「子育ては難しい。こどもには負けるよ。思うようには行かんよ」
         (「彼岸花」から三上周吉の言葉)
 
あらすじ
旧制中学からの親友の娘の結婚式で平山渉(佐分利信)は、「恋愛結婚がうらやましい」と祝辞を述べます。その後、渉が自宅へ帰ると長女節子(有馬稲子)が遅くに帰ってきます。次女久子(桑野みゆき)は「デート」と聞きますが返事はしません。渉が「ボーイフレンドあるかね」と言うと「ありそうよ」と久子。「ありゃア、心配しないで済む」と渉。「あって心配、なくても心配」と久子。
 
会社にいる渉のところへ親友の三上周吉(笠智衆)が訪ねて来て、娘文子(久我美子)が、家出して男と暮らしているので文子の働くバーへ様子を見に行って欲しいと頼まれる。そこに以前からの付き合いがある京都の旅館のおかみ佐々木初(浪花千栄子)が娘の幸子(山本富士子)を見合いさせる目的で上京してきた。ところが幸子にはその意思がないため、渉は幸子に「結婚なんてするな」とけしかける。また幸子は節子と会い、親から縁談を強要された場合、お互いに協力し合うことを約束する。
 
ある日、渉の会社に突然、節子の恋人谷口正彦(佐田啓二)が訪ねて来て「お嬢さんを頂きたい」と言う。広島へ転勤が決まったので、急いで了解を得たいというのだ。面食らった渉は藪から棒に返事は出来ないと帰す。自宅に帰った渉は妻の清子(田中絹代)と共に、早速節子に事情を聞くと「結婚するつもりだ」と答えた。渉は「不賛成だ」言う。節子は「自分の幸せは自分で探します」と谷口のアパートへ出て行く。戻った節子に渉は禁足だと告げる。
 
翌日、谷口の後輩だという部下近藤(高橋貞二)を連れて文子の働くバーに行く。バー「ルナ」は、偶然にも近藤のお馴染みのバーだった。近藤は谷口の人柄はいいと言うのだが、深くは知らないようだった。そんななか、渉は旧知の文子と会い、文子の父親が頑固で自分の思い通りにしようとしているのだが、今の自分は幸せであると言う。
 
そんな中、渉に京都の幸子から相談したいと連絡が入る。東京に出てきた幸子に渉は旅館で会う。「おじさん、私に好きな人ができて、その人と約束したの。しかし、お母さんが気に入らんのよ。それで家出してしまったのよ」と言う。渉は「君さえ責任が持てれば、お母さんの言うことなど聞かんでいいよ」と答えた。それを聞いた幸子は「そう、よかった。実は、今の話はトリックよ。お芝居よ。そのことを節子さんに電話するわ」と知らせに行ってしまう。
 
渉が自宅に戻ると妻の清子も「節子が喜んでいましたわ」と喜ぶ。「幸子が勝手にかけただけだ。俺は責任が持てん。式には出ない」と強情を張っている。妹の久子も帰って来た。広島へ引っ越す手伝いに節子と共に出かけていたという。翌日、ゴルフ場に行った渉は、ゴルフ場で親友の河合(中村伸郎)と会う。河合は「奥さんから仲人を頼まれたよ。「俺は式には出ないよ」と渉。「俺がうまくやっとくよ」と河合。そして結婚式の前日。渉は出席することに決めた。
 
結婚式も無事に済み谷口正彦と節子は、広島の社宅に越して行った。その後、旧制中学の同窓会が蒲郡の旅館で行われ、渉や三上、河合、堀江(北竜二)など多数出席した。三上はその後、文子とは行き来しているという。三上は「楠正成の父子の別れ」の詩を吟じた。そして全員で「大楠公」の唱歌を合唱する。
 
クラス会の後、渉は京都へ行き佐々木母娘の旅館に寄る。その際に幸子から広島へ行くよう勧められる。気乗りしない渉だが、しぶしぶ承知した渉だがまんざらでもない。広島へ行く車の中で、唱歌「大楠公」を鼻歌で歌うのだった。
 
感想など
l       封建的な頑固親父と自由恋愛を望む若い世代の確執を描いた喜劇的なホームドラマでした。頑固親父の世代は「大楠公」(青葉繁れる桜井の・・・♪)の唱歌を同窓会で合唱する明治生まれです。若い世代と言っても、今から50年前の世代です。小津監督は明治36年生まれです。明治の気骨戦後の新しい世代の葛藤が面白く描かれていました。
 
l       戦後から、10年くらいを経ています。会社には個人的な来訪者が来て話をしたり、父親は娘に「仕事なんか辞めちまえ」と簡単に言えるような時代の大らかさも見られます。小津映画の特色である子どもの結婚による家族の崩壊を描き、段落の短い平易で平板な会話が、非常に分り易く聞こえます。
 
l       明治生まれの男性にはストイックな家長制の名残りがあります子どもの将来に対しても権限と責任を持ち、結婚に関しても親の承諾が前提だったようです。娘の恋人は転勤に直面して、慌てて相手の親に結婚を直談判をするという強硬手段に出ました。それが父親の怒りに触れて、結婚反対とか式に出ないとか親の威信を傷つけたようです。
 
l       行き当たりばったりで、いい加減な発言をしていた父親は、そのしっぺ返しから、親しい旅館の女将の娘の策略に乗って、自分の娘の結婚を無理やり承知させられてしまいます。しかし、「俺は責任を持てない。関係しない」と式の出席も拒みます。妻に矛盾していると突かれると「誰でも矛盾はある。ないのは神様だけだ」と言う始末。結婚式には出ないと強情を張るものの最後は、出るという親バカを露呈してしまいます。
 
l       浪花千栄子の演ずる旅館のおかみが、この映画を明るく盛り立てている。おしゃべりで話し出すと止らない。長居の客には箒を逆さに立てるお呪いがあるが、自分で元に直すシーンには大笑い。お土産のおりをお手伝いさんに渡す際「あんたにではおまへん。おうちへどすえ」と蛇足を言う可笑しさ。また谷口の後輩で渉の部下近藤が愉快だ。三上文子の勤めるバー「ルナ」の馴染客なのにそれを隠して渉と探し歩く辺りも面白い。
 
l       小津監督は明治361212日に生まれ、昭和381212日に60歳で没しています。今年は生誕110周年とのことで完全なる明治人である。戦前の教育を受け明治の精神を受け継いでいる。戦後、消えてしまった「桜井の決別(楠木正成・正行の父子の別れ)」の唱歌を懐かしむ男達であった。「大楠公」の詩吟や合唱、渉の鼻歌を聞く我々には「明治は遠くなりにけり」の言葉どおりの場面なのであります。
 
l       今月のヴェネチア映画祭には、この「彼岸花」が上映されるそうです。たしかに古い日本と新しい日本を知ることの出来る作品だと思います。
 

  「大楠公」♪
 
GALLERY
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タイトル                             親友の結婚式に出た平山夫妻イメージ 12 イメージ 16
親友の三上が家出した娘のことで相談に来る      旧知の幸子が気の進まないお見合いに来たイメージ 17 イメージ 18
節子と幸子は仲良し                      お互いに助け合うことを約束するイメージ 19 イメージ 20
佐々木初の訪問を受ける清子               長居する客を早く返すおまじない(箒を逆さに立てる)イメージ 21 イメージ 22
箱根への家族旅行                      谷口がお嬢さんを頂きたいと訪ねてくるイメージ 3 イメージ 4
節子に反対だと告げる父親                 節子は谷口と会うイメージ 5 イメージ 6
三上の娘の働くバーへ行く                  文子の相手とも会う平山イメージ 7 イメージ 8
幸子のトリックにまんまと引っ掛る平山          妻も妹も喜んでいるイメージ 9 イメージ 10
親友河合が節子の仲人をやることとなった         父親が式に出席するのを喜ぶ母親イメージ 11 イメージ 13
同窓会で「大楠公」を合唱する                三上と話す平山イメージ 14 イメージ 15
京都に寄り、広島へ行くことにした平山          車中で「青葉繁れる桜井の・・・」の鼻歌が出る