「お父ちゃんは僕たちに偉くなれと言う癖にちっとも
偉くないんだね。なぜ太郎ちゃんのお父ちゃんに頭
を下げるの?」
(「生まれてはみたけれど」から良一の疑問 )
あらすじ
サラリーマンの吉井健之介(斎藤達雄)は、東京の麻布から郊外の戸建に引っ越してきた。家族は妻英子(吉川満子)、長男良一(菅原秀雄)、次男啓二(突貫小僧)である。健之介は子供達には厳格で几帳面な父親であった。近所には、会社の専務岩崎壮平(坂本武)が住んでおり、課長の健之介は早速、ご挨拶に伺い御機嫌取りをする。
啓二が空地で酒屋の御用聞きから貰った知恵の輪をやっているとこの辺のガキ大将が数人の仲間を引き連れてやって来た。ガキ大将が啓二の知恵の輪を取上げたため、啓二が泣いて帰ると良一と会ったので良一はガキ大将に「泣かせたのは誰だ」と聞くとガキ大将は、「言うことを聞け」と言うので取っ組み合いになるが、父親の姿が見えたので「アカンべー」をして立ち去る。ガキ大将は「学校でひどい目にあわすぞ!」と息巻く。
翌朝、良一の家の前にガキ大将達が来たが、良一と啓二はやり過ごして父親と一緒に玄関を出た。二人が学校に着くと朝礼が始まっていたので二人は校門を入らず、空地に座り昼の弁当を食べてしまった。そして習字で甲を貰わなければと空き地で書き、酒屋の御用聞きに甲の字を描いて貰い家に持って帰る。ところが健之介は帰宅途中、先生に会い不登校だと聞き帰宅後理由を聞く。健之介は嫌な奴など相手にするなと叱りつける。
翌朝、校門まで健之介が付いてきたためやむなく良一と啓二は登校した。学校から帰宅してから良一は、酒屋の御用聞きに今日は注文があると告げ、さらに牛乳も飲ませガキ大将をやっつけてくれと頼む。注文を喜んだ御用聞きは、早速ガキ大将をとっちめて、「良一達を虐めるな」と釘を刺す。その効果はてき面で、その後近所の子供達は、良一の言うことを聞き、良一がガキ大将になってしまう。
子供達の中には専務の息子太郎(加藤清二)もいて良一は太郎にも命令をして指示どおりさせていた。子供達はそれぞれが自分の父ちゃんは偉くて凄いと自慢し合っている。総入れ歯の父ちゃんは「歯を出して入れられる」とか洋服屋は「うちは洋服が一杯ある」葬儀屋は「立派な自動車をもつている」など。
ある日、近所の子供等は太郎から家で今夜活動写真を見せるから来いと誘われる。父の専務は8ミリ映画が趣味でその作品を上映するという。勿論、父の健之介も呼ばれている。上野動物園や芸者と一緒が写され、専務の奥さんの機嫌を損ね座が白ける。そこで一転して会社の様子が写ると健之介がオチャラケて専務にヘイコラしている場面になる。それを見て一同は大笑いするが、良一と啓二は見ていられず、部屋から出て行く。
先に二人は家に帰って塞ぎ込む。そのあと健之介が帰って来て土産のお菓子を出す。良一は健之介に向かって「お父ちゃんは僕たちに偉くなれと言う癖にちっとも偉くないんだね。なぜ太郎ちゃんのお父ちゃんに頭を下げるの?」と訊ねる。「太郎ちゃんのお父さんは、重役だ。月給を貰っている。月給を貰わないとお前たちは学校に行けず、ご飯も食べられない」と諭す。それを聞いても二人は納得せず「やはり偉くないんだ」と言い返す。
二人が物を投げたり散らかしたりしたため、健之介は良一の尻を叩いて泣かせる。泣き出した二人は襖を閉めて閉じ籠る。「子供の気持ちは分かるが、俺も好き好んでご機嫌取りをしている訳ではない。静かになったので襖を開けると二人とも寝入ってしまった。翌朝、二人は庭の椅子に座り、拗ねて朝食も食べない。母親はおにぎりを作って二人の傍に置く。「お前たちは父ちゃんより偉くなれ」と父親は二人の傍に来て一緒に食べる。
そのうち時間が来て、いつも通り父と子供は会社と学校に出かける。途中、岩崎専務の自家用車が踏切で止まった。「父ちゃん専務にお辞儀をしたほうがいいよ」促されたため、健之介は、自動車に近づき挨拶をする。挨拶をすると専務は機嫌よく健之介を同乗させた。入れ替わりに息子の太郎が降りた。太郎が良一と啓二の傍に来たため良一は聞く「君の父ちゃんと僕の父ちゃんはどっちが偉い」。すると太郎は少し考えてから「君の家の方が偉いよ」と言った。良一は「本当は君の家の方だよ」と言い返した。そして服従を試すため呪文を掛けると太郎は、地面に寝転んで服従した。そして三人は仲良く走り出す。
感想など
サラリーマンの階級社会の悲哀と家庭での父親の権威のギャップを子供たちの素直な視点から眺めたコメディタッチのサイレント映画の名作である。製作は戦前(昭和7年)であり、まだ封建的な考え方が残っている時代背景がある。父親は子供に厳格でストイックな家長としての権威を貴ぶことが美徳でもあった。こどもの方も親に孝行を尽くすのが美徳とされた。例外は当然あろうが、建て前は堅苦しい時代でもあった。そんな中の映画の子供達の世界は、誇張もあろうが、実に自由奔放に描かれているところが面白い。
子供達の遊ぶ世界は現代とは大分様相が異なっていることはよく分かる。この映画では、子供達の中のガキ大将は、絶対の権限を持っている。呪文を掛けた真似をすると相手の子は地面に横たわる。呪文を解いた真似をすると相手の子は立ち上がる。この呪文らしい行為は絶対服従を意味しているらしい。そのことによってグループから仲間はずれにされない保証が得られるらしい。
ガキ大将は腕力でグループを支配し、仲間を団結させている。それはまさに絶対君主制や大人の世界、弱肉強食の縮図でもある。勿論、下克上もあって「御用聞きの兄ちゃん」を誑かして、主人公の息子はガキ大将の地位をかすめ取ることになる。グループの中には父親の上司の息子もいて、息子をも支配するのだが、それが父親同士の関係と逆転していることが暴露されることになる。
その暴露は、父親が務める会社での専務と課長である父親の役職上の関係である。専務に取り入って、もっといい地位を求める父親は、卑屈なまでに耐え忍んで専務に尽くすのだ。家庭では権威を保つため厳格で強い父親だが、一転会社では子供達には恥ずかしい卑屈で弱々しい大人なのだ。父親の専務に対する卑屈で弱々しい態度が、8ミリ映画の試写によって息子達に暴露されたときの息子たちの驚きと落胆が痛々しい。「何故、あんな態度をとるのか」と問い詰める。父親は生活のためと苦しい言い訳をする。
良一は近所のガキ大将になった。専務の息子は良一の家来だ。ところが偉い筈の自分の父親は、家来の父親にヘイコラしているのが屈辱だった。拗ねて暴れて文句を言った子供たちは、疲れて寝てしまう。寝ている子供に父親は「こいつらも一生侘しく爪を噛んで暮すだろう。俺のようなヤクザな会社員にはならないでくれ」と呟く。翌朝、悔しいから学校に行かず、ご飯も食べないと拗ねる息子等。
翌朝、拗ねた息子達も腹が減っておにぎりに手を出し、両親も優しく接し、なんとなく和解する。通勤・通学の途中、父親は専務に会って丁寧にお辞儀をする。専務の息子は良一に「君の家の方が偉いよ」と意外な答えを返した。やはり、太郎はガキ大将にはおべっかを使ったのか。子供は大人の世界とは別世界だったようだ。上役でありお金持ちである父親達は父親達であり、子供達の世界は子供達の世界で生きざるを得ない。
以前、公的施設で弁士付きの無声映画を見たことがある。映画は大河内伝次郎の「血煙荒神山」やチャップリンの「冒険」のほか何本かの短編だった。弁士のS氏によると無声映画で説明する台本は無く、字幕や内容を勘案して弁士自身が作るのだと言う。だから細かい説明や会話は弁士によって異なるものだそうだ。だから弁士の説明によって映画は面白くも詰らなくもなると言う。この映画を弁士抜きで見ても面白い。字幕以外の説明は、見る者自身が想像できる。
GALLERY
タイトル 吉井家は郊外の戸建てに引っ越してきた
近所に会社の専務が住み父親はあいさつに伺う 息子は近所のガキ大将に睨まれる
ガキ大将は学校で虐めてやるという 不登校して空き地で弁当を食う息子たち
会社で父は専務に取り入っている 習字で甲を取れと言われているので書く
不登校がバレて叱られる兄弟 酒屋の御用聞きの協力でガキ大将をやっつけた
良一が近所のガキ大将の地位を得る 専務宅の8ミリ映画の試写会に呼ばれる
子ども達も招待される 吉川家の厳格な父親は会社でオチャラけている
子ども達は大笑いする 家に帰って息子たちは父親に幻滅し反抗する
母親が説諭する 理解されないことを嘆く両親
息子たちの寝顔を見る 翌朝、すねた息子たちとおにぎりを食べる
会社と学校へ出かける 途中、専務に会い挨拶をする父親
良一は太郎に呪文をかけて寝かせる 仲良く登校する子ども達
おまけの画像
まだ無名時代の笠智衆が出ている。当時、28歳。出演者名に載っていない。
笠智衆は、21歳で松竹に入社。10年間は大部屋で端役しかもらえなかった。
1936年、32歳のときやっと認められ、準主役の役を得たと言う。1932年当時はセリフもない端役のころの若々しい映像だ。