「絆」というたった一文字が「人と人の友情を表すもの」だという意味が加えられてしまったのは何故なんでしょうか?
「絆」には「きずな」と「ほだし」という二つの読み方があります。
そもそも意味合い的には後者の方が正しいもので、「人の心や自由を縛るもの」とされ、現代によく使われる意味としても、近い意味でも「断つ事の出来ない人と人の繋がり」という意味しかない。
繋がりが必ずしも友情に結びつくとは限られませんから、「きずな」は。
じゃあ何で今は「人と人を結ぶ」というような縁起の良いものとされているのか。
簡単に言えば人間が弱いからですよね。
両者に首輪をつけて鎖で繋がれたとして、両者ともその鎖を千切る事なんて出来ませんよね。
どこかからチェーンソーを調達するなら話は別ですが。
比喩表現と当然の違いを考えた時に、前者は言葉の可能性を無限にするもの、後者は言葉の可能性を狭めるもの、として考えます。
「きずな」も後者でしょう。
どこの誰だか知らないが、「絆」を「縁起の良いもの」としか言わなかったお陰で、「縛るもの」という言葉の可能性をかき消されてしまった。
迷惑な話です。
