こんにちは、あきらです。


前回の投稿から時間が空いてしまいましたが、

結論から申し上げますと……落ちました……ネガティブ


そして別の所の結果を待っているところです。



前回の投稿後からメンタルがぐらぐらし始め、

その翌週に女の子の日が来て更に心も体もボロボロでした。


いつも思いますが、何故女の子の日だけでは無いのでしょうか…苦しみは……


前兆に苦しむ人は結構多いと思います。


俗に言う生理前ガチャですね。


私の場合は、


過食 → 当たり

何もなし、眠気、吐き気、メンタル、他全て → 外れ


と判断します。


何もなしが外れなのは、そういう時の女の子の日が想像を絶する程辛いからですネガティブ





余談が長くなりました。

さて、私は兼ねてより、心の断捨離を進めるべく自分と向き合っている訳ですが、

捨てたものの名前付けに苦労しています。

自分の中で『そういえばああいうの無くなったな』と思ったものがいくつかあるのですが、

捨てたものはこれ

と言い切りたい私的には、名前付けというのはとても大事なのです。

ただ、確実に大きく変わった事がひとつあります。

それは


自己肯定感の上昇


です。

20代も後半に差し掛かり、無職、中々仕事が決まらない。

こんな状況下でも、自身を否定する言葉は浮かんできません。

求人者と求職者はマッチングで、そこには、自分も感じることがある『なんとなくの感覚』も込められています。

だから不採用になったからと言って、自分を責める必要などないと思っています。

時々理不尽で最低な会社にも出会うし、傷つくこともありますが、

私は今の私を大切にしたいから、自分で自分を落とすような真似は絶対にしたくないです。


何度もしつこいですが、前職の皆さんが手塩にかけて育ててくれた私。

成長した、新しくなった、最高の私。


今の私を否定するということは、

大好きな前職の皆さんを否定するということ。

だから絶対に自己否定しないと、心に決めています。


断捨離 という言葉の中にもあるように、

この自己肯定感を手に入れる為にきっと私は何かを捨てたのでしょう。

捨てる とは、自分の領域外へ事物をおいやることですが、

仏教用語では『ほどこし』の意味もあるようです。

自分には不要なものを、必要としている人の元へ巡らせ、再生させる。

そんな素敵な意味があると知り、改めて断捨離について考えさせられました。

私が捨てた名も無き何かが、巡り巡って、

もしかしたら形を変えて、

誰かの役に立つ事があるかもしれないと思うと、何だか少しウキウキします。

※ちなみに『棄てる』は、不要、排除、と、より強いニュアンスの言葉で、特に仏教用語もないようです。


断捨離したいから捨てる

ではなく

こうなりたいから断捨離する


という気持ちが大事だと感じます。

私の場合は

軽やかな自分になりたいから断捨離する

ですかね。にっこり


そういえば先日、友人からからあげクンのLINEギフトを貰いました。

しかも私が大好きなキャラクターのスタンプ付きですニコニコ


嬉しかったです…!!

明日にでも買いに行こうかなと思いますよだれ


それでは、今日はこの辺で。👋✨