宇宙の高次元では「崩壊のフェーズ」が終わり、

 「創造のフェーズ」が始まりました。

 

 

 

意識世界のことを

お伝えする発信者の方も、

数年前から、かなり増えてきたように

思います。

 

 

 

 

 

けれど、その方々が流している情報は

真実なのか、否か?

 

 

 

 

 

見極めるのって、

難しいと思いませんか?

 

 

 

 

 

特に、自分自身で

スピリチュアルな情報を

とらえる力が弱い場合、

 

「目に見えない世界と繋がれる人」

 に憧れたり、

 自分で確かめる術がなかったりして、

 

 

 

最終的には、

「自分が信じたい世界観」を

語ってくれているスピリチュアリストを

信じることになることが多いのでは?

と思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、ライラは

人の話をすぐに信じてしまいやすいタイプですニヤニヤ

 

 

 

 

 

他人が発信するスピリチュアル情報について

自分で、是か否か、確かめられる術を持ってから、

 

 

 

 

 

この情報は、真実なのか?

 

確かめるようになったのですが、

 

その度に、

どれもこれもが偽情報だという

答えにたどり着き、

 

 

 

これって、人によっては

知らない方が幸せ、

ってやつだよな~と

 

思いながら過ごすようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

例えば、次のようなもの。

 

「(高次元存在に)言え、って言われた

から

 お伝えするんですけど、、、」

とか、

 

「(高次元存在に)〇〇するように、

 と言われたから、やっているんです。

 別に、わたしがやりたくて

   やってるわけじゃありません

 

 神様から言われたお仕事だから・・・云々」

 

などという前置きがあって

メッセージが始まるスピリチュアリストの発信

 

 

 

 

こういうのって、

ライラの耳には

とても、もっともらしく聞こえ、

 

 

 

「この人、高次元に任されて

 尊い活動されてるんだ~」

 

 

 

と拝む気持ちになることが

多かったんですよね。

 

 

 

 

 

 

しかし、そういった情報について

確かめてみると、

だいたいが偽情報で

 

 

ぎょっとしていたのですが、、、

 

 

 

 

自部が繋がれるようになった

今から振り返ると、

 

 

 

 

たしかに

 

霊格の高い存在が

人間に指図することはないなぁ~

 

と思うんですよ。

 

 

 

 

 

 

それどころか、

 

高次元になればなるほど、

「○○について、教えてください」

と訊いたって、

べらべら饒舌に教えてくれることはありません。

 

 

 

なにか訊きたいときは、

 

まず、自分で真理を読み取り、

 

「○○は、△△、

 合っているか?」

 

と問うたときに初めて、

 

 

 

自分の理解が

合ってる、という一致感がくるか、

微妙、もしくは、ズレた、

という感覚がくるか、

 

はっきり受け取れる・・・

 

 

 

しっくりくる場合は、

追加情報が、意識に

伝わってくるけれども、

 

 

 

自力で真実にたどり着いていない間は

無音。

 

 

 

 

 

 

 

 

つまり、

意識存在の方から

饒舌にいろいろとメッセージが降りてくる現象のとき、

 

それは、その意識存在自体に魂胆がある、

ということなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間だって、そうですよね。

 

「あなたを起用したいから、

  こんな資格をとってほしい」

などと言われるときは、

 

その人(会社)のために

役に立つスキルを

あなたに身に着けてほしい。

 

 

 

という意味であって、

それが、その人(会社)のメリットになるから

であって、

 

「あなた」という人間そのものを

尊んでいるわけではない・・・。

 

 

 

 

 

もちろん、それでも

誰かの役に立つことで

自己肯定を感じられる、

という方々は、

 

オファーを頂けたら

ありがたいと感じると思います。

 

 

 

 

 

誰にも頼りにされず、

誰にも何も期待されないことは

寂しいと感じるから。

 

 

 

 

 

このような気持ちは

人間として、

とても理解できるところですが、

 

 

このような意識であればあるほど、

人にも、意識存在にも

利用されやすくなることは

知っておいて頂きたいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真実に繋がる意識存在は、

人間を利用するようなことは

ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、

人間に指図をしているのは、

「全なる意識」と繋がれない

意識存在であることが多く、

 

「肉体を持たない存在は

 みんな 高次元だ」

なんてことはないのですね。

 

 

 

 

 

 

それじゃあ、何を信じればいいの?

 

 

 

と思ってしまう人もいるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を磨かない限り、

何を信じればいいか、

明確に分かることはありません。

 

 

 

 

 

よい先生の言っていることを聞いていれば

正しい道を歩ける、ということはなく、

 

 

 

よい先生は、

正しい道かどうか、

石橋の叩き方を伝授してくれるだけであって、

 

 

 

あなたの代わりに

石橋を叩き、進んでいいか

あなたに

教えてくれる存在ではないのです。

 

 

 

 

 

つまり、

一見、手取り足取り教えてくれる

優しそうな存在は、

 

人間であれ、意識存在であれ、

本物ではない、

ということ。

 

 

 

 

 

 

 

人間を下請けとして使役しようとする

意識存在も

霊格が低いけれども、

 

「高次元の存在から頂いた仕事だから」

と、

視えない存在をありがたがって、

 

自分の感性を大切にするよりも、

視えない存在の意思を優先して

 

何か大事な仕事をした気になっている人間も

霊格が低い。

 

 

 

 

 

こうした出来事は、すべて

結局、自己創造ができていない。

意識が自立していない、

という現象のあらわれ、

 

というわけです。

 

 

 

 

 

今回の記事は辛口ですが、

真実とは甘い味がするものではなく、

 

多くの人は

真実と向き合うことを避ける

ものなのです。

宇宙の高次元では「崩壊のフェーズ」が終わり、

 「創造のフェーズ」が始まりました。

 

 

 

ということで、新しい時代へシフトしつつある

本当に数少ない方々の思索の

お役に立てば、と、

 

「創造」について

記事を書いていきたかったのですが、

 

 

 

5月15日に投稿した記事について、

個人的にライラが青ざめたことがあったので

個人的なツブヤキとして

今回は記事を書こうと思います。

 

 

 

 

5月15日の記事は、こちらです。

 

 

 

 

この記事の中で、最後に

次のような文章が出てくるのですが、、、

 

「これから、

 地上の意識世界に突風が吹き、

 荒れると感じています。

 

 

 

 

 意識世界で吹き飛ばされる人

 出てくると思います。

 

 

 

 

 それは、スターシードであっても

 同じです。

 

 

 

霊格が高い方と繋がり、

導きや学びを受けながら

吹き飛ばされないように

足元を固めてください。

 

 

 

 

 

あなたの心の根っこはどこにあるのか?

志は何か?

 

 

 

揺るぎないものを見つけ、

自分の内側で根を育てる活動に

 

最優先で

時間とエネルギーを使うことを

オススメします。」

 

 

 

 

これを書いたときの心境は、

いまでも鮮明に思い出すことができます。

 

 

 

 

 

大変なことになった!

 

 

 

という危機感でした。

 

 

 

 

 

 

実際、何が大変なのかは

分からなかったのですが、

 

 

 

これを感じた理由は、

この記事の投稿の前日に

宇宙の高次元意識に、

あまりにも大きな変化が起こったことに

起因していました。

 

 

 

 

 

まあ、意識世界のことですからね、

「だから、なに?」

って、感じに思う方が多いと思うニヤニヤ

 

 

 

日本神話の神様が

1柱、2柱消えたところで、

物理世界になにが起こるの?

 

って感じでしょうし、

 

 

 

昨今、ハイヤーセルフが消えている人も

多いですが、

そもそも、ハイヤーセルフを感じながら

生きている人が少ないわけだから、

 

ハイヤーセルフがいなくなっても

自分は生まれたときから知らされていない

外国に住んでいる親族が死んだのと

同じくらいのインパクトだと思います大あくび

 

 

 

 

 

 

因みに、この宇宙意識とか、

神々とか、ハイヤーセルフと、

 

霊能力のある方々が視える、霊、

生霊とか、幽霊などとは

 

根本的に違います。

 

 

 

宇宙の根源的な意識から分かれてきている意識、

魂のエネルギーと

 

魂のない方々が纏っている

霊のエネルギーとは、

 

 

 

まったく別物なんです。

 

 

 

 

 

地縛霊になれるのは後者の方です。

肉体が死んだ後の魂が

地表付近に残ることはありません。

 

 

 

 

 

日本では、霊について語られる内容と

意識や魂について語られる内容が

 

両方とも「スピリチュアル」として

認識されていますが、

 

実は、違うんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

話が逸れてしまったので、

再び、元の話に戻りますね。

 

 

 

宇宙に起こった変化について、

 

「これは、今までと違う、

 何か、大変なんことが起こった!」

 

という感覚があり、

 

 

 

 意識世界で人が嵐に吹き飛ばされる

 

 

 

人が出る、

 

つまり、地震のような

インパクトが意識に現象化する、

 

 

 

という予感を

かなり大きな危機感をもって

ライラは感じたわけなのですが、

 

 

 

 

 

 

予感というものは、

感覚なので、

物理世界に主軸を

おいている方々にとっては、

 

「ない」に等しい出来事

と認識されますよね・・・。

 

 

 

 

 

 

 

で、あの投稿から今日までの間に、

あのとき感じた、

あの感覚は、

 

つまり、そういうことだったのか、と

 

 

 

「意識界に嵐がおきて

 吹き飛ばされる」って、

こういうことかぁ~

 

と答え合わせになったような

経験があるので、

 

その辺について

言語化していってみたいと思います。

 

 

 

 

 

「吹き飛ばされないように

 足元を固めてください」

 

 

投稿記事では、

このような表現が

出てきますが、

 

 

 

 

 

 

足元が固まっていない人

 

意識次元において

『足元が固まっている』

ということの意味は、

 

 

 

あなたは、何に対して

誠実に生きているのか?

 

それが固まっているかどうか、

ということでした。

 

 

 

 

 

それは

「心の根っこ」とか、

「志」とか、

 

さまざまな言葉で言い換えることが

できますが、

 

 

 

 

 

 

吹き飛ばされる方には、

 

これまで、お付き合いのあった方々との

『信頼関係がゼロになる』

 

という現象が起こっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば、あなたが、

誰か、深く信頼していた人、

この人は、信じられる、

 

と思っていた人から

あることをきっかけにして離れていくときって、

 

 

 

大体は、

まず、「あれ?」と思う出来事が起こり、

 

 

 

それが何度か重なり、

 

思っていたような

「信頼できる人ではないのかも」

 

 

 

という疑念が沸いて

その疑念が

「やっぱり、そうなんだ」

だと確信に変わるような出来事がつづき、

 

 

 

溜息の気持ちと一緒に、

だんだんと距離をおき、

だんだんと関わらなくなって、

関係がフェードアウトしていく、

 

 

 

というような感じではないでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、「吹き飛ばされる」

という現象では、

 

このようなプロセスのある

人間関係の切れ方ではなく、

 

 

 

誰かの中で、

ある人の信頼が

一気にゼロになる!

 

「この人、信頼できない」

という思いが、

一気に100%の確信で、

そうなる。

 

 

 

 

 

 

という感じです。

 

 

 

 

 

なんで、そんなことが

起こるかというと、

 

相手方が

誠実でなかったから、です。

 

 

 

 

 

本質は「誠実さ」「真心」であって、

損したから、とか

利害関係がズレた、とかではありません。

 

 

 

信頼というのは、

本来、支払われた「誠実さ」に対する

エネルギー的なフィードバックなんです。

 

 

 

 

 

もちろん、地上世界では

精神的な言葉には、常に

2つの次元においての意味を持ちます。

 

 

 

「魂」次元の意味合いと、

「肉体」次元での意味合い。

 

 

 

「魂」次元において

「信頼」という言葉の意味は、

誠実さに対する自然なフィードバック。

 

 

 

そして

「生存本能」次元での意味は、

 

自分が相手に利益を渡せば

見返りに、

この相手は、

 必ず、自分に利益を返してくれる、

 

という利害関係の確実さ。

 

 

 

 

 

宇宙からのエネルギーを受け取りながら

生きている方は、

 

利害関係がウィンウィンであることに対して

信頼を抱くのではなく、

 

相手が

自分という存在に誠実であることに対して

自然と抱かれる感情が「信頼」。

 

 

 

 

 

 

 

その信頼が

いきなり「0」に帰すわけですから、

 

信頼を失った相手には

当然、意識次元のエネルギーが

流れなくなります。

 

 

 

 

物理次元上での人間関係がつづいたとしても、

いわゆる表面上の物理的接触でしかなく、

 

意識次元(精神の上)での関係性が完全に切れる。

 

 

 

ですから、

そこにはエネルギー循環が起こらなくなる、

のです。

 

 

 

 

 

 

 

「スターシードであっても

 同じです」

 

と、投稿記事には書いていますが、

 

 

 

スターシードの感受性があっても、

誠実さを欠いた在り方、生き方をしていれば、

 

その方は、

宇宙から流れるエネルギー循環の輪から

外れる、ということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潜在意識の話ですから、

この話を聞いて、

わざと誠実であろうとしたって、

現実に「誠実さ」のある生き方はできません。

 

 

 

そこで、

「あなたは何に対して誠実な想い」

を抱いていますか?

 

潜在意識にある

揺るぎないものを見つけて

その想いを自分の内側で育ててくださいね。

 

 

 

という呼びかけをしていたわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誠実であれない場所に

居ようとしないでください。

 

誠実であれない場所に居るときは

心のエネルギーのスイッチを切りましょう。

 

 

 

誠実であれない時間を

過ごさないでください。

 

誠実であれない時間を過ごすときは

心のスイッチを切りましょう。

 

 

 

 

 

誠実であれない場所で

誠実であれない時間に起こる出来事は、

 

「あなたにとって偽物の世界」です。

 

 

 

あなたにとって偽物の世界では、

あなたのエネルギーは

一方的に外部に吸い取られていき、

 

あなた自身は、

エネルギーを補充することができないはずです。

 

 

 

つまり、あなたは、

エネルギー循環の輪の外側にいる

のです。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分に対して自分が誠実であるか

物事に対して誠実であるか

人に対して誠実でいられているか

 

 

 

誠実、とは

「心のエネルギー」が

遣われている状態です。

 

 

 

 

 

 

 

 

お分かりいただけた方には、

お察し頂けたかと思いますが、

 

宇宙からのエネルギー循環の輪は、

 

既に、

誠実さを持つ方々の中で完結し、

 

そのほかの人々に

漏れ出さない仕組みに切り替わっているのです。

 

宇宙の高次元では「崩壊のフェーズ」が終わり、

 「創造のフェーズ」が始まりました。

 

 

 

「創造」が地上で具現化するとき、

どのような形をとるのでしょうか?

 

 

 

 

 

「創造」とは、意識が夢中になることを

なにも制御しようとせず

その意識の流れを追いかけることを

いいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その意識の流れとは、

宇宙の深淵にある大いなる意識から注がれる

流れにつながっていて、

 

つまり、つながっているとき、

人は、宇宙からのエネルギーを受け入れています。

 

(宇宙から注がれるエネルギーを

 わたしたち人間は、

 このようにして受け取ることが

 できるのです。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのような活動を

わたしたちは「仕事」や「使命」というよりも

「遊び」と呼ぶことが多いように思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ気楽に遊ぶのではなく、

 

遊び、という活動の中で

自分という存在の「一つの側面」について

突き詰める、極める、磨く

 

極めて真剣な遊び、ということです。

 

 

これが「遊びに夢中になる」

 ということの真の意味で、

  非常に意識が研ぎ澄まされた状態に

   なります。

 

 

 

このような境地に至っているとき、

  わたしたちは、「場」を創造しています。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「創造」といえば、

多くの人が、

経済活動に結び付く

 物をつくりだすこと、

 

と考えるかもしれません。

 

 

 

 

 

けれども、意識とつながっておらず

場を創り出していないまま

 作り出された物は

 

「偽物」なんです。

 

 

 

 

 

 

一流の職人をイメージしてみてください。

彼らは、物をつくる前に

 「場」を整えます。

 

「場」を創ってから、

 意識のなかで形作られたものを具現化し、

  「物」として

    この世界に出現させます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偽物」にお金を払う人がいるので

「偽物」を売って、お金を手にすることもできるのですが、

 

「偽物」は、あるだけで

エネルギーをくれたりしないんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが、もし仕事をしているなら、

何をお金に換えているのでしょうか?

 

 

 

宇宙の高次元では「崩壊のフェーズ」が終わり、

 「創造のフェーズ」が始まりました。

 

 

 

それに伴い、

地上でも「創造」の段階に入った方々が

いらっしゃいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「創造」とは何でしょうか?

 

 

 

 

 

まず第一に
「自分のイメージ」を

自分でつかむこと

 

 

 

 

 

すべては、この

自己創造からはじまります。

 

 

 

 

 

あなたの現実は

あなたという自己の拡大

として起こる現象なのですから。

 

 

 

 

 

 ※注意

自分の現実を創ることが

自己創造ではなく、

 

自己創造の延長に現実が出来上がる

プロセス、

これが「創造」を意味します。

 

 

 

 

自己創造の延長にない

あなたの現実は、

 

自分で努力して創りあげているつもりで、

他者に創らされているもの

なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分とは、どんな存在なのか?

 自分とは、どんな人間なのか?」

 

セルフ・イメージについて

他者からもたらされたイメージを

素直に受け入れることをやめてみませんか?

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

先進国の現代人は、

成長過程で、自己創造の力を

少しずつ、少しずつ奪われていることを

知っているでしょうか?

 

 

 

学校から教えられ、

親から教えられ、

社会経済から教えられる

 

 

 

どんなイメージを目指すべきで

どんなイメージは蔑まれるものなのか、

 

価値観を少しずつ、少しずつ

刷り込まれていくのです。

 

 

 

 

例えば、

親のいうことを聞けることは

子どもの世界では

よいイメージとされます。

 

学校で、先生に怒られないこと、

褒められることは

子どもの世界では

「よいイメージ」として刷り込まれます。

 

学校の成績がいい、スポーツができる、

これらも、

よいイメージ。

 

 

 

若者、青年期にとっては、

恋人がいたり

高い学歴があったり、

塾、習い事、部活などで

自分をアピールする場があることは

よいイメージで、

 

 

 

 

社会人になると

職業に対して

様々なイメージがつきまといます。

 

 

 

一定の年齢が近づくと

結婚すること、がよいイメージに結びつけられ、

結婚したら子どもを授かり、

子どもが、「立派に育っている印象」を

近所や同僚に与えられることが

よい親のイメージとされます。

 

 

 

年齢を重ねたら、

見た目が若く見えることは

よいイメージであり、

 

健康で、人生を楽しむ趣味をもっていたり、

他者から羨ましがられる

キャリアや肩書きがあることが

よいイメージになります。

 

 

 

 

 

このような感じで、

人生の中で、何を目指していくべきかは、

「よいイメージ」として

それとなく世の中で宣伝されているのです。

 

 

 

あたかも、こうした「よいイメージ」は

多くの人々が様々な人生をみて

自然発生したものだと思われがちですが、

 

実際には、

〇〇が「よいイメージ」を世間で持たれるように、

というような活動が

明確な意図や目的をもって

行われているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、個人が

よいイメージを目指して

人生を構築していった結果、

 

何かやっている、

忙しい、

でも、思ったような満足感はない

 

或いは、まったく思った通りにならない

 

でも、みんなの人生も、きっと

「そんなものなのだ」

と受け入れるようになって

 

 

中年を迎えるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多数派の人々が受け入れている生き方が

このような生き方、

このような自分のイメージです。

 

本質的な自己を追求し、

自己創造をする方は、

 

当然、浮きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他者に創られた

「よいイメージ」を現実化させようと

頑張る人は、

 

本当の創造はできない

 

 

 

けれども、

自己創造から取り組み

真の創造ができる人は

 

社会で浮く。

 

 

 

 

 

 

さて、どっちの人生を選びますか?

 

 

 

 

 

と問われたとき、

 

現世利益が欲しい方は

前者を選ぶはずです。

 

 

 

ところが、これから

どんどんエネルギーが枯渇していくのも

前者の方。

 

 

 

前者の方々には

宇宙がエネルギーを注がなくなったから

です。

 

 

 

 

 

 

今の時代って、

結局、どっちの道を選んでも

「生きるのは大変よ」という過渡期なんですよね。

 

 

 

 

 

 

正直、宇宙は

「現世利益のために

 自分と向き合おう」

というモチベーションの人に

興味がありません。

 

 

 

こういった方々は

見返りが得られたかどうかばかり

チェックしていて、

自分の内面を観察しないし

すぐに、道から外れる意識だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

見返りと関係なく、

自分自身を識(し)ることに興味があり、

自分を理解しながら、自分を磨き、

自己創造を追い求める心

 

こうした心と誠実さを持っている方と一緒に

世界を創るつもりなのです。

 

 

☆この記事は、前回の記事のつづきです。

 

 

 

 

 

 

人が、最初、

 

親や社会に敷かれたレール

「こうするといい」

「こうしなさい」

「こうしなきゃダメ」

に縛られて生きているとき、

 

 

 

 

 

生きることを頑張るエネルギーや

前に進むエネルギーは、

 

 

 

他人に認められることや

成果を出すこと、

他人に「そうだ、それでいい」と

評価されること、

 

また、「自分を見下すものを見返してやる」

という反骨精神や

「いつかは、大物になってやる」

というハングリー精神、

 


 

 

別の場合は、

そんな現実から逃避するための

気晴らしのゲームやアニメ、映画

自分を慰める何か、

 

であることもあります。

 

 

 

 

 

常に自分を緊張が支配し、

その緊張がなくなったら

もう立ち上がれなくなりそうだと感じたり

 

他人から見放されることや

他人から無能とみなされること

への恐怖や焦り、

 

 

強迫観念のようなものに

突き動かされている人も多いのが

このステージ。

 

 

 

 

 

 

そして、そんな生活が

行きつくところまで行きつくと、

 

人は、次のステージへ

成長しようとします。

 

 

 

 

 

 

「他人軸で生きることへの否定」

という価値観を学び

 

「自分にとって大切なこと」は

他人が自分に求めることよりも大切だ、

ということを受け容れる。

 

 

 

「自分はが他人にとって価値のない人間」

になるのではないか?

 

という恐怖から脱却して

自分を大切にする生き方を

学び始める。

 

 

 

 

 

このステージに登ろうとする人は

 

「自己肯定感」や

「自愛」に価値をおき、

 

 

 

このステージに上った人は、

 

自分の好きなこと、

自分が楽しめること、

自分がいい気持ちになれる時間の確保を

大切にし、

 

その時間が生きるエネルギーになります。

 

 

 

 

 

楽しくない時間

ネガティブな感情を感じる体験は

人生を暗くするものとして

避ける、選ばない方が多い

印象があります。

 

 

 

 

気持ちのいい状態でいることが

波動が高い状態だと思っていて、

 

それを維持しないと

 

転落してしまう、

という怖れを

持っている場合が多いです。

 

 

 

 

最初のステージからすると、

本人は、

自分の人生が好転したように感じていますが、

 

相変わらず

 

ネガティブな体験に対する

強迫観念が心の根底に横たわっています。

 

 

 

 

 

 

怖れから解き放たれるのは、

 

失敗する分

格好悪い自分

まわりに影響力がない自分も、

 

「自分にとって 

  意義深い自分の一部分」だと

感じられるようになったとき。

 

 

 

 

 

怖れから解放された人の

生きるエネルギーは、

その人の魂の価値観によって

大きな違いがあり、

 

本人も、自分にとって価値あることが

とても個人的な価値観であることを

自覚していることが多いです。

 

 

 

 

 

このステージの方は

「自分」という存在の輪郭が

おぼろげにみえてきていて、

 

様々な経験を通して

自分は、どういう人間なのか、

分かりつつある段階にきているのです。

 

 

 

 

 

前の段階までは、

自分の生きるエネルギーとなることを

共有できる他者と共にいたい、

 

コミュニティーがほしい、

と思う場合が多いですが

 

 

 


 

この段階の

生きるエネルギーは

非常に個人的なものなので、

 

もはや、同じ生き甲斐を共有する人と

出逢おうとは思わなくなり、

 

自分と同じ段階に達している人

自分の個人的な人生のテーマに気づいている人との

出逢いを夢見ます。

 

 

 

 

 

 

自己理解の最終ステージ

 

 

自分の人生に納得し、

「本当はこういう人生がよかった。

  本当はあの人みたいな

   立派な人物になりたかった」

そんな自分への恨めしさ、

 この世の摂理への不平・不満、理不尽さを

昇華して、

 

こんな自分で生きていこう、

結局、それしかできない、

と思えるようになった人々は、

 

 

 

 

 

立派であろうとする努力や

素敵であろうとする努力が

 

色褪せてみえ、

 

他人からスゴイと言われている人をみても

特別視する気持ちがなくなり、

 

けれど、

他人に自分を利用させることは許さない

毅然とした心の態度をもち

 

 

 

特別な生き甲斐を持たなくても

エネルギーが枯渇しなくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、

真の意味で

 

宇宙から注がれるエネルギーを

自分の内的泉から地上世界に溢れ出させて

 

人々に循環させて再び受け取る、

エネルギー循環の世界に生きられる人たちは

 

 

 

自分への興味、

自分への愛を保持した状態で、

 

自分の外側の世界に

深い愛情と興味を持ち、

世界がどうなっているのかを理解し、

 

そして、その世界で

自分を活かすステージに立った人。

 

 

 

 

 

自分の存在は、

この世界あっての存在だと感じながら、

 

同時に、

 

自分が

この世界を動かしている、

という感覚がある。

 

 

 

 

 

自分は唯一無二の存在だ、という感覚と、

自分と世界は溶け合って

同一の存在だ、という感覚と、

 

相反する感覚が同時に成り立っている感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな風に、

人生のステージによって

「生き甲斐」は変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、人の成長マップだとするなら、

あなたは、いつ、どこにいたか

振り返ってみてください。

 

前回の記事を見返したあとで、

振り返ってみると、より分かりやすいかもしれません。

 

 

 

 

  1. 他人の価値観を自分の価値観だと信じていたのはいつ?
  2. 他人の価値観より自分独自の価値観の方が
     自分にとって大切だと気づいたのはいつ?
  3. 楽しいことをしているとき、ポジティブでいるとき
     以外の自分を自己否定していた時期はいつ?
  4. ネガティブな体験にも、自分にとって大切な意味がある、と
     気づいたのはいつ?
  5. 「ああなりたい」「あんな人生を生きたい」という
     願いを叶える生き方をやめたのはいつ?
  6. 自分は「自分になる」ことしかできないこと
     そして、その心理的軽さに気づいたのはいつ?
  7. 自分に意味があっても、他人にとっては価値がない
     ということに悲しさを覚えなくなったのはいつ?
 
7項目目までを、もう経験したあなたは、
自分と他人を、どのような目でみている
気がしますか?
 
 
 
自分のステージがどの辺にいるか
見つかったら、
 
そのステージの生き甲斐として
あなたには、どんなものがありますか?
 
 
 
 
 
「奪い合う世界」から脱却するために、
自分のエネルギーの源泉を
把握しておくことが、
とても重要なことなんです。
 
 
 
「奪い合う世界」にいる人たちが
彼らのフィールドに閉じ込められたように
感じるからです。
 
 

人は最初、

 

親や社会に敷かれたレール

「こうするといい」

「こうしなさい」

「こうしなきゃダメ」

に縛られて生きている。

 

 

 

他人に言われたことを頑張って

成果を出すことが「成功」だと思う。

他人の頼みに応えて

感謝されると

「自分が立派な人間」になったように感じられる。

 

 

 

 

 

それを続けるうちに、人は、

他人に敷かれたレールの上を

生きることが

「自分にとっては意味がない」

ということに気づく。

 

 

けれど、そこで葛藤する。

周りに求められていることに

応えなくなったら、

 

「自分は他人にとって価値のない人間」

になるのではないか?

 

「我が儘な人間だと

       周りに思われるのではないか?」

 

だから、これまでの生き方で

自分が疲弊すると分かっても、

考え方や生き方を変えることが恐ろしい。

自分を押し殺す牢獄のような生き方から

抜け出せない。

 

 

 

 

 

けれど、いつか人は、

「自分にとってソレは意味がない」

ということが、

「周りにとって大事なことをする」ことよりも

大切だ

ということに気づかされる。

 

 

 

 

 

そして、

人々は、

自分の好きなこと、

自分が楽しめることを

探し、見つけ、

 

それらを大事にすることが

できるようになる。

 

 


 

 

自分が好きなこと、

自分がいい気持ちになれること

 

に時間を費やすことが

生きるエネルギー源になり、

 

その時間を過ごすために

辛い時間を頑張ることができるようになる。

 

 

 

 

 

好きなことをしている自分は素晴らしい。

楽しいことをしているとき、自分は幸せ。

物事が上手くいっているときの感覚は最高。

そんな生き方をしている自分は立派。

 

 

 

 

 

でも、人生は良い時ばかりではない。

 

 

 

そして、人は知る。

 

「落ち込んでいる」時間が

自分の糧になってきたこと

 

情熱を傾けられることがなくなり

楽しい気分でいられない、

不安や後ろ向きな状態の自分でいても

 

そんな自分もダメじゃない。

 

 

 

うまくいっていない自分

失敗した自分

何者でもない、成功してもいない自分が

無意味な存在ではなく、

 

ハッピーで輝いているときの自分と

同じくらい

「自分にとって 

  意義深い自分の一部分」だと

感じられるようになる。

 

 

 

 

ネガティブな体験が

自分の糧となり、

未来の素敵な時間に繋がっていることの

確かさを感じられるようになる。

 

 

 

 

自分にとって無意味だった時間、

他人のためにしか生きてこなかった時間、

 

自分にとって楽しいこと、好きなことに

没頭した、自分が輝いていた瞬間、

 

失敗して格好悪い姿だった

消してしまいたいほど苦い想いをした過去

 

 

 

 

 

 

結局、すべてが学びになっていた。

 

 

 

 

 

何の学びになっていたのか?

 

 

 

 

 

「自分を知る」ための学び

   になっていたハズだ。

 

 

 

 

 

自分は何が好きで

何が嫌いで、

 

何ができて

何が辛くて、

 

どんな性質の人間なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな自分を知ったところで、

あなたの周りの世界は、

何ひとつ変わらなかったかもしれない。

 

生まれたときから今も、

世の中は、同じように

朝を迎え、夜を過ごしてきたかもしれない。

 

 

 

 

 

それでも、生まれたときより、

少しだけ

あなたは自分のことをよく知ったハズ。

 

 

 

 

 

そして、それでも、世界は、

あなたがあなたを知った、ということに

価値を見出さないだろう。

 

 

 

 

 

あなたが勝手にあなたを

よく知っただけなのだから・・・。

 

他人の得になることではなく、

他人の人生をよくする出来事でもない。

 

 

 

 

 

 

 

だけど、それでも、

 

それだけで、

 

あなたがこれまで

生きてきた意味は十分にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたは、あなたの人生に納得し、

「本当はこういう人生がよかった。

  本当はあの人みたいな

   立派な魂だったらよかった」

そんな自分への恨めしさ、

 この世の摂理への不平・不満、理不尽さ

全てひっくるめて

 

仕方ない、

それで生きていこう、

結局、それしかできない、

と思えるようになる。

 

 

 

 

 

本当は、生まれたときからそうだった。

 

生まれたときから

「こういう人生を生きたい」を

生きられるわけではなく、

 

「あんな素敵な人になりたい」に

なれることもない。

 

 

 

 

でも、それが「叶わない」ということを

多くの人が知りたくなかった。

 

多くの人が「叶う、という教え」を選んで、

その声に耳を傾け、

信じてすがって生きてきた。

 

 

 

 

 

それで、真実に辿り着かないまま

迷子になる。

 

 

 

 

 

 

迷子になって遠回りをして、

それでも真実に辿り着けた人は、

 

遠回りをした分だけ

深い喪失感を味わい、

 

喪失感が深い分だけ、

真実が腑に落ちたときの

真実理解の深さが深くなる。

 

 

 

 

 

 

 

立派でもなく、

素敵でもなく、

他人からスゴイと見上げられるでもない自分

 

他人に対して

「自分が利用価値のある存在だとアピールする努力」をやめ、

明日、自分が死んでも世界が悲しまないことに

恨めしさを感じない

 

その心の軽さ

 

 

 

 

 

心の軽さとは何か

気づいた瞬間に見上げる空は

何色でも素敵にみえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。

 

ここまで来る前に

ほとんどの人が一生を終えている。

 

だから、何生もかけて、

このステップを進むのが

スターシードの輪廻転生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、本当の宇宙の目的、

魂を磨く旅は、

ここからがスタートする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分への興味、

自分への愛を保持した状態で、

 

自分の外側の世界を

自分を探求したときと同じ熱量で

探求する旅。

 

 

 

 

 

また、旅立つ。

 

 

 

 

 

生活は変わらない。

同じ道のりを、今度は

意識を向ける角度を変えて

歩き出すだけ。

 

 

 

他人を知り、

世界がどう回っているかを理解し、

そして、その世界で

どう自分を活かすことができるのかを知り、

試す。

 

 

 

 

試しては失敗し、

世界への理解と

自分への理解が深まっていく。

 

 

 

 

理解が深まれば深まるほど、

人生は味わい深く

興味深い体験になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

それが本当の

『魂が生きる理由』。

 

 

 

 

 

 

 

そのとき、

 

人生に、ごく稀にしか訪れない

大きな感動体験

夢中になって何かに取り組んでいるときに

味わうフロー体験

 

 

 

そんなアドレナリンによる快感を

探す必要はなくなる。

 

 

 

 

 

何も起こらない平穏な時間に

 

深い感動

が常に意識の底流にあることを

味わいながら

 

存在し続けられるようになるから。

 

 

今日のお話は、

かなり、分かりにくいお話になる

かもしれません。

 

 

 

(今までも、

 「分かる人は一人もいなさそう」

 という話を度々してきましたがニヤニヤ

 

 今日のは、おそらく

 分かる人もいるだろうけど、分かりにくい。

 

 でも、意識を研ぎ澄ませば分かるハズ

 と思うので、

 

 よろしくお願いします。)

 

 

 

 

 

ここ数年の間に、

大いなる意識の世界の

多くの意識たちが、

 

『個の意識』としては消滅し

意識の大河へと還っていきました。

 

 

 

この内容は、過去記事に

書いてきた

宇宙の流れです。

 


 

 

 

 

 

これが「崩壊のフェーズ」

でした。

 

 

 

 

 

この消滅した意識に繋がる

分御霊の欠片を

部分的に持っていた人々は、

(消滅したそれぞれの意識は、

地上では

神々とされていた意識です。)

 

消滅した意識を源とする

個人の課題について、

各段に解決しやすくなりました。

 

 

 

 

と、同時に、

地上の分け御霊たちが

消滅した意識を仲介して

受け取っていた宇宙のエネルギーは

受け取れなくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

だから、今、現実世界で

様々なものが崩壊しています。

 

 

 

例えば石油が

先進国に回ってこない。

 

 

これは

「地球を支配しようという意識」

の大元が消滅したことが

具現化した例です。

 

 

 

つまり、

「石油支配の力が弱まった」ということ。

 

しかし、

「支配から解放された!」

と喜んでいる人がどれほどいるでしょうか?

 

 




 支配者の意識を分け御霊として

受け継いだ人間たちは


社会が

石油に依存しなければ

生きていけない世界を

時間をかけて作り上げました。


この盤石な支配構造によって、

私たちは、石油がないと困る

生活スタイルになりました。

 

 

 

 

 

 

 

「支配される」というのは、

ただ、搾取され、こき使われることではなく、

「支配者に依存しなければ

     生きていけない状態」

にさせられることです。

 

 

 

だから、支配されるものは

支配者が栄えないと、

自分も落ちぶれることになり、


自分が生き延びるために

支配者に仕えることを

(搾取されることを)


自らの意思で選択するように

なります。







外からは、その構造が

よくみえるので、


理不尽に支配される者を

憐れに思い、

支配から解放しよう、と

手を差し伸べますが、


支配される側は、

支配されることが

自分の命綱だと思っているので、




支配されることに

しがみつきます。






時の流れ、情勢の変化によって

自分を支配するものが

衰退したとき、

支配されていた側は、

自由の喜びを味わうのではなく、

 

「もう生きていけないかもしれない」

恐怖を感じて、

代わりの支配者を探そう

とすることも茶飯事です。

 

 

 

 

 

「支配されるのはおかしい!」と

叫ぶのは簡単ですが、

日常生活がままならなくなる、という

痛みを乗り越えてまで支配から脱却したい人は

多くはないのです。

 

 

 

支配されることを望む大衆の数は

膨れ上がり、

社会の「支配・被支配構造」は

時代と共にどんどん強化されていきました。

 

 

 

 

支配されることを望むものが

多ければ多いほど、

地上で、支配されずに生きようとする者は

生きづらくなりました。

 


 

 

 

 


しかし、最高次の意識次元では、

支配の意識は完全に消滅したため、

支配は、今後、

次々と崩れていきます。




 

 

 支配が崩れる、とは、

社会の大きな流れが消える


ということ。


これに従っておけば大丈夫、

というレールが

なくなる、

ということです。




 

 

さて、大分

崩壊は地上で具現化してきましたが、



 遂に、昨日

宇宙が「創造のフェーズ」へ入りました。

 

 

 

 

 

 と言われても、

ピンとこないかもしれませんが、


創造のフェーズが、地上に

どんな現実として具現化するのか?

 

というと、

 

 

 


おそらく、

ニュースなどで

目にみえる大きな流れとしては

崩壊や滅びが活発化していく中で、


大衆に気づかれないところで

創造が始まると思います。


 


 欲による奪い合いの世界では、

まっすぐに自分の利益を追求するものが

勝ち残っていくので、

この方々は、

(霊格を高める旅から、かなり遠いですが)

しばらくは

人生がうまくいっていると

感じる可能性があります。


自分で気づかない間に

他者から

エネルギーを奪い、

時間を奪い、

お金を奪い、


こうして、お金や物質的な豊かさを

得るかもしれません。

 


 

彼らは、奪った相手が

自分にエネルギーを流すことに反発している、

ということに気づかないでしょう。

 

 

 

 

でも、奪われた人は、

次々と奪われていたことに

気づき始め、


2、3年後には、

奪える相手がいなくなって、

それでも、何が原因か

分からないことでしょう。


 

 




さて、いま既に


奪う、奪われる、

というゲームの中に

いない方は、


個々に、自分の人生の流れを

創り始めます。






自分で人生の流れを創れる方の

エネルギー源は


「自分を知ろう」

「自分を受け容れよう」

という欲求と


目の前の

「あなたを知りたい」

「あなたを受け容れられるようになりたい」


という欲求です。







これまでの求道のように

自分の道にこだわるだけ、

自分の殻に閉じこもるだけでは


流れを創り出すことはできません。




 

この「創造」を体現できる方と

繋がりましょう。


メンターを選び間違えないことが

大切です。

世界情勢の話なのですが、

 

今までは、

 

自由民主主義陣営と

共産主義、独裁主義体制の2極

というような構造がありましたし、

 

政治も、「与党 VS 野党第一党」 

というような構造がありました。

 

成績がいい、勉強が得意な子、

勉強は嫌いだけど、スポーツができる子

 

 

 

みたいな、なんとなく対立軸があって、

わたしはどっち側カテゴリー、

 

という感じが、

なんとなくあった感じがします。

 

 

 

 

 

けれども、昨今は、

入試の制度も多様化して

評価される軸が増え、

 

政治も多政党が、

それぞれの価値観を訴えて存在感を出し、

 

 

 

 

 

世界各国の力関係も混沌としてきた感じ

がしますよね。

 

 

 

 

 

 

これって、勝ち負けの競争意識の中で

生きている人たちの中で

勝つ軸が、多様化してきた、

ということなんです。

 

 

 

 

 

 

今までは、

金がある方が勝てる

経済規模が大きい方が勝てる

資源がある方が勝てる

 

 

 

 

 

 

 

というように、

お金なら、貧乏より金持ち。

経済規模なら、小さいより大きい方

資源なら、ないよりある国、

 

というように、

A vs B で比べたら

絶対Aが勝つ、みたいな法則が

成り立っていたわけです。

 

 

 

 

 

 

でも、これからは

 

金があっても勝てないかもしれない、

経済規模が大きくても勝てないかもしれない

資源があっても勝てないかもしれない

 

時代になった、

ということなんです。

 

 

 

 

 

 

「これを目指せば勝てる」

という正解があって、

 

そこに向かって努力することが

生き残る方法だと思ってきた方は、

 

それで右往左往しています。

 

 

 

 

 

何を目指せば勝てるのか、

何が安全なのか、分からない・・・・・。

 

 

 

 

物理世界は多極化・スピリチュアル界は2極化

 

 

ところで、世界情勢が多極化する一方、

スピリチュアル界隈では

「2極化が進んでる」って言われますね。

 

 

 

 

 

これって、どういうことなのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

スピリチュアル的に

2極化が進んでいる、

というのは、

 

 

 

「勝ち負けの勝負を続ける意識を持つ人」と、

「勝ち負けを追いかけない

 別の生き方を選ぶ」という意識を持つ人、

 

の2極化が進んでいる、

ということなのです。

 

 

 

 

 

 

 

多極化しているのは、

「勝ち負けの勝負を続ける意識を持つ人」たちで

形作られている世界の

 

勝つ方法が多様化してきている、

というだけです。

 

(だから、勝ちの定義が揺らいできている)

 

 

 

 

 

 

 

 

話は、スピリチュアル界隈の話に

戻りますが、

 

「勝ち負けの勝負を続ける意識を持つ人」と、

「勝ち負けを追いかけない

 別の生き方を選ぶ」という意識を持つ人とは、

 

どういう人たちかというと、、、

 

 

 

「勝ち負けの勝負に捉われる人」は

お金にとらわれていますし、

他人からスゴイと思われるかどうかにも、

とらわれています。

 

 

 

そして、実は、

「勝ち負けの勝負に捉われている人」の中に

スピリチュアル的な目覚めに

とらわれている人もいる

 

ということをご存知でしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明が長くなりますが、

お付き合いください。

 

 

 

 

 

 

「勝ち負けに捉われる人」の中で、

自分の人生のすべてを

勝つために費やせる人は

 

 

 

これまでの資本主義経済のように

効率重視で、

 

勝つための思考、行動、発言を一貫させ

現実を回していきます。

 

 

 

 

 

だから、お金も稼げるハズです。

 

顧客が自社の商品やサービスを

必要としているかどうかではなく、

顧客が「自分には、これが必要だ」

と思い込ませるスキルを全力で磨くことに

躊躇がなく、

 

そして、事実、そうしたテクニックを使って

売り切る人たちなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、

「勝ち負けを追いかけない

 別の生き方をしたい」という意識を

これまで、じっくりと育てて来た人たちは、

 

『こんな生き方をしたい』

 

という純粋な意図が

既に育っていて、

 

 

 

 

みさかいもなく金稼ぎをしている人たちをみても

「自分とは別世界だな~」というような

幻想を眺めるような気分になっているハズです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、

「勝ち負けを追いかけない

 別の生き方をしたい」と頭で思いながらも、

 

心が

「勝ち負けにこだわる意識」

になっている人たちは、

 

 

 

勝つための思考、行動、発言に

真っすぐ突き進むことができず、

 

そのために「勝てない」という現実の言い訳に

 

「でも私は、

 勝ち負けを追いかけない

 別の生き方をすることを選んだ」

という思想を利用するのです。

 

 

 

 

 

なので、

真に 勝ち負けと関係ない

霊的な生き方を実践している人に対しては

 

 

 

「やっぱり、時代はそっちよね」

と、分かった風なことを言って

話を合わせますが、

 

霊的な課題の話題になると

知らないうちに、

ふっと消え去ります。

 

 

 

本質的に霊的な道を歩こう

とは思っていないからです

 

 

 

「霊的な道を歩く」という発想・思想は、

うまくいかない現実に対して

「自分の責任」と思わないための道具

でしかないからです。

 

 

 

 

 

いくら頭で

「わたしは、勝負の世界は合わない」

と思っても、

 

心に、

「勝ち負けにこだわる意識」があるわけなので、

 

彼らは、まだまだ

自分の時間やエネルギーを

「勝つための行動」に費やし、

その成果に一喜一憂するゲームの中に

どっぷり漬かりながら生きています。

 

 

 

でも、全力で突き進めない分、

思うようには成果が出ません。

 

それで、そんな自分よりも、

大きな成果を出している人をみては

「なんで、あんな人が私よりも・・・」

と、羨む気持ちや理不尽さを味わうことになるのです。

 

 

 

 

 

勝ち負けに捉われる意識があるので、

「真に 勝ち負けと関係ない霊的な生き方」を

している人に対しては、

 

スピリチュアル的な知識の量や

覚醒具合について

張り合って、マウントをとろうとしたり、

 

相手が、自分より適わないくらい格上だと分かれば

その人の寵愛を受けて

「スピリチュアルな目覚め」という

新しいカテゴリーで

周りよりも勝とう、と試みることもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういった方々に対して

怒りにも似た意識を

これまでの宇宙には感じてきましたが、

 

 

 

新しい宇宙は、

何も感じていないように見受けられます。

 

 

 

宇宙が彼らに何も感じないのは、

「彼らなしで新しい宇宙をつくる」

つもりだからだと思います。

 

 

 

 

 

 

これまでの宇宙が

真の目覚めを起こさないスターシードに対して

苛立ちを感じていたのは、

 

彼らを導こうという気があったから。

 

 

 

 

 

でも、新しい宇宙は、

「どうしたいの?」

「勝ち負けのゲームにこだわるの?」

「OK,分かった」

 

 

 

それ以上、導かない。

 

 

 

 

 

これを『厳しい』と思うかどうかは、

人それぞれだと思います。

 

 

 

「勝ち負けにこだわる

 奪い合いの意識がない」かどうか?

 

霊的な課題をクリアして

「自分の霊的な本質を理解し、拡大し、

 成長しようとしているか」どうか?

 

 

 

 

 

それがないなら、

今の宇宙は、興味がありません。

 

 

 

 

 

 

そういうことに興味あるんですけど、

そういう生き方って、

自分の人生、本当に得するんでしょうか?

 

 

 

だって、○○のコミュニティーでの

人間関係もあるし、

やっぱり、お金の心配もあるし、

 

 

 

自分も、その道を歩けるように

メリットについて教えてください。

 

 

 

 

という心の姿勢の人に対しては、

 

宇宙は、懇切丁寧に教え導く気がありません。

 

 

 

 

人生の挫折に学んで

真の道に軌道修正するならすればいいし

しないなら、その先の道は

宇宙の管轄外なので、知りません、

なのです。

 

 

 

 

かれらが心を決めるのを待つことにも

意義を感じていません。

 

 

 

 

 

 

そういったことを

リアルに感じるからこそ、

 

ライラにとっては、

「霊的な道を生きる」に、

シフトチェンジできるのって、

期間限定なんじゃないか?

 

という感が否めないのです。

 

 

 

 

 

今、人間界でメンターをつけ忘れたら、

もうメンターを見つけられることはない

のかもしれません。

 

 

 

 

 

 

次回は、「崩壊のフェーズ」から「創造のフェーズ」へ

について、お話します。

宇宙から視えているのは

『潜在意識』です。

 

 

 

潜在意識は

わたしたちが、自分で気づいていない

無意識に潜む観念のことです。

 

 

 

 

 

 

つまり、

自分が本質的には

何を選択しているのか?

 

宇宙が視ている

「自由意志の選択」について

わたしたち人間は気づけない存在なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ですから、

新しい宇宙の摂理に従って

宇宙から注がれるエネルギーを

切られたとしても、

 

「え~、そんな現実

 選択したつもりないですー。

 

 わざとじゃないんですー」

 

と思うことになるのが、

わたしたちという存在なんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、

「自分は、潜在意識で

  何を選択しているのか?」

自分を分析する方法を

身に着けることおススメしたいわけです。

 

 

 

 

 

『意識』は、現実に表れます。

 

 

 

 

 

ですから、現実に起こる出来事

起こった出来事に対して

自分が何を感じているか、

どう考えているか、

 

 

 

普通なら、

惰性のまま一瞬で流れていく

 

自分の内部に

湧き起こる感覚を

繊細に捉えることで、

 

 

 

 

「わたしって、

 こんな想いがあったんだ」

ということに気づけるようになります。

 

 

 

これからの地上では、

このスキルがあるかどうかが

自分の身を護ることに繋がります。

 

 

2極化

 

 

ご存知かとは思いますが、

2極化は既に

物理次元に現象化していて

 

 

 

ライラの感覚では、

人の配置が移動させられていると

感じています。

 

それは、職場、職種という点もそうですし、

生き方、という点もそうですし、

人間関係、人脈、という点でもそうです。

 

 

 

職場、職種というと

仕事の形態というものもあるかもしれませんが

誰と一緒に働き、誰をお客様として貢献するのか?

 

という点もあります。

 

 

 

生き方については、

わざわざ言及しませんが、

 

 

 

人間関係や人脈については、

まずは縁が切れ、

そして、新しい縁ができます。

 

いま、縁が結ばれる人たちは、

これからの世界で、あなたが

共に生きていく人だと思います。

 

 

 

もし、え、こんな人と同じ世界なの!?

という想いになるような出逢い

が起こっているなら、

 

急いで意識の在り方を変える手立て

を取った方がいいです。

 

 

 

 

 

因みに、過去に仲良くしていた人々を

思い返して、

確かに、彼らのような人たちと共に

生きるのは無理だったよね、

 

と思い返し、

 

最近、縁を結ばれる人たちとは

心地よく過ごせる気がするなら、

 

その新しい人たちと自分が

共通で大切にしていることはなにか?

 

観察してみるといいと思います。

 

 

 

 

 

別に、それが「正解」というわけではなくて、

 

単純に、あなたが

それを大切に思う人だった、

ということです。

 

 

 

 

 

2極化のキーワードは

「真心(まごころ)」

「人の心に対する誠実さ」

 

それは、自分の心に対する誠実さも

自分と関わる人の心に対する誠実さも、

自分が使っている物に対する誠実さも、

 

含まれます。

 

 

 

 

 

いや~、それが大切なのも分かるけど、

いつもいつも、それを優先できないよね、

 

 

 

と思う人たちは、

そういう人たちの中で生きていきます。

 

 

 

 

 

 

もし、心のエネルギーを大切に

それを循環させる関わり方をしたい

 

と思うなら、自らそれを実践し、

自らそれができる人間関係を

選ばないといけません。

 

 

 

 

 

自動的な心の反応のまま

誰でもに真心を向けるのではなく、

 

相手が、真心を向けたいと思わせる相手なのか?

相手に自分は何を感じているのか?

 

まずは気づいた上で、

どういう振舞いを自分はするのか?

或いは、どういう振舞をさせられているのか?

 

観察してみてください。

 

 

 

 

 

お客様を相手に仕事をしているなら、

そのお客様に、あなたの真心を向けたいのかどうか

吟味することが大切です。

 

ただ、今月の売り上げを気にして

真心の入らない接客を強いられるような

お客様をウェルカムするような仕事を

続けていると、

 

どんどん回らなくなっていくでしょう。

 

 

 

 

それは、エネルギーを産み出す活動ではないから、

エネルギーが減っていく、

エネルギーが減ると、

物理的にもうまく回らなくなる

 

 

 

 

これらの現象化が

今までは、まだオブラートに包まれていた部分が

あったのですが、

 

今後は、ダイレクトに

具現化していくようになると思います。

 

 

 

 

意識次元の現実が

ほとんどタイムラグなしで

現象化しやすくなっているので、

 

現実に起こることを観察しながら、

自分の意識の状態について理解することが

とても簡単になってきているのです。

 

 

 

 

 

逆に、現実がうまくいってないなら、

それは、そのうち何となる、ということはなく、

意識が変わらなければ、

うまくいかない状況が続き、

事態は悪化していくでしょう。

 

 

 

 

 

 

だから、現実を分析するスキルと、

意識にアプローチするスキル、

 

この両方を身に着けることが

これからの地上を生き抜くのに

必須のスキルとなると思います。

 

 

 

 

前回の記事で

スピリチュアル情報リテラシーについて

お話しましたが、

 

 

 

実際のところ、

真実とは、理解されることが難しい

 

というのが地上の現状です。

 

 

 

 

 

 

多くの方が同じことを語り出すと、

なんとなく「そうなんだ」という雰囲気が

拡がっていくのですが、

 

実は、そういった多くの方が語る情報は、

 

真実でないものが含まれていたり、

情報を歪める余計な心理的インパクトが

含まれていたりします。

 

 

 

 

 

何故なのか?

やはり、霊格の問題なのでしょうか。

 

 

 

 

 

霊格というのは、

以前もお話しましたが、

「意識の大きさ」が大きいか小さいか。

 

意識が大きい人はより多くの情報を

捉えることができるので、

心の視野が広く、

真実を、より正確に理解する力があります。

 

 

 

つまり、「霊格が低い」というのは、

象の足だけを触って

「象とは、ざらざらした柱のような生き物である」

と、信じ込み、

 

本当に象は

「柱のような生き物であるだけだろうか?」

と疑わないわけです。

 

 

 

 

 

 

霊格を見分けるヒント

 

 

さて、現在の日本の方々の霊格についての

ライラが持っているイメージは

下記のような感じです。

 

 

 

 

 

日本の人々の大多数の方の霊格を「1」としたときに、

 

「5」の霊格があると、

スピリチュアルの情報に精通し、

社会で出逢う一般の方々とは、

生きる姿勢が違ってくる感じがします。

 

けれども、自分は

スピリチュアルに興味を持っているが

自分は、まだまだ知らないことが多い、

という自覚がある方が多いように思います。

 

※「5」の霊格とは、

 意識の大きさが、一般の方々に比べて

 5倍、大きい、という意味。

 つまり、5倍の情報にアクセスする力がある。

 

 

 

「10」になると、自分なりの真実などを

持っている方も出てきます。

ただ、ライラからすると、

「自分なりの真実」が、自分よがりな感じ。

 

(把握している情報の偏りが大きい。

 けれど、本人は自分は真実を知っていると

 信じ込んでいる場合が多い)

 

 

 

 

「50」くらいの意識の大きさとなると、

周りから「あの人、すご~い」と思われる感じが

出てくる印象があります。

 

 

 

そして、情報発信をしていて有名だったり、

社会的な地位を持っていたり、

影響力を一番もつのが

「300~350」くらい。

 

 

 

300~350くらいの方が一番、

人々から、「あの人は本物だ」と

思われやすいように感じています。

 

 

(もちろん、一般庶民で

 サラリーマンしている人もたくさんいますが、

 それでも、社会で色々な意味で

 目立っていると思います。)

 

 

 

ライラからすると

「500」くらいの霊格で、やっと

ㇽピリチュアル的な理解が、

真実に近づいて来るのですが、

 

そのくらいになると、

逆に、周りの人々からは

受け入れられにくくなるように

見えているんですよねー。

 

 

 

逆に、意識世界とか、

霊格が分かる宇宙人からすると、

「500」くらいで

やっと、まともにコミュニケーションがとれる相手として

認識されるレベルなのではないか、

と感じています。

 

 

 

 

 

このレベルの方々で

社会で頭角を現し、奮闘して下さっている方には

理解されないが故に多くの困難が降りかかるので

本当に頭が下がります。

 

あまり影響力をもたない生活を

している人も多いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1000」以上になると、

たぶん、みんな一般庶民です。

 

周囲からは、

スピリチュアル・リーダーだと気づかれることなく、

陰で、こそこそ

人々や世界を導いています。

 

肉体を持ちながら、

ハイヤーセルフとか、

意識存在を導いてもいるかもしれません。

 

 

 

 

 

あまりにも霊格が高過ぎて意味不明なのか、

本人が格上オーラを出さないからなのか、

地上の人々からは、なぜか格上だと認識されません。

 

チャネリングできる方でも、

自分より霊格が上ということが

分からないのは、結構、不思議に思います・・・。

 

 

 

 

 

 

幸せになるために霊格を上げるな

 

さて、「宇宙の意志に適った生き方をしよう」

と思う方々の中で、

 

その目的が

「宇宙の意志に適った生き方をすること」

そのものではなく、

 

そのことによって、

「神の恩恵を受けたい」

という方々がいらっしゃいます。

 

 

 

神社にお参りに行く、

信心することによって

「善いことが起こってほしい」

と信じる人たちですね。

 

 

 

これは、実際には、

欲を貪る人と同じ意識であることを

覚えておいてください。

 

貪る対象が人ではなく、

神のエネルギーである

という違いがあるだけなんです。

 

 

 

 

 

これまでの神霊世界では、

慈悲は大切なことだと

捉えられてきましたから、

 

これまでは、

 

そのような方々にも

神々はエネルギーを流してくれました。

 

 

 

(結構、渋々やってましたけどね)

 

 

 

 

けれども、「慈悲」というものが

人々に利用されてきたのだと気づき、

 

そのせいで、

真にスピリチュアルの真実に

目覚めている方々が

虐げられ潰される、

 

という歴史が繰り返されたのだ

 

気づいた今後は、

 

 

 

自分の利益のために

意識を磨く方は

見限られるようになるでしょう。

 

 

 

 

 

幸せとは、目指すものではなく、

結果として、そうなっているもの。

 

 

 

 

 

意識をいくら磨いたからといって、

人生が楽になることはありません。

 

世界全体として、

混沌は今後も拡がるからです。

 

 

 

しかし、意識を磨く方々は、

「大変だ」と感じる現実の中で、

必至で頑張るなかで、

 

「わたし、この体験があれば頑張れる」

「これを体験するために、

 わたしは、ここでこれをやっているの」

 

という瞬間が訪れ、

自分の存在理由が自分の中で

確実に腑に落ちていきます。

 

 

 

すべてがつつがなく進み、

ネガティブな出来事に出遭わないことが、

神々からの恩寵を受けている証拠ではなく、

 

次々と降り注ぐ大変な現実に

喘ぎながらも、

それらを乗り越えようとしていく中で

「すべてが報われる」

と感じるような清々しい一瞬があるかどうか、

 

これが、宇宙の向かう方向性に

生き方を合わせられているか否かの基準です。

 

 

 

 

 

そうなるために

 

わたしたちが目指すべきことは何か

というと、

 

 

 

自分は、何に人生を捧げたいのか、

決め、それを実践することです。

 

 

 

どんなことに人生という時間を使い

どんな人に心のエネルギーを注いで応援し、

どんなことに思考エネルギーを費やし

 

生きていきたいのか?

 

 

 

 

 

自分が、こんなことに人生を使いたくない、

ということが日常にあって、

すぐには逃げられないならば、

 

如何に、そこにエネルギーを流さないか、

という方法を、誰かに教えてもらってください。

 

そして、ゆくゆくは、

そういったことがなくなるように

今から動いていきましょう。

 

 

 

因みに、

「こういうことに

 人生のエネルギーを使いたいんだ」

ということが見つかれば、

 

その分野で大変なことに

挑戦しなければならなくなるでしょう。

 

 

 

どっちの道を歩いても

人生が大変なことには変わりがない、

ということです。

 

 

 

ただ、

「こんなことにエネルギーを費やして

 何の意味があるんだ」

と投げやりな思いにもなりながら、

大変な現実で、ひたすら

自分をすり減らしていくだけではなく、

 

 

 

 

 

この大変な現実は

いつ終わりがくるんだろうか、

と思いながらも、

 

大変なことに向き合う中で

心に灯りがともる瞬間を味わえる。

 

 

 

霊格が高くなればなるほど、

そのことの意味、ありがたみを

深く味わえるようになっていきます。