宇宙の高次元では「崩壊のフェーズ」が終わり、
「創造のフェーズ」が始まっています。
それに伴い、
地上の物理次元では、
新しい何かが創造される傍らで
旧い(ふるい)何かが滅びていく
という現象が起こっています。
「創造」といえば、
日本にも天地創造神話があります。
現代人に広く知られているのは
古事記・日本書紀に書かれてある神話
だと思いますが、
この古事記・日本書紀は、
スターシードたちの間で
受け継がれてきた伝承そのものではなく、
日本が国家的プロジェクトとして
編纂した歴史ということになります。
なぜ、国が
このようなプロジェクトを必要としたのか?
それは、外国に対して
日本には、他とは違う歴史・文化があることを
明確化し、
国の独自性、独立性があることを理解させ、
唐(当時の中国)の一部として
吸収されてしまうのを防ぐためでした。
ですから、当時の
外国(特に中国や朝鮮半島)の王朝の
意識レベルを納得させるに足る
物語が必要であって、
その神話には、
天に照らした真実性が重視されたわけではなく、
物理次元における実用性
が重視された歴史となっているわけです。
(因みに、
それまで倭国と称してきた日本は、
古事記・日本書紀の編纂プロジェクトを
国家事業にした天武天皇が
太陽の昇る国
「ひのもと」と
国の呼び方を改め、
これに漢字をあてはめて
「日本」になったそうです。
日本の福建省では「ジーベンクォ」と
発音するらしいけれども、
これが中国にいたヨーロッパ人に
「ジパング」と発音されるようになり、
それが英語圏の人々に
「ジャパン」と発音されるようになったらしい。
トリビアですね!)
話を戻すと、
神話の編纂は、
外国に対して
「日本って、ちゃんとした歴史がある
神の時代からつづく、由緒ある国なんだね!
と認めさせ、
国内にも、
「天皇の地位が
神の末裔で、
ヒーローなのね~!」
ってイメージを流布させることが
重要なポイントだった
ということは、
古事記・日本書紀の物語を読めば
容易に想像がつきます。
繰り返しになりますが、
スピリチュアル的な真実を追求した
歴史書にすることは
古事記・日本書紀には
追求されていなかったわけですね。
だからこそ、
「天君」(現代でいうところの天皇)
の歴史を遡るのは
アメノミナカヌシまでとし、
アメノミナカヌシと
タカミムスヒの神
カムミムスヒの神
の造化三神で
宇宙の大元の意識(全なる意識)と、
陰陽の2極が
象徴的に記述されることになりました。
しかしながら、実のところ、
竹ノ内家という神主の家系が
命がけで守り抜いてきた書物
「正統竹内文書」には、
もっと以前の神の系譜から
記録されているんですよねぇ。
TOLAND VLOGさんの取材動画、これの
23分くらいに出てきます。
実際のところ、
正統竹内文書に書かれてある物語だと、
地上世界の国々のルーツということになり、
(日本から神々が散っていった)
世界の神話になってしまうので、
日本固有の神話という形がとれず、
当時、
「日本という国家の独立性を担保する」
という目的には、
合わなかったんだろうと思います。
そして、宇宙も
日本が独立を保つことを
のぞんでいたため、
編纂が完遂したのであろうと
思います。
それは、それとして、
ライラは何が言いたいかというと、
国が決めること、
というのは、
天の真実ということではなく、
その権力の中枢にいる人間が
物理的なメリットを得られる物語を
意図的に作り上げるものである、
ということなんです。
創世神話として
古事記・日本書紀の編纂が行われたのが
西暦712年とか、720年。
それから1700年ほど経ったいま、
日本の政治家たちは、
彼ら個人の目的を遂げるために
都合よく使える
「皇室の伝統」
「皇統というイメージ」
を流布しようとしています。
彼らが適えたい目的は、
- 私利・私欲、
- 自分の一族の繁栄、
- 日本の解体、
政治家によって
様々な思惑が渦巻いていて
一枚岩というわけではなさそうに
みえますが、
天皇が男系男子であることが
自分が具現化したい現実にメリットがある方もいれば
男系男子を変えることがメリットの方も
いらっしゃるようで・・・、
どちらにしても、
人権があり、
痛みを感じる感受性を持っている
「天皇」「皇族」という立場の方々が
利用価値しかない道具(物)のように
扱われている、
という現実に
寒気を感じています。
日本は、これから
滅びの道を進むのか、
新しい世界の創造に参加する国
となるのか、
もし、新しい全なる意識がつくりだす
天の摂理に沿う国となるならば、
そのために、
皇族の何を次世代へと
継承していくべきなのでしょうか?
国民は、
どのようなルールを望むべきなのでしょうか?
その答えを、
アメンバー記事に
書いています。
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さて、今週、
問題視する声が
四方八方から上がっている
新しい皇室典範が
きっと議会で可決されることになるでしょう。
いま、地上では
滅びと創造のドラマが繰り広げらる中で
国レベルの滅びと創造
というドラマも進んでいるのを
ご存知の方も多いと思います。
日本の皇室典範の改正によって、
国民の象徴として
意識を遣う業務に勤しまれる皇族方が
どのような意識を持つように導かれるのか?
(幼い意識は、
どのような意識に囲まれて育つか、
(幼い意識を囲む大人の
精神性の影響力が強い)
ということによって
最終的に、どのような意識をもった大人になるかが
大きく左右されます。)
また、どのような意識を代表する方々が
国民の象徴とされることになるのか?
が物理次元のルールで
固められることになります。
実は、
意識次元の力がないものほど、
物理次元的なルールにこだわり、
物理次元的なルールで縛ることによって
意識次元の力を遣う人々が
力を発揮できないように
封じ込めてきた歴史があります。
新しい全なる意識と繋がっている
人々の数が極僅かしかいない今、
意識次元を無視して
物理次元のみに生きる方々は、
物理的なルールを好きなように変えることで
新しい世界の到来に抵抗しているように
見受けます。
日本の進む道が
滅びの道に向かうのか、
新しい世界の創造へ参加する道へ向かうのか、
予断は許されない状況だと
感じています。

