 6
娘安澄は学校でいじめを受けていたが反抗した    鮎子はママを慕ったが見捨てられていたイメージ 7 イメージ 8
伊豆への旅で拓海と出会う                 目的のカニを食べる
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いきなり女店員を叩く双葉                 安澄にあの人が生みの母だと教えるイメージ 11 イメージ 12
君江は一浩の前妻だった                  双葉は倒れて入院する
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探偵が双葉の母親を見つけてくれたが会えない    幸野家に拓海と君江が来たイメージ 15 イメージ 16
双葉に人間ピラミッドをやって見せる           生きたいと嗚咽する双葉イメージ 17 イメージ 18
浴槽の前で葬儀                        双葉の偉さを述べる探偵
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タイトル                              煙突から赤い煙がなびく