僕が専門に勉強していきたいと思っているものは、「シュルレアリスム」と「美術」の関係です。

実のところ、シュルレアリスムと絵画の関係については、美術史上でも明確な位置付けがなされていません。

一般に、シュルレアリスム絵画=幻想絵画という公式によって認識されていると思いますが、シュルレアリスムはそれだけで片づけられるほど簡単な運動ではありません。

また、シュルレアリスム絵画と言っても、一つに括ることが出来るような様式もありません。

個人的な見解としては、二つのシュルレアリスムが存在すると考えています。

一つは、芸術運動の形態としてのシュルレアリスムです。そこに関わっていた人たちが描いたものが、シュルレアリスム絵画と呼ばれているケースが多い。

二つ目は、シュルレアリスムという言葉に、なんらかの霊感源を見出した人たちによる、用語の用いられ方です。端的に言って、既成概念を脱臼させるような、自由と言うよりは解放という、俗にシュールというような捉え方、あるいは思想が、シュルレアリスムと捉えられているケースです。

日本のシュルレアリスム受容は、概ね滝口修造から澁澤龍彦に至る系譜によるところが大きいと思います(もちろん、坂崎乙朗もですが)。

その功罪の如何は問わないとしても、どちらかといえば当時のシュルレアリスムという、一つのトレンド、あるいは、アヴァンギャルド性に、シンパシーを感じていたということが、日本に広まる背景にあったことは間違いありません。

つまりは、運動体というより、シュルレアリスムの思想を、絵画も一括りにして伝えていたわけです。

さらに、シュルレアリスムがまだまだ未知な要素が多かった時代であったためか、澁澤シュルレアリスムとも言える、幻想絵画のシュルレアリスム化がなされました。

現在でも、そのままとも言えるでしょう。

ここでは、本来のシュルレアリスムは云々と言うつもりはありません。

このシュルレアリスムという非常にクリエイティブな言葉が、絵画と同時に、どのように日本に受容されていったのか、を考えていきたいのです。

その一番の手がかりとなるのが、伝説の画廊、すでに50年近くも続いている「青木画廊」です。

青木画廊とシュルレアリスムの関係、あるいは、青木画廊と幻想絵画という点に着目し、取材にいけたらと思っています。