ついに完結編。
前回までのお話はこちら
生き不動明王の名をほしいままにする迫力のミスKと部屋に篭り2時間沈黙の算数三昧という、小学3年生には拷問ともなりえる強化レッスンを週3回3ヶ月続けて挑んだ学年末テスト。結果は。。。
100/100
そう、前回65点からの逆転サヨナラ満点をゲットしたのであった。たかが小学生の算数のテスト。昔、ぬくぬくと赤点ばかりとっていた学生時代の私だったらそう思っていたはずだ。しかし、娘が大学生になった今となっては良くわかるのだが、多分の世界的に見ても進度が恐ろしく早いシンガポールの数学の授業。小学3年生といえど理解していないところを放置しておくと、後々まで苦労と苦手意識に苛まれることになる。
さて、今回なぜここまで学期末試験の結果にこだわったのか。それは現在では廃止されているところが多いようだが、私の3人子供たちが小学生のころは(2011−2021)は、3年生以降、単純に学年末のオーバーオールの成績順にクラス分けされていた。PE(体育)、美術、音楽などの成績は激無視。単純に算数、英語、中国語、理科の学科、作文、口頭テストの総合計の点数のみで努力点などの加味は皆無。そして毎年成績でクラス替えがある。
娘は3年生はトップのクラスに配属されていた。しかし、その1のストーリーでも書いたが、3年生の学年末の一つ前のテストで65点をとった。実はこれは4年生への進級にあたりトップのクラスに配属されるには致命的な点数だった。トップのクラスに配属されるには大体毎年全科目85−90%がカットオフラインであったからだ。非常に残酷だ。毎年下克上があるが、トップのクラスからの入れ替わりはかなり少ない。その分この10歳にも満たない子が、トップのクラスから自分だけ脱落したなどということになったらその幼い心が受けるトラウマとは計り知れないものであろう。
娘は学期末テストで100点をとったものの、前回の65点のせいで、学年オーバーオールの成績で見て、トップクラスにまた進級できるのかが非常に微妙なところであった。
そして、まもなく学年末のPTM(3者面談)がやってきた。
このPTMで、先生から次年度、4年生の配属クラスが発表される。また、パパ、娘、私の3人でPTMに臨んだ。
自分達の番が来るまでの待ち時間、ネガティブなことしか私の頭には思い浮かばなかった。
。。。もし、娘がトップクラスに行けなかった場合のスーパー熱血パパのリアクションを想像すると恐ろしすぎる、先生に詰め寄って大声でものすごいネゴシエーションを仕掛けたりしたらどうしよう、恥ずかしすぎる、そして何より娘がどんなにショックを受けるか。。。
そして私たちの番が来た。
担任の先生が、
「今回のテスト、本当によく頑張ったね。来年のあなたのクラスは"confidence"よ」
”confidence"とはその学校のトップクラスの名前だ。
流石に一組、二組、三組などのクラス名だったら露骨すぎるのでクラスにこのような名称をつけたのだろうか?
自分が高校入試に受かった時でさえここまでの安堵感はなかったと思えるくらいホッとした。嬉しくてその場でスキップでもしたくなるような気持ちの私と娘とは裏腹に、パパは「あ、そうですか。ありがとうございます」と、え、それだけかーい!!と拍子抜けするやたらクールなリアクション。この男は、何か危機的な状態になるとアドレナリン大放出祭りで何だか試合の始まる前の闘牛のようなハイな状態になってしまうのであろう。長年一緒にいると、実はそんなアドレナリンハイの状態の彼は何となく生き生きしているようにも見える。なので彼にとって「あーよかったね、一件落着」みたいなことにはワクワクドキドキしないのであろう、むしろ若干つまらないくらいに思っているのであろう😅
余談になるが、後で担任の先生にこっそり教えてもらったことなのだが、この時娘はトップクラス生徒に入れるリストの中で下からギリギリ2番目だったそうだ。Phew!!!
そんなこんなでこのPTMの帰り道は前回みたいなお葬式ムードではなく、ママと娘はスキップしてニッコニコで帰っていきましたとさ。
終わり。
実はこの後、娘はずっと順風満帆に大学まで進んだわけではない。またPSLEで思わぬ事態が発生したり、、
現地のPrimari shool, Secondary School、LKYの卒業したJCに入学、そして英国ボーディングスクールへの転校からの英国大学医学部入学まで、本当にどれだけの険しい山を超えてきたことだろう。パパとの教育方針の違いに、今子供を連れて日本の実家に帰れたらどんなにいいだろう、なんて考えたことも一度ではない。しかし、今となってはなんだかんだいっても良い思い出だ。まるで第一子を死ぬ思いで産んで、もう出産はしたくないと思ってもすぐに第2子が欲しくなる、的な。。人間にはもともとはかり知れない強さや回復力が備わっているのであろう。
30年間ずっと日本で暮らした経験しかない私が、シンガポールという異国の地での教育子育て奮闘記、トリリンガル教育、現地校のリアル、英国ボーディングスクールでの経験、英国医学部受験なども含めこれから「子育て回顧録シリーズ 娘編」として忘れないうちに書いていこうと思います。よかったらお付き合いください。

