「――男ありて、
       今日の夕餉にひとりさんまを食らいて涙を流す。と
        さんま、さんま、さんま苦いかしょっぱいか。」
          (佐藤春夫の詩「秋刀魚の歌」から抜粋)
 
あらすじ
平山周平(笠智衆)の勤務する事務所に旧制中学の同級生だった河合(中村伸郎)が訪ねて来て、平山の娘路子(岩下志麻)の縁談話を持ってくる。だが、平山はまだ早いと気乗りしない返事をする。更に中学の恩師と会ったのでクラス会の打ち合わせをしたいとの話になる。その夜、行き付けの小料理屋でもう一人の同級生堀江(北龍二)を交えてクラス会の打ち合わせになった。堀江は打ち合わせを2人にまかせて新婚の堀江はさっさと帰る。
 
周平の妻は、とっくに亡くなり平山家は、娘の路子と次男和夫(三上真一郎)3人暮らし、長男の幸一(佐田啓二)は妻秋子(岡田茉莉子)と共に団地住まいをしていた。路子は、河合の会社で働いていた。河合は路子に父からの縁談の話は聞いたかと尋ねたが、路子は聞いていないと言い、私が嫁に行けば家で困るだろうと答える。
 
恩師の漢文教師を囲んで、6名が集まった。通称ひょうたん先生(東野英治郎)と言われていて、現在は独身の(杉村春子)が経営するラーメン屋の親父だった。「あの中学を出て40年、立派になられた。このような立派なもてなしに感謝します」先生は酔ってしまった。結局、平山と河合は先生をラーメン屋まで送ったが、酔った先生は愉快だと言うものの、娘は悲しそうな顔で3人を迎えた。
 
そんな様子を見た平山と河合は後日、記念品の名目でお金を渡そうと決めた。集めたお金を渡すため平山は再びラーメン屋を訪れると、軍隊時代の部下坂本(加東大介)と偶然出会う。懐かしがる坂本は平山を知り合いのパーへ誘う。坂本は「どうして日本は負けたんでしょうね」と苦労話を始める。しばらくしてマダム(岸田今日子)が戻り、軍艦マーチのレコードを流し、敬礼のしながらオチャラける。
 
平山の会社へ記念品代のお礼にとひょうたん先生が来た。せっかくだからと再度、河合と共に料理屋へ誘う。ひょうたん先生は「あんたは幸せだ、私は寂しい、娘を便利に使って結局嫁に行きそびれた」とこぼす。それを聞き河合は「お前もひょうたんになるぞ。路子を早く嫁にやれ」と忠告する。
 
考え直した平山は幸一を訪ね、坂本と行ったバーに誘いそこで、路子の様子から幸一の後輩三浦(吉田輝雄)はどうかと聞く。「あいつはいいやつだ」と幸一は賛成して、三浦を打診することにした。後日、幸一は三浦に会い路子をどうかと聞くと三浦は「もっと早く言えばよかったのに。その気がないと思って庶務課の人と婚約した」と答える。
 
結局、路子には三浦に婚約者がいることを知らせて諦めさせた。路子もタイミングがズレたことを悲しむが諦める。そのため、平山は河合の見合い話を進めることにして河合に会い縁談は進行して行った。
 
路子は、河合が紹介した医師との縁談は成立して、嫁ぐことになった。路子の花嫁姿に平山は「うーん、綺麗だ。しっかりおやり、幸せにな」と言葉をかける。「女の子はつまらんな。育て甲斐がない。結局人生は一人ぼっちです。でも、ひょうたんにならないで済んだ」と呟く。そしてバーへ行きひとりで飲みながら軍艦マーチを聴く。
 
自宅へ帰ると幸一夫婦と和夫が待っていた。やがて幸一夫婦が帰ると和夫だけとなった。和夫は「あまり酒は飲むなよ。まだ死んだら困るよ」と言って寝る。平山は「うーん、やあ、一人ぽっちか」と呟き、軍艦マーチを口ずさむ。立ち上がると二階の階段を見上げ、台所へ行くと急須から茶を注いでひとり飲むのだった。
 
感想など
l       「東京物語」「晩春」「東京暮色」などラストシーンは、父親がひとり残されてしまうものでした。家族を作り、家族を育て、家族が終焉するという人生の繰り返しが描かれています。この映画もラストは父親がひとり残されて終わります。コメディタッチですが、人間の孤独に拘り続けている小津監督の作品なのです。
 
l       妻に先立たれた主人公は、娘を嫁に出すのはまだ、早いと家事を手伝わせています。そんな中、恩師の娘が生涯独身で寂しい思いをしていることを見て、こうなってはいけないと思い直し慌てます。結局、嫁に出せば自分一人になります。人間、最後は一人だと納得する「秋刀魚の苦くしょっぱい味」のような映画です。
 
l       娘を嫁に出すことを躊躇っていた父親と、その娘も躊躇している内、好きな人とのチャンスを一度失してしまいます。多分、みんなが秋刀魚の味のような苦さを味わいます。それは人生にはよくある行き違いです。そんな行き違いも、辛く悲しくほんのりと描かれていました。
 
l       ひとり残されるということは、寂しいことですが、なにかを成し遂げたという、感慨深い充実感もあるのでしょうか。それは死者達への敬意でもあり、やがて訪れるであろう死を受容するためのカタルシスかもしれません
 
l       主人公の周平は、旧制中学から海軍兵学校へ進学したエリートです。同級生も皆重役や先生と呼ばれる中流階級です。それと対照的なのが、中学での漢文教師「ひょうたん」先生で、定年後は独身娘が営むラーメン店の親父となり、貧乏暮らしです。娘を嫁にやらなかった親父が悔いていう「結局、人生はひとりじゃ、さびしいよ」言葉に悲哀が滲みます。その同じ言葉を周平はラストで呟きます。
 
l       佐藤春夫の詩に「秋刀魚の歌」というのがあって、この映画の題名は、そのイメージを引用しています。「あわれ秋風よ、情けあらば伝えてよ、――男ありて、ひとり秋刀魚を食らいて涙を流す。と (中略) さんま、さんま、さんま苦いかしょっぱいか、・・」しかし、この映画には秋刀魚が出てこないところが面白いです。
 
GALLERY
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 タイトル                               同級生河合・堀江・平山イメージ 13 イメージ 14
 平山家は周平・路子・和夫の3人暮らし            長男幸一夫婦イメージ 15 イメージ 16
 クラス会の様子                          恩師ひょうたん先生を送るイメージ 17 イメージ 18
 恩師と娘                               寂しそうな恩師イメージ 19 イメージ 20
 戦友との再会                           バーのマダムが亡き妻に似ていると話す周平イメージ 3 イメージ 4
 幸一は父に借りてゴルフ道具買おうとする         幸一の後輩三浦と路子が鉢合わせイメージ 5 イメージ 6
 恩師は娘を嫁にやらなかった後悔し嘆く           幸一に三浦のことを相談する イメージ 7 イメージ 8
 三浦は婚約していたと路子に告げる              落胆している路子イメージ 9 イメージ 10
 河合の縁談話を頼む周平                   縁談が成立し嫁に行く路子イメージ 11 イメージ 12
 バーで寂しく軍艦マーチを聞く周平              台所で茶を入れる周平