朝刊に

詩人新川和江の訃報が

載った



一瞬

ああ

新川和江は

生きていたのだったか

思ってしまった



享年九十五歳



わたしが

詩に

夢中になっていた頃

ずいぶん昔のことだが



新川和江は

現代詩の長女と言われていた

吉原幸子と二人

『現代詩  ラ.メール』

という詩誌を

創刊し

全国に女性詩人を育て

隆盛をきわめながら

きっちり

十年間で終刊した



わたしも

熱心な購読者で

投稿者でもあった



新川和江に

選ばれ

選評をもらった

何回か



あの時の

喜びは

何十年も経った

今も

ありありと

胸に

思い出すことができる




新川和江に

『蛍ランプ』という詩がある




『子供部屋 と標識のある 

壁のスイッチには 

蛍ランプがついていて 

押すとランプは消え 

その部屋に灯りがつく 


眠る時に 毛布の端をプチュプチュ 

しゃぶっていた子供は 

ひげの大男になり 

部屋を出て行き 

めったに 

家には帰ってこない 



子供の父親が晩年 

脳梗塞で倒れ 

しばらく 病室に使っていたが 

木の箱に納まり

これまた出て行った 


子供部屋と標識のある 

壁のスイッチには 

いぜんとして 

蛍ランプがついていて 

押すと

ランプは消え 

部屋にしらじらと

灯りがつく 


ブリキの消防自動車を転がす音も 

ステッキで床をつついて 

家人をコツコツ 呼ぶ 音も 

途絶えた 今は 

とめどもない夜の深さだ 


かつては

若い母親だったこともある 

女が 

ベッドに腰掛け

窓ガラスにうつった

自分の顔を相手に

ひとり遊びをしている 


いないいないばあ 

いないいないばあ』



この詩を

新川和江は

いくつで書いたのだろうか



日常の言葉で

日常を描きながら

女の遥かな一生が

小さな小さな蛍ランプに

象徴されて

怖いほど

せつない








昨日

最後の娘母子が

帰って行った


となり町の駅まで

車で送った

じいちゃんが

帰ってきた



なんだかさぁ

おれ

胸が熱くなったよ

小さな身体で

でっかい

旅行鞄押して

赤ちゃん

胸にしばりつけてさぁ

まだ

小さい実和つれて

改札の向こうに

消えてゆく

うしろ姿

見送ってたらさぁ

なんだか

泣きそうに

なったよ



空港には

そんな親子

いっぱいいるでしょ

笑いながら


羽田では

おとうさんが迎えて

くれるんだから

なぐさめながら



わたしは思う

このひとは

泣きそうになったのではなく

泣いたのだ



車に戻って

眼鏡を外し

涙を拭いたのだ


思う



親になってしまったら

蛍ランプは

消えないんだな



木の箱に入れられて

この家を

出てゆくまで

蛍ランプは

灯ったままなんだな(笑)








最後の朝は

ブルストよしださんの

ソーセージを

いただきました







おはようございます
あたしミャ~です




おかあさんのブログに
いらしてくださって
ありがとうございます




尻尾から
こころから
お礼いいますにゃ〰️にゃ〰️




あたしのおかあさんが
あたしの
おかあさんに
戻りましたにゃ〰️





床が見えなかった
居間の
カーペットの模様が
見えるように
なりましたにゃ〰️

みなさんの
今日が
佳きいちにちに
なりますこと
余裕を持って
祈りますにゃ〰️にゃ〰️


好きな人と
好きなものを
眺めてにゃ〰️

ミャ~✨ミャ~✨ミャ~✨ミャ~✨ミャ~✨ミャ~✨