9月13日の夜に、
地球を内包する宇宙意識が
変わり、
 
 
 
宇宙と繋がる方
宇宙からのエネルギーを流せる人とは
どのような方々なのか、
改めて確認が行われました。
 
 
 
 
 
その結果として、
5月以降に
宇宙エネルギーと切り離された方々の中で、
「宇宙エネルギーと繋がり直した」
という方々が増えました。
 
 
 
以前は、
スターシードであることが
宇宙エネルギーが流れる
基本的な条件で、
 
スターシードの中でも
覚醒度合いが低ければ
エネルギーが流れませんでした。
 
 
 
 
 
ですから、
エネルギーが流れていた方々は
2割程度(もっと少なかったかも)と、
非常に少なく、
 
その2割の中でも
繋がりの弱い方も多かったり、
 
また、繋がっていない8割の方々から
エネルギーを奪われたりして弱る現象も
多々起こっていて、
混沌としていたんです。
 
 
 
 
現在は、5割程度に増えています。
 
 
 
 
さて、
「地球を内包する意識が変わった」
というのは、
 
言ってみれば
「地球管轄の上司が変わった」
ようなものです。
 
 
 
新しい上司が、
地上・人類のすべてを見渡し
(人類のすべてと意識を繋げよう
 (エネルギーを流してみよう)と試みて)、
 
今後、どのような方々に
エネルギーを流していくのか、について
 
改めて、方針の見直しが
行われたわけなんですが、
 
 
 
その結果、方針は修正され、
今は約半分、人類の5割程度に
エネルギーが流れることになりました。
 
 
 
 
 
「エネルギーと断絶していた人が
 繋がりなおした」
 ケースもあれば、
 
 「これまで、
 細々とエネルギーを受け取っていたのに
 今回、
 決定的にエネルギーと断絶した」
 というケースもあります。
 
 
 
 
 
こうした宇宙エネルギーとの断絶現象について、
よく「選別」という言葉が使われているのを
聞きます。
 
 
 
 
 
「選別」ときくと、
神様が、神と繋がるに値する人間を
選んでいるかのような
聞こえ方ですが、
 
 
 
真実は逆で、
 
人間の方が、
神と繋がるか繋がらないかを
選んでいます。
 
 
 
 
 
昔は、
神と繋がらないことを
選んだ人間に対しても、
 
絶えず、
神からの呼びかけがなされていた時代も
ありましたが、
 
現代は、
「神と繋がらない」を選択した人たちに対して
「繋がろうよ、繋がったほうがいいよ」
という神からの呼びかけは
なくなっているために、
 
 
 
厳しめな言葉が
スピリチュアル情報の発信で
溢れているのでしょう。
 
 
 

 

神と繋がりたくない人たち

 

 
「人間の方がが
 神と繋がるか繋がらないか
 を選んでいる」
と言いましたが、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今回の見直しの中で、
重要視されたポイントの一つが
 
「自分を顧みる」ということでした。
 
 
 
 
 
自分の在り方について、
 
「自分の想い(思い通り)を実現するのに、
 自分は、どう在ればよいのか?
 自分は、そう在れているのか?
 在り方を変えなければならない点はないのか?」
 
という視点で、
 
「○○さんがこうしてくれたらいいのに」とか
「社会が、○○だから、むり」
ではなく、
 
 
 
自分の在り方に目を向け
自問自答する意識を持っているかどうか?
 
(※注意※
 「ああ、だから自分はダメなんだ」
 と自責することは、
 自分を顧みる行為ではありません。
 
 「他人のせいにする」も
 「自分のせいにする」も
 両方とも 自分を顧みる行動ではないんです。)
 
 
 
これは、自分自身に向けられる意識の在り方
ですね。
 
 
 
 
 
もう一つは、他者に向けられる意識の在り方も
ポイントの1つでした。
 
 
 
 
 
他者と関わる行動、社会と関わる行動について、
「損得勘定がエネルギー源になっていないかどうか?」
 
 
つまり、
「他者から自分が得るもの」
「社会を利用して自分が得すること」のために、
が、
行動の動機になっているのか、
 
それとも、
 
他者を楽にすること
社会が円滑になること
などが、行動の動機になっているのかどうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「神と繋がらない生き方を選んだ人」は
 
他者のこととか、
社会が円滑になるとか、
 
潜在意識の世界、宇宙、神とか
目に見えないものを意識しながら
自分を顧みる、って、って面倒くさ~、
 
(それでお金稼げるわけじゃないし)
 
と、思ったわけです。
 
 
 
 
 
 
 
それで、神と繋がらないことを選択した人たち、
(神と共に生きないことを選択した人たち)は、
どうなるのか?
 
というと、
 
人とだけ生きていくことになります。
 
 
 
 
精神的な支えや
肉体的な支え、生きるためのすべてを
自分や他人から
手に入れようとする意識で生きる人
となるわけですね。
 
 
 
彼らの言い分は、
目に見えない神の存在は信用ならないので
目に見える人だけを頼りに
生きなくては
というようなところではないでしょうか。
 
 
 

 

 

すると、

目先の利益をもたらしてくれる人との

繋がりを守らなければ、と思うので、

 

自分に利益をくれる他人の言うことを

嫌でも「聞かなければ」不安になるし、

 

 

 

結果として、

利益の交換をする人間関係で

プライベートも仕事も埋め尽くされて

いくことになります。

 

 

 

それでも、

自分が誰かに利益を提供できる間は

自分に存在価値が感じられ、

楽しく生きていけると思うのですが、

 

 

年老いて何の利益も提供できない存在へと

自分の影響力が弱っていくのを感じたとき、

 

「自分は老いた」と感じ、

さらに老いていくことへの怖れや焦りが大きくなり始め、

 

 

 

結局、誰かを幸せにすることもなく、

自分が幸せになることもなく、

死を迎えることになる

 

 

 

のだそうです。

 

 

 

※「誰かを幸せにすることもなく、 

 自分が幸せになることもなく

 死を迎える」

という表現は、

宇宙意識からのメッセージにあったものです。

 

 

 

 

そんな方々は、

自分が誰かに

利益を提供できている時期に

自分に死が迫れば、

「まだまだ生きたい。

 こんなところで死にたくない」

と未練が残るでしょうし、

 

自分が誰にも利益を提供できなくなって

みじめな気持ちになった後に

死が迫れば

 

「このまま、みじめな存在のままで

 死にたくない」

 

と、死を忌み、死を恐れる感情を

持ちながら晩年を迎えることになるのではないか、

と思います。

 

 

 

 

 

とはいえ、

晩年に自分が何を感じるのか、

 

ということは、50代より

若い方々には想像しがたいことですし、

 

今の自分の生活を

よりよくしよう、という発想だけで

頭が精一杯だと思いますので、

 

 

 

彼らにとっては、

晩年について考えることが、

神と繋がる重要性について

考え直すきっかけにはなりません。

 

 

 

 

 

また、

神と共に生きていく人々というのは、

 

自分のご利益のために神にすがる人ではなく、

 

 

 

宇宙意識が大切にしていること

宇宙意識が思い描く世界とは、どんな世界なのか?

ということについて

 

情報を受け取ろうと、

神に意識を向け

(自分の心の内を顧みて)、

 

その世界を、物理的に具現化させるために

自分の肉体を使って行動したり

自分の人生の時間を

そのために使ったりしようとする人たち

のことです。

 

 

 

 

 

それを自ら求める人が

「神と共に生きていく人」であって、

 

他人から言われて

「そんなに言うなら

 やってあげてもいいよ」

という方々は、

 

神と共に生きていく人には

なれないんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日常生活の中で、

様々な人たちと関わることになると思いますが、

「人と共に生きている人」が相手の場合は

 

あなたは、

相手にとっての利益を提供する人としか

認識されていませんから、

 

それ以上のエネルギー交換などを

求めないように意識すると、

人間関係が円滑にいくと思いますし、

 

 

 

 

 

相手が、自分を顧りみたり

神さまが描く理想の世界とは

どんな世界なのか?

 

模索し、

その理想を共有して生きること

を求めている方であれば、

 

その模索について、

話に華を咲かせ、

愛や感謝、

意欲や活力、

希望のエネルギーを

循環させることを意識すると、

 

よい時間を共に過ごせるようになる

と思います。


 

宇宙の意識に
新たな変化が起こりました。
 
 
 
 

 

それに伴って

どのようなことが起こるか、

予想されることについて、

お話します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天の川銀河の魂たちには、

長きに渡る「光 VS 闇」の闘いの歴史が

残した、感情の葛藤が刻まれ、

 

 

 

その歴史の中でつくられてきた

特定の魂のグループに対してや

特定の魂に対して

敵や仲間という感情を抱くカルマが

引き継がれてきました。

 

 

 

 

こうした仕組みが

わたしたちの「潜在意識の基礎」にはあり、

 

宇宙の記憶を魂にもつものは、

その体験から湧き上がる想いを

抱きながら地上の人生を生きる、

 

ということから

逃れることができませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その関係性のカルマが解消され、

現実に影響を及ぼさなくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、

これから地上でつくられる関係性のカルマは

魂に刻まれる可能性があります。

 

 

 

 

 

これまでの

「光 VS 闇」の闘いのなかでうまれた関係性

のカルマが一旦、リセットされる、

ということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、

今後、皆さんの人間関係に

トラブルが起こる可能性があります。

 

 

 

 

 

今までの相手との関係性からすると

信じられないようなことも

起こるかもしれません。

 

 

 

宇宙や地上での

「光 VS 闇」の関係性のカルマがあるために

続いていた人間関係のうち、

 

あなたの意識次元と、

相手の意識次元がズレている人間関係は、

破綻を迎えることになります。

 

 

 

 

経験を共有する理由がなくなるからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破綻した方がいい人間関係が

「光 VS 闇」の関係性のカルマによって

腐れ縁となっている方は、

 

縁を切る好機です。

 

その場合は、

相手の意識次元と

自分の意識次元に差をつけるようにしてください。

 

 

 

 

 

(意識の次元に差をつける

 って、意味がよく分からない人も

 多いと思いますが、

 

 直接、お話しないと

 文字情報で説明するのは難しいので

 悪しからず・・・)

 

 

 

 

 

これから、あなたの周りで起こる

人間関係の背景に、

 

どのような意識現象が

因果として隠れているのか、

 

理解するのに、

お役に立てば幸いです。

 

 

 

先日、

 

魂から湧き上がる感覚や

直観のすべてが

 

神から流れてきた意識ではない

 

 

 

という話をしましたが、

 

 

 

 

 

もう一つ、大切な話として

 

「闇」=「悪魔」ではない

 

ということがあります。

 

 

 

 

 

多くのスピリチュアル・リーダーが

 

 

 

「闇の存在」を悪のように言い、

 

「これから世界は光の世界へと変わっていく」

 

という発信を

山ほど見たことがあるのですが、

 

 

 

今の世界の変化をみていて、

光の世界へ変わっていっている

ようには、とても思えません(笑)。

 

 

 

 

 

おそらく、

宇宙の歴史や摂理を正確に理解していない、

 

もしくは、

 

宇宙の摂理とは関係なく、

「信じたい世界」がある方々が

発信しているのではないか、

 

と思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「闇」=「悪魔」ではない

 

という話に戻ります。

 

 

 

闇の意識には、

堕天する前と、堕天した後の

由来があり、

 

 

 

悪魔と呼ばれるのは

闇の感受性をもつ存在の一部が

堕天した後の意識についてのみ

言われる呼称です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要するに、堕天する前の

純粋な「闇」という性質は、

神を構成する一部であって、

 

 

 

そこには、

 

「神の子を苦しめる」

「神の計画をぶち壊して

 神でないものが創る世界を

 実現する」

 

という不純物のカルマは、

くっついていないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、堕天する前の闇は

どんな意識だったのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

それは、

「精神が安まる」

「自分の内側に安らぎを見出す」

「祈りや精神集中の力が高い」

 

「弱者や仲間を守りたい欲求が強い」

「同胞想い」

「気高さや誇りを大切にする」

 

 

 

 

癒しや祈りは、

光の波動だと思われがちですが、

 

実際には、闇の意識を継いでいる人の方が

深い癒しや

強い祈りを行う力をもっています。

 

 

 

 

というか、そういった力を

闇のエネルギーと知らずに、

闇を嫌悪しながら遣っている方も多いため、

 

他人を癒す力は高いのに、

自分を癒すことができない、

という方を多くおみかけします。

 

 

 

※自分の一部を否定し

 拒否しているからです。

 

 

 

 

 

 

あなたは、自分自身の中に

どのような光のエネルギーを持ち、

どのような闇のエネルギーを

持っているでしょうか?

 

 

 

これを知るには、

スピリチュアル的な

魂の歴史と知識の学びが必要となりますが、

 

 

 

このブログの初期から

少しずつお話してきた

天の川銀河系の歴史は

それを知る役に立つでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光には

光の歴史からうまれた

光のカルマがあり、

 

闇には

闇の歴史からうまれた

闇のカルマがあります。

 

 

 

 

 

光や闇の歴史から生まれたカルマは

 

今世の人生に

 

インナーチャイルドや

感情のパターン

人間関係のパターン

 

としてあらわれていて、

 

 

 

 

 

ライラも、お客様の

パターンをみることで、

その方の魂のルーツを見分け、

 

そのルーツの在り方によって

アプローチが変わっていきます。

 

 

 

魂のルーツが分かれば、

その方の心に起こる癖の因果が

性格に理解できるからこそ、

 

ピンポイントで効果的なアプローチが

できるようになります。

 

 

 

 

 

あとは、それを昇華する潜在意識ワークを

行う。

 

 

 

こうした地道な実践を繰り返すことによって

意識は自然と拡大し、

霊格が上がっていきます。

 

 

 

 

 

 

スピリチュアル的な真実を知るのに
「選ばれし存在」

になる必要はありません。

 

 

 

地道なワークによって

意識が拡大し、

腑に落ちるスピリチュアル的な真実が

増えていく。

 

 

 

そうやって、

神と共に生きる道が

自然とつくられていくのです。









 

闇のエネルギーを恐れることはありません。

 

むしろ、あなた恐れていないかどうか、

チェックして、

恐れているなら、ワークの実践法を知っている方に

教えてもらって

ほどいてもらう必要があります。

 

 

 

逆に堕天陣営のエネルギーに影響されると

神から遠ざかることになります。

 

神と繋がる、ということは

どういうことなのか、

 

よく理解し、

命綱をしっかり持つ

 

ということに意識をむけていきましょう。

魂と繋がって・・・ 

宇宙の流れにのって・・・ 

 

生きる 

 

 

 

その実践方法とは何か?

 

 

 

よく耳にするのが

 

「直観に従う」

 

という言葉。

 

 

 

 

 

あなたも、

聞いたことがありませんか?

 

 

 

 

 

けれども、実際には

 

直観のすべて 

 

が 

 

神から流れてきたエネルギー

ではありません。

 

 

 

 

 

宇宙のスピリチュアルなエネルギーは

神だけの専売特許ではなく、

 

悪魔陣営も、

 

元は神からうまれ、

堕天した存在、

 

宇宙のスピリチュアル的なエネルギーを

遣えるのです。

 

 

 

 

 

けれども、

日本で、スピリチュアル

と言われているカテゴリーの中に

 

宇宙から降りてくる

スピリチュアルなエネルギーではない

エネルギーを扱うものもあります。

 

 

 

 

それは、

より獣的な「霊」のエネルギー世界のこと

です。

 

(幽霊とか動物霊、生霊、呪い、念など 

のエネルギー系統)

 

また、もっと身近な

目にみえないエネルギーは

人間の私利私欲が絡む

嫉妬や妬み、殺意などのエネルギー。 

 

 

 

 

 

これらの

目に見えないエネルギーはすべて、

心で感じとることができ、 

 

「目に見えない情報」は、すべて

 

日本では「スピリチュアル」分野と

一括りにされています。

 

 

 

 

 

 

 

神からのエネルギーや

悪魔サイドからのエネルギー

 

は宇宙にもあるものなので

地上の人間からすると

上から降りてくる感じ

 

 

 

ですが、

 

 

 

生霊などを生み出す霊的エネルギーや

思念などは、

 

地表に漂い、

 

標高の高いところには

昇らない印象があります。

 

(※こっちのエネルギーは

   スターシードでない方も

    遣うことができます。)

 

 

 

このように、

 

宇宙的なスピリチュアル・エネルギーと 

霊的エネルギーや思念などは

 

エネルギーの種類として

感じ方に違いがありますが、

 

 

 

 

 

1個目の 宇宙的な

スピリチュアル・エネルギーの内で

 

神からのエネルギーなのか、

悪魔サイドからのエネルギーなのか、

 

というのは、

 

 

 

感じ方の違いによって

見分けることはできない

ように思っています。

 

 

 

双方のエネルギーについて

魂の経験として、

熟知しており、

 

なおかつ、エネルギーが

なぜ、そのような感覚となるのか

知識がある場合は

判別が可能と思いますが、

 

そのような方を

ライラは、

まだ、お見かけしたことがありません・・・。

 

 

 

 

 

つまり、

人々を、神から離れる方向へ

導くメンターも、

 

 「自分は神と繋がって

  宇宙情報を人々へ伝えている」

と確信しており、

 

 

「自分のしていることが
       魂の使命だ!」

 

と感じていることが多いのです。

 

 

 

 

 

 

驚きかもしれませんが、、、

 

「魂からの呼びかけ」は、

いつも神のエネルギーから来たもの

 

とは限らないのです。

 

 

 

 

これが、ライラが

 直観に頼ることを

  肯定しない理由です。

 

 

 

※「心に感じること」

   と

 「直観」は、

 

 ライラ語録では

 意味が違うので、悪しからず。

 

 

 

 

(この辺の詳しいことについては、

 アメンバー記事でお話することにします。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際のところ、

神から離れる方向へ

人々を導くメンターも、

 

一般の方々より

スピリチュアル的な知識は

豊富ですし、

 

能力も高く、

しかも、

俗世間的な事柄にも明るいため

 

地に足がついた

とても優秀な方であることが多いです。

 

 

 

 

 

もちろん、人としても

良識をわきまえ、

話が上手いので

 

頭がよさそうに見えますし、

 

さらに、異性としても魅力ある人が多い

気がします。

 

 

 

 

 

 

映画などでは

堕天使や悪魔の関係者といえば

 

如何にもな悪者イメージですが、

 

現実の世界では、

むしろ、

信頼のおける人物として

 

わたしたちの中に

交じっているのです。

 

 

 

 

 

何より、

ご本人に悪意がありません。

 

 

 

 

 

本人は、自分がしていることが

本当は、どういう意味を持つのか

知らないからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直なところ、

 神の道を歩くとか、

 スピリチュアル的な求道をしない人なら、

 

 そのような方を師匠として

 ついていく人生で

 

 よいのではないか

 とも思っています。 

 

 

 

 

 

なぜなら、

 

こういったメンターは、 

現世利益を追いかけることを 

手伝ってくれますし、

 

スピリチュアル的な実践を求める

 多くの方々が、 

 

スピリチュアルを

  現世利益を手にするための手段

 

として考えているからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで、

 

あなたは、

このブログを何のために

お読みでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このブログは、

現世利益がほしい方に向けて

 

書かれたものではありません。

 

 

 

 

 

もし、スピリチュアル的なことを

理解しても、

 

「願望実現ができるわけじゃないなら、

 知る意味ない」

 

と思う場合は、

 

お読みになるのを

やめた方がよいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スピリチュアル的な真実を

本当に学ぶなら、

 

それは、

自分にとっての価値観に照らし合わせて

 

よい自分とも、

悪い自分とも、

 

出逢うことになり、

 

 

 

 

 

気持ちのよい体験ばかりではありません。

 

 

 

 

 

真実、

 

つまり

「自分の すべて」 

に出逢った先に

 

 

 

あなたが今もっている価値観の

「よい VS 悪い」

の闘い

 

 

がなくなる平和

   が待っています。

 

 

 

 

 

 

あなたは、それが

 どういうことなのか知る過程で

 

現世利益への執着が薄れることを

 

望むでしょうか?

 

 

 

 

 

 

それとも、

 

稼ぎが上がり、

影響力が上がり、

人々に素敵な人だと思われる、

感謝される、

 

そんな未来を描きたいですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

現世利益を求める方への情報は

他のインフルエンサーの方々が、

溢れるほど発信してくださっていますので

 

そちらで

美味しい情報をたくさん

見つけることを

 

オススメします。

 

 

 

 

昔から、日本には

神々に感謝する習慣がありました。

 

 

 

子どもが元気に育つことが

難しかった時代の名残で

いまも七五三のお祝いがあります。

 

 

 

 

 

ライラは、もともと

生命科学の世界が専門でしたので、

七五三の習慣も、

 

科学的な見方で理解していました。

 

 

 

つまり、

栄養状態とか、

衛星面とか、

そういった環境が

昔は過酷だったために

 

子どもが生き延びるのが

難しかった。

 

 

 

という風に思っておりました。

 

 

 

 

 

亡くなられた三輪明宏さんが

「大人になるまで、無事で生きてきた

 というだけで、ものすごいことなんですよ」

 

ということを

よく仰っていましたが、

 

 

 

それも、

「そう思えない自分は若輩者だな~」

という風にしか聞けず、

 

恥ずかしながら

「無事に生きる」

ということを当たり前だと感じながら

人生の大半を過ごしてきました。

 

 

 

 

 

しかしながら、

いま、現実に

神と人との関係性を理解してみると、

 

この野生の世界において、

人が、災いなく生きている

そこに

神々の護りがないハズがない

 

ということが分かります。

 

 

 

 

 

天変地異、

 

災害、

 

人災、

 

これは、日本でも世界でも

頻発しています。

 

 

 

人々の心も荒れ、

異文化圏の外国人の流入もあいまって

信じられないような考えに基づいた

行動(犯罪)も

 

庶民、権力者、双方の間で

見受けられるようになりました。

 

 

 

 

いつ、わが身に

その火の粉がかかるとも分からない。

 

 

 

 

そのような世の中で

神と繋がっているか

神のエネルギーを受け取れているかどうか

 

は、大きな違いをうむのだ

と腑に落ちるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

むかし、むかし

ノアの箱舟で有名な大洪水がありましたが、

そのような災害級の天変地異によって

人類の大半が滅びたり、

街がなくなったり

文明が消えたりしたことは、

 

様々な物語や遺跡が

語るところです。

 

 

 

 

この乱世を生きるにあたり、

このような物語や過去の歴史は、

他人事ではなく、

 

今、まさに起こっていること

だと

と思わされるわけです。

 

 

 

 

 

そして、そのような出来事があったとき、

神々は、

何が起きるか、

どうしたらいいか、

 

しるしを伝えた人々がいて

 

一部は生き残った。

 

 

 

そのため、いまも

人類が地上にいます。

 

 

 

つまり、

箱舟に乗って助かったような方々のことですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライラも、

神のエネルギーから

切断されるような状態は

味わったことがありますが、

 

 

 

繋がらないことを選択している人たちは、

四六時中、

こんなに

心の中が荒れるような、

 

 

 

思考があちこちへ散り

心が、ひとところに落ち着かず、

Aを選択した未来

Bを選択した未来

それぞれを想像し、

 

また別の未来の可能性を模索し、

 

でも、Aの選択肢のデメリットや

Bの選択肢のデメリットに不安をふくらませ

 

よい未来を手にするには

どうしたらいいのか分からない・・・・・

 

 

と思い悩む状態なのか、

と

 

 

 

その過酷さに

なんともいえない気持ちになった

ことがあります。

 

 

 

 

 

心やすむ暇もなく、

 

何かに追いかけられて

走り続けるように

 

不安から逃げるように

スケジュールを埋め

 

刺激で埋め尽くす毎日が

延々とつづく人生・・・

 

 

 

 

そんな辛い人生

という思いになりますが、

 

不思議なのは

そんな状態から、

 

「抜け出したい」と

思わない人がいることです。

 

 

 

 

 

 

 

 

すると、

以前は、そういう次元にいた

という方が、

 

詳しく説明してくださいました。

 

 

 

 

その方曰く、

 

 

 

自分は、

そういう両親の元に生まれ育ったし、

そういう世界しか知らない。

 

だから、違う生き方があるなんて

思いもしたことがない。

 

「違う世界がある」

「違う生き方がある」と言われても

想像できない。

 

想像できないから、

信じられないし、

 

言われても気持ち悪い。

 

 

 

 

 

 

自分の現実から、

少しでも嫌な体験をなくすには、

 

自分の本音は押し殺して

周りの目を気にして、

他者の期待に応え、

少しでも役に立つ存在にならないと、

 

そうしないと、

いつ、自分に悪い出来事が降りかかってくるか

分からない、

 

それが、この世界の仕組みだと

思っていた。

 

 

 

 

 

そんな中で、

こんなことを言われても

ダウンダウンダウン

「世の中には、

 

 他者に合わせたり、

 他者の期待に応えたり、

 他者の顔色を窺ったりせず、

 

 自分の心と繋がって

 自分を尊重し、

 

 心かろやかに

 幸せに生きる方法がある」

 

と言われたとしても、

 

 

 

「なにそれ?

 なんかの宗教じゃないの?

 

 気持ち悪い。

 

 わたしは

 遠慮しときます」

 

としか思えなかったと・・・。

 

 

 

 

 

ですから、

本人が、道を求めるしか

神(心)と繋がる方法はないんです。

 

 

 

神々も、それは重々承知しています。

 

神々は、

「神の協力なく生きたい人々」を

強制したいとは思っていないし、

むしろ100%尊重する気でいます。

 

 

 

神と共に生きるのではなく、

私利私欲のために自分の周囲を利用し、

自然を搾取し、

生きることによって、

 

自分に何が返ってくるのか、

気づかず生きている方々に、

 

「それでは、あなたが困ることになりますよ」

と、囁くこと自体が

彼らにとっては煙たいし、迷惑なことなんだと

理解したのです。

 

(以前は、誰でも導こうとしていたのですが

 それは必要ないということを理解したんですね。)

 

 

 

 

 

ですから、
現在、神々と繋がって生きている人々も
布教活動はしていないハズです。
 
(つまり、布教しようとしている人は、
 繋がっていない人
 ということになります。)
 
 
 
 
ということは、
 
もし、真理を知りたいと思うなら、
自ら、探しにいかないと
 
これまで以上に、
真のメンターと巡り会うのが
難しくなっている、ということです。
 
 
 
 
 
※メンターに出逢いたい方は
 本気で、集中して祈りをあげてみてください。
 
 その祈りを聞き届けた意識が
 メンターとの出逢いを
 もたらしてくれるハズです。
 
 真のメンターは、
 あなたが求めているかどうかを
 見極めるステップを踏むハズです。
 

 


 

 

 

 

さて、前回の記事で

 

神の計画を

悪魔が壊したがった

 

というテーマで、

 

真理を語るような手口をつかって

スピリチュアルや

占術などを

教えるふりをしながら、

 

実は、真理から離れるような導き

をする人々を

堕天したものたちが創り出した

と、お話しましたが、

 

 

 

 

 

このような手口以外にも、

真理について語る言葉に

別の意味合いを上塗りすることで

 

真理が人々に伝播していかないような

小細工も行われてきました。

 

 

 

 

 

例えば「愛」という言葉を

支配や操作を正当化するために

使えるようにしたり、

 

「使命」や「魂」

「次元上昇」「新しい地球」

などの言葉を使うだけで

 

自分は神と共に生きている存在である

という目印になるかのような

イメージを流布させたりしました。

 

 

 

 

 

真に神と繋がるものであれば、

これらの言葉を遣わずに、

本質を伝えることができるのですが、

 

真のスピリチュアルリーダーが

新しい言葉を使って

丁寧に説明する度に、

 

その新しい言葉に

別の意味が上塗りされて

広められていき、

 

信仰の中身が別物へと変えられ、

世界へ広がっていきました。

 

 

 
 
信仰というのは、
 
団体やコミュニティーに入る、
 
ということではなく、
 
 
 
自分自身と神との関係を紡ぐこと。
 
 
 
つまり、自分自身と
自分の心の感覚の中にある
神から流れてきた想いに気づき
その想いを道しるべに行動すること
 
 
 
神から流れてきた想いとは何か?
それを知り、
 
その想いを道しるべに行動するとは
どういうことか?
 
 
 
考え続ける。
 
 
 
 
これが信仰であり、
 
誰かが発信している
神はこう言っている、という道徳規範を守れば
神からの恩恵が受けられるわけではなく、
 
 
 
神と繋がっている人の
言動をまね、
同じような行動をすることで
 
神と繋がれるわけでもありません。
 
 
 
 
 
インターネット上の発信や
日常で出会う、スピリチュアルに傾倒している方
 
彼らの言動の奥に、
 
道を求めようとする欲求があるのか?
 
それとも、
 
何か他の欲望や羨望が
その方に、そのような言動を
させているのか?
 
 
 
よくよく、視ようとしてみてください。
 
 
 

前回の記事からのつづき・・・

 

 

前回の記事 ダウンダウンダウン

 

 

 

前回の記事で、

 

「この世界の真実を知りたい。

 潜在意識の叡智を学びたい。

 

 

 

 という方、

 

 

 

 既に、その道を

 途中まで歩んできたような方は

 

 堕天した軍勢にとっては脅威」

 

というお話をしました。

 

 

 

 

 

優秀、有望、な人間こそ

天を欺くものたちにとって脅威となる、

 

この構造は、

古くから地上にあります。

 

 

 

 

 

例えば、古代エジプトでは、

ファラオという王様と

神官という権力者たちがいました。

 

表向きの最高権力者は

ファラオと呼ばれた王様です。

 

(日本では、ツタンカーメン王などが

 有名ですよね)

 

 

 

しかし、実際には、

ファラオは、

 

神官が思い描く

エジプト支配を実現させるための

駒に過ぎませんでした。

 

 

 

 

 

そして、エジプトの神官は

堕天した軍勢に属します。

 

 

 

 

 

ファラオの血をひく子ども

(ファラオの継承権を持つ子ども)が

賢明な魂をもち

スピリチュアル的な影響力をもつと

判断された場合、

 

(真の神と繋がることを

 希求できるような魂だった場合)

 

その子どもは、神官たちによって

病に追いやられたり、

毒殺されたりして、亡き者とされ、

ファラオに就任できるものは、

 

神官たちの言いなりとなり、

操り人形として使えるような

空っぽの器のものばかりだったのです。

 

 

 

 

 

これは、現代の政治の世界でも、

同じ現象が起こっています。

 

 

 

 

 

権力者の悪事を暴く政治家は

お金と暴力によって圧力をかけられ

命を狙われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本語には

「能ある鷹は爪隠す」

という言葉がありますが、

 

 

 

真の能力がある人は

それを殊更にアピールして

他人から承認されたい、という

承認欲求をもたない

 

ということもあるでしょうけれども、

 

 

 

 

 

現実的に

真に能力のある人が

その能力をおおっぴろげに発揮することは

危険が伴ったために、

 

必然的に、

そうせざるを得なかった

のだろうと考えています。

 

 

 

 

 

逆に「俺はすごい」と見せびらかしていても

その力が中途半端なものであれば

敵の軍勢に警戒されることもなく

安全であった、ということです。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

こんなことをして

堕天した軍勢が

何を目指していたか、というと、

 

それは、神を苦しめること

神の子らがつくる世界を破壊すること

でした。

 

 

 

 

 

 

神を苦しめるために

神の子らが苦しみや痛みに悶えることは

 

彼らにとっての正義でした。

 

(神は、自分の子らが苦しむことに

 耐えられない苦しみを受ける

 と考えたから)

 

 

 

そして、

その苦しみや痛みの中で

神の子らが、神を裏切り、

失意の中で、神との繋がりを絶つことを

決断し、神の子でなくなれば

 

堕天したものたちの勝利。

 

 

 

 

 

こうして、地上に

神と繋がるものがいなくなり、

 

或いは、

神と繋がるものたちの影響力が薄れ

 

地上が、神が計画した世界から

かけ離れていき、

 

神の計画がぶち壊されること、

 

 

 

これが実現すれば、

堕天したものたちの方が

神の力より強いと証明できる

 

神よりも強大な力をもっているのは

自分たちの方だと

 

神にみせつけることができる。

 

 

 

ということを

やろうとしたのです。

 

 

 

 

 

 

 

少し、補足説明をしますと、

 

地上に神が与えたもの

神がつくった世界といえば、

 

例えば、

空であり、太陽であり、水であり

大地であり、

植物であり、動物であり、

自然の循環そのものです。

 

これらは、特定の人々にだけ

多く与えられた、

ということはなく、

 

必要ならば

人々は、誰でもその恩恵を受けることが

できる状態になっていました。

 

かつては・・・

 

 

 

 

 

しかし、現代においては、

水は、浄水されたものを買わないといけないし、

食べ物も、仲介業者が流通させたものを買い、

土地は、誰の所有物かが争われるようになりました。

 

人類全体で

恩恵を共有しているものといったら

太陽くらいでしょうか?

 

空気も、季節や住む場所によっては

健康被害を受けるような状態になっていて

室内で浄化装置を使っている方も多く、

 

夏の暑さといえば、

冷房器具を使う経済力がないと

命にかかわる状態まできていますよね。

 

 

 

 

 

とにかく、

神がすべての人々に与えてきた

生きるための恩恵が

 

 

 

堕天したものたちの意図によって

一部の人間から購入しないと

恩恵に預かれないものへと

つくり替えられてしまったのです。

 

 

 

つまり、生まれた瞬間から、

わたしたちは

堕天したものたちへ繋がれた存在になるように

地上社会全体が

つくり替えられていったわけです。

 

 

 

 

 

それでも、神の力を

人から、すべて奪い去ることはできず、

 

このような社会の中でも

神と繋がるものたちはいました。

 

 

 

 

 

が、

神と繋がるもの=神の子 たちは

 

堕天したものたちの

攻撃対象となりました。

 

 

 

 

 

これは、物理的な戦いのイメージとは

まったく異なります。

 

 

 

 

 

スピリチュアル的な闘い

だからです。

 

 

 

 

 

他人事だと思って

読んでいるかもしれませんが、

 

人間であれば、誰もが

この闘いに参加させられています。

 

 

 

 

 

俗世間的に分かりやすく言えば、

こういうことです。

 

 

「ポテトチップスとアイスクリームを

 寝る前に食べたい心

   VS

 寝る前2時間は何も食べないルールを守る

 自制心」

 

 

 

これは、例としては

あまりにも、即物的ですが・・・。

 

 

 

例えば

「添加物がたくさん入っていて

 嫌だと思うけど

 安いから買いたいと思う心

 

   VS

 

 添加物なしで

 国産材料から丁寧につくられた

 少し高い商品

 食べたいのはこっち」

さて、どっちを選択するか?

 

 

 

という葛藤

 

 

 

例えば

 仕事のシフトで

 休み希望を出していて

 一旦は、休みになっていた日に

 人が足りないから「入って」と言われた。

 

「上司からの圧力を感じたり

 職場でいい人と思われたかったりして

 断れない気持ち

 

   VS

 

 いつも、こういうときに

 断れない自分に依頼がくる。

 都合よくつかわれる自分がいや。

 本当は断りたい」

 

 

 

というような葛藤。

 

 

 

例えば、

「世界一のデザイナーになりたい」

 という夢がある。

 

 でも、そう親に言ったら

「子どもみたいな夢をみるのはやめて

 真面目に勉強しなさい」

と、言われた。

 

 友達に言ったら

「おまえ、ばっかじゃねぇ~の。

  お前みたいな奴がそんなん

   なれるわけねぇじゃん」

と虐められて、

 もう、二度と夢なんて持たない、と

  志を持つことそのものに心が折れた。

 

 

 

 

 

誰にでも経験がありそうな

 

こうした出来事は

すべて

 

神の意識が人を導く力に対して

堕天した軍勢の意識が

 

人の子が神に導かれるのを阻止しようとして

 

意識の力で引っ張り合っている状態

なのです。

 

 

 

 

 

物理世界の現世利益を考えれば

 

どうしても、

神の導きに従うことよりも

 

堕天した意識が差し出す選択肢の方が

より安全な選択だったり、

楽な道だったりします。

 

 

 
 

「神の導きに従う」というのは

 

何も、

 

天から聞こえてきた

(気がする)

見知らぬ声に従って行動する

 

 

 

という怪しげな行為ではなくあせる、

 

 

 

むしろ、

自分の「欲」と

「心の本音」を聴き分け

 

自分の真の力を「信じる」ことなのです。

 

 

 

神との繋がりが切れるとどうなる?

 

けれども、

一度、誘惑に負けて

目先の利益に目がくらみ、

神との繋がりを切ってしまったら、

 

 

 

その人は、

自分に利益をくれる人の言うことを

永遠に聞き続けなければ

生きていけない存在となるでしょう。

 

 

 

なぜなら、そのような人の周りからは、

心でその方と繋がっていた方は去り、

 

徐々に、自分の利益のためにしか行動しない人に

囲まれて暮らすようになり、

 

その結果、

利益の交換をする人間関係だけが

その方の周りに残るからです。

 

 

 

こうして、

利益を与える力がより大きい人

=

権力者

 

の言いなりになる人間が

できあがります。

 

 

 

 

一年目は

気骨のあった政治家が

 

長年、政治家をやっているうちに

腐敗していくのは、

 

堕天した軍勢からの圧力によって

神との繋がりを絶たれるからであろう、

と感じています。

 

 

 

神の子とは?

 

 

「神」という言葉に抵抗がある方は

「天と共に生きるもの」

「宇宙と繋がる人」

 

などのように、翻訳しながら

お読みください。

 

 

 

神と繋がっているとき、

天と繋がっているとき、

宇宙からのエネルギーと繋がっているとき、

 

そのエネルギーは

心で感じます。

 

 

 

 

どのようなことを感じる心が

神と繋がっているサインなのでしょうか?

 

 

 

例えば、

 

・自分のことを知りたい

・真実を知りたい

・自分の心とも、他者の心とも、

   大切に向き合いたい

(心に誠実でありたい)

 

・損得勘定や私利私欲ではなく

  志を大切にしたい

・感動

・幸福感

・深い納得感

 

なんだか、文字にして書くと

まったく、

よく分からない内容ですねあせる

 

すみません・・・。

 

 

 

 

とにかく、

あなたが、自分の心に感じる

自分の感性と感じている感覚の中に

 

神や天、宇宙の意識がもつ感覚が

川のように流れ込んできて

 

あなたが感じ取っている、

 

というものがあるのです。

 

 

 

 

 

その感覚に繋がっているとき

あなたは「神の子」であり、

 

心が落ち着き、

大丈夫、

 

という感覚に包まれます。

 

 

 

こうした感覚には

「焦り」や「不安」が

混ざっていないのです。

 

 

 

感動とか、深い納得感を味わっているときって、

ただ、ただ、その感覚の中に

自分がすっぽり入り込んでいて

 

焦りとか不安がない状態に

なっていませんか?

 

 

 

 

 

普段、焦りや不安を感じることが多い人でも、

何かを体験して感動したときや

長年の疑問が晴れて

深い納得感を得た瞬間は、

 

その感動や

腑に落ち感だけに満たされて、

時がとまったような感覚に

なっていると思うんです。

 

 

 

 

天に歯向かう ということ

 

 

しかし、

堕天の存在たちは、

 

人々が、

このような状態になる時間が

できるだけ無くなるように導きます。

 

 

 

つまり、

 

心に感じる感動を探し求めるよりも

 

数字に残る成果を効率的に出すことを

求める方が

「自分の役に立つ」

と考えるように仕向けたり

 

 

 

不安や焦り、強迫観念に

追い立てられる生活に

疑問を抱かないようにしたり、

 

 

 

やりたいかどうかも分からないけれど、

とにかく「やらなきゃいけない」と、

自分を縛りながら生きる時間で

一日を埋め尽くすように導いたり、

 

 

 

いいことが起こってHAPPYになったり、

悪いことが起こってモヤモヤしたり、

そういった、

刺激に対する反応を繰り返すだけが

『人の人生だ』と思い込ませたり、

 

 

 

 

 

こんな風にして、

 

人々が、神と繋がるチャンスに

偶然にも出逢う、

という素晴らしい出来事が起こらないように

 

そのチャンスを潰し、

 

神と繋がった感覚が一瞬でも

訪れでもしようものなら

それは「一瞬の夢」に過ぎなかった

と思わせるように、

挫折を味わわせ・・・、

 

 

 

さらに、

神と繋がることを

確実に知っている人に対しては

 

この世界を生き延びるにあたって

「神と繋がることを

 周囲に啓蒙する」ことは

危険な行為だと

認識させるようにして

真の教えが伝播するのを封じ込める。

 

 

 

 

 

 

と、まあ、そんな風に

地上の人間世界は

 

神の計画を

悪魔が上塗りするかのように

 

 

 

というか、

 

 

 

神が土台を創りはしたが、

その土台の上で

 

「悪魔たちが神に勝つストーリー」を

必死に作り上げようとして

 

社会の仕組みを創り上げてきた

 

・

・

・

 

どちらかといえば、

この社会は

 

むしろ「悪魔の汗と努力の結晶」

といえるかもしれない

 

そんな世界で、

わたしたちは生きているのです。

 

 

 

 

 

堕天・陣営の皆様、
大変、お疲れさまでした。
 
 
 
 
 
いま、悪魔の末裔である
堕天・陣営の意識の大元は消滅し、
 
残っている堕天の意識は、
人々の心の中だけです。
 
 
 
 
 
人々の心の中に残っている、
ということですから、
 
わたしたちは、
 
この世界を変えていくために
やらなければならないことがあります。
 
 
 
まず最初に、個人個人の
精神の中で繰り広げられている闘いを
整理していくこと。
 
 
 
そして、社会の仕組みを
整理していくこと。
 
 
 
 
 
それができるのは、
そんなに多くの人ではありません。
 
だからこそ、
「自分は神と繋がって生きる」
という意思を持てる方は、
 
一人残らず、
「新しい世界の創造とは何か」を学び、
 
その実践を
あなたの現実を創ることから
始めていただきたいのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、
神との繋がりが切られると
どうなるのか?
 
ということについて、
「魂をもつものが
 魂を失うとどうなるのか?」
 
という表現の仕方で、
 
説明してくれている動画が
ありましたので、
 
参考までにご紹介させて頂きます。
 

 

 

 

 

世間の常識に違和感を感じる。

 

心に問うて、

「善し」と思うことに

反することはしたくない。

 

 

 

心に嘘をつかず、

つまり、魂の本音に基づいて

輝きたい。

 

 

 

 

 

そう願ったとして、

実際、

どういう風にしたら

そんな生き方ができるんだろうか?

 

 

 

 

と思って

道を模索する方々には、

その道に出逢っていただきたい、

 

と、切に願うわけですが、

 

 

 

 

現実には、なぜか、

 

まがい物の教えに心酔してしまう方、

知らないうちに変な方向へいってしまう方

 

 

 

つまりは、

道を外してしまう方が多いことを

疑問に思っていました。

 

 

 

何故なんでしょう?

 

 

 

 

しかも、

正しく導かれるために

物事の真偽を見定める審美眼を身に着けても

 

やはり判断を誤ってしまう、

とうい事態がたくさん起こっているんです。

 

 

 

メンターの間違え方

 

スピリチュアルなことに関心はあるけれど、

まだまだ全然知らない。

 

自分で悟りに至っていない。

 

という場合、

 

 

 

 

 

スピリチュアルの世界について

知っている人から

何かヒントになることを

学ぼう

と思うのが一般的です。

 

 

 

そういう人を見つけるのに

今は、

そういう情報を発信している人、

ということに、

 

自然となると思います。

 

 

 

だって、学びたいんですから、

まずは、

自分よりも詳しく知ってる人を探さないと・・・、

 

って、考えるじゃないですか。

 

 

 

 

 

そこで、

 

例えば、スピリチュアル

例えば、占星術

例えば、心理学

 

など、

 

 

 

みえない世界について語りながら

「人々を導く」というお仕事をしている方の

SNS発信やブログなどで

入門編を学び、

 

 

 

自分の感性に響くもの

この人の言ってること

気になるな、

 

というものを

定期的に読む、聴く、見るようになり、

だんだんと、

その方に直接会って話を聴く、

ということに興味を抱くようになる

と思います。

 

 

 

 

 

そして、いつしか

そうやって流れてくる情報だけでは

満足できなくなり、

 

やがて

講座やセミナー、

セッションの受講など、

 

もっと深く学ぶことを

検討することになると思うんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのようなメンターのような方々から

一方的に流れてくる情報発信を受信するタイミングで

 

 

 

発信者が

「真のメンター」なのか

「偽物」なのか、

判断する必要があると思いますが、

 

 

 

しかし、

 

 

 

初心者の人間が

優れた先生を見分けるのは

至難の業だと思いませんか???

 

 

 

だって、その分野について

知らない人が、

より知っている人の良し悪しを分かろう、

 

ということなんですから。

 

 

 

 

 

 

そこで、今日は、

1つだけ

分かりやすい指標を

お伝えしたいと思うのです。

 

 

 

それは、そのメンターが

「お金について、どう語るか?」

という指標です。

 

 

 

 

 

人は、自分にとって

潜在意識で「重要視」していること

について

 

何度も、何度も

口にする癖があります。

 

もちろん、その人の態度や行動も

その「重要視」していることを軸に

動いていきます。

 

 

 

 

 

なので、いくら

「お客様のことを想って」

という枕詞をつけていても、

 

お金の話をする人にとって

重要なのはお金なのです。

 

 

 

 

 

例えば、こんな話があります。

 

 

 

 

近所に、個人事業主として

活動している方がいて

 

その方は、

「いまは子どもが小さいので

 個人事業主だけど、

 子どもがもう少し自立したら、

 サラリーマンに戻ろうと思ってる」

と仰っていました。

 

 

 

理由は、子どもが大きくなれば

学費などが必要になるし、

やっぱり、お金がないと・・・

ということだそうです。

 

 

 

これって、つまり、

下記のように翻訳できると思うんです。

 

「今は、お金よりも

 子どものそばにいる時間が大事だけど、

 

 子どもが大きくなったら、

 

 時間を売って

 お金を稼ごうと思ってる」

 

 

 

時間=人生 なので

 

時間を売ってお金を稼ぐ、

 

 

 

ということは

人生を他人に売る、

ということになると思うんです。

 

 

 

 

 

このご近所さんと話していると、

「お金は、

 自分の何かを誰かに差し出さないと

 得られないもの」

 

とか、

 

その差し出すものが

「相手の得になる」

と、

相手が思ったときに初めて

相手から自分に

お金が支払われる

 

という観念をお持ちなんだな~

と腑に落ちました。

 

 

 

 

 

お金を重要視するメンターたちも

基本的には、

この方と同じロジックで

お金について考えていると思います。

 

 

 

 

 

たとえば、メンターが、

セミナー、セッション、講座を

見込み客に提案するとき、

 

 

 

お客様にとって

"「金額的にお得」な提案です"

 

お得だから、

「今」

ご購入ください。

 

お得だから、

「他のメンターではなく、わたしから」

このセミナーをご購入ください。

 

お得だから、

「単発ではなく

 複数回の一括払い」

をお勧めします。

 

 

 

 

 

と繰り返し

仰るメンターは、

 

「お得だって

 分かったら、

 

 あなたは、わたしに

 お金を払うハズ」

 

という観念を

持っているハズなのです。

 

 

 

 

たとえ、

 

「自分は、○○を使命だと

 思って活動している」

「お客様を幸せにしたい」

「幸せな人を増やしたい」

 

という
そのような活動をするに至った動機を

熱く語っていたとしても、

 

それを語る理由は、

自分の商品の価値を崇高なものにすることで

金額と比較して、

『お得感』を演出するためです。

 

そのメンターが

無意識に興味をもっているのは

 

 

 

 

 

自分の手元に支払われるお金

ということなんです。

 

 

 

 

もし、そのメンターにとって

 

「自分は、○○を使命だと

 思って活動している」

「お客様を幸せにしたい」

「幸せな人を増やしたい」

 

こちらのほうが

重要度が高いなら、

 

 

 

この想いを繰り返し語り、

この想いに共感できるお客様を

集めることにフォーカスするハズなのです。

 

(お金払ってくれるかどうかに

 着目するよりも)

 

 

 

 

 

 

 

お金を大事にするメンターの方は、

お金を払う前のお客様に

一番、エネルギーを注ぎます。

 

 

 

 

 

それで、お金が一端

支払われたら

 

熱が冷め、

 

 

 

 

 

すべてのお金が支払われた後に始まる講座は

 

なんだか、期待していたより

薄っぺらくて軽いもの

な気がする

 

という違和感が

ふつふつと沸いてくるようになる。

 

 

 

 

 

「お客様への貢献」を

口にしていたとしても、

 

その目的が

「お金を受け取るため」

 

であれば、

 

 

 

つまり、

「自分がお金を受け取るための

 他者への貢献」

という心の姿勢がメンターに

あるのであれば、

 

 

 

 

 

「真の学びを得たい!」と思っている人の

心を満たすことはないのです。

 

 

 

 

 

メンターを間違えないために

 

とはいえ、実際に、

 

真のメンターを見抜くのは

なかなか難しい問題です。

 

 

 

 

 

なぜなら、

 

たいていは、

お客様の方だって、

学びが進んでいない状態なので、

 

お客様の方にも

私利私欲が大きい状態だからです。

 

 

 

 

 

私利私欲が大きいお客さまが

何を基準に、

お金を支払うかを決めるかって、

 

 

 

より「お得」に、

自分は「損」をせずに

自分に必要なものを手に入れたい、

 

という基準です。

 

 

 

つまり、

 

「よい情報を

 できるだけ安く手に入れたい」

 

という損得勘定が基準になるのです。

 

 

 

 

 

 

であれば、

 

こんなに素晴らしい講座が、

他では手に入らない講座が、

本当なら、

もっと高いお金を払わないといけない講座が

 

 

『今だけ安い値段で受けられる』

って言われたら、

 

それは、

「天に背中を押されているのかも」

って、勘違いしてしまう

 

という仕組み。

 

 

 

真実にみえるメンター

 

それでは

『お得』をアピールしたり、

 

お金について

くどくど語らない真のメンターは

 

 

 

何について語るんでしょうか?

 

 

 

人は、自分にとって

潜在意識で「重要視」していること

について

 

何度も、何度も

口にする癖があります。

 

もちろん、その人の態度や行動も

その「重要視」していることを軸に

動いていきます。

 

 

 

 

 

この法則を

 

ぜひ、

 

どこかにメモして

覚えておいてください。

 

 

 

 

 

この法則に従って

 

メンターが、どんな言葉を連発するか?

 

について観察してみると、

表面的な事柄に

惑わされにくくなります。

 

 

 

 

 

天の道へ近づくには

段階があるので、

 

どの段階にいる人を

サポートしているメンターかによって

『連発ワード』は変わってくると思います。

 

 

 

けれども、一般的な話としていえるのは、

「心」

「魂と繋がること」

「志」

 

 

 

また、自分が

その活動を通して

 

何を為したいのか?

 

という魂にある想い

 

 

 

について

 

繰り返し

 

語るでしょう。

 

 

 

 

 

 

こういったことを繰り返し語りながら

 

それが

「あなたにとってお得だから」

という文脈を使わない。

 

 

(一度や二度は言うかもしれませんが、

 それは商品説明の類としての

 意味をもち、

 

 強く印象に残すような

 話し方はしないハズです。)

 

 

 

 

 

そもそも、お金を払うだけで

真実が知れるなんて

 

既に、超破格の待遇だということを

真のメンターは

知っているのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

この観念を意識に持っているメンターは

それを言語化せずとも

必要とするお客様に伝えることができます。

 

 

 

 

 

このようなメンターは

あなたを真に導いてくれる

かもしれません。

 

 

 

それでも、メンターを間違える

 

こういったことを

踏まえておけば、

 

次は、

メンターを間違えずに選べそう

 

な気がするのですが、

 

 

実際には、

やっぱり間違えちゃう方が

多いんです・・・ガーン。

 

 

 

 

何故なんでしょう?

 

 

 

 

と、思って探っていましたら

 

やっと腑に落ちる

答えが見つかりました。

 

 

 

 

それは、

かつて、天に反旗を翻し

天に仇なす存在となったものたちの末裔

(分け御霊)たちが、

 

この世界に仕掛けを残していたからです。

 

 

 

 

神の子を騙すためのメンターの創造は
悪魔によってなされた

 

 

この世界の真実を知りたい。

潜在意識の叡智を学びたい。

 

 

 

という方、

 

 

 

既に、その道を

途中まで歩んできたような方は

 

堕天した軍勢にとっては

脅威です。

 

 

 

 

だから、有望な方ほど

未熟な段階で

大きく成長する芽を摘んでおきたい

のです。

 

 

 

 

 

しかし、そういった

ある程度の審美眼を持つ方が

 

 

 

真のメンターと

偽のメンターを

間違えるためには、

 

 

 

偽のメンターが

真のメンターに限りなく近く見える

仕掛けをつくる必要がありました。

 

 

 

 

 

そこで、

 

スピリチュアル的なことに未熟な方でも

魂に刻まれた個人の使命など、

産まれる前の潜在意識の計画が分かるツールが、

いくつも、つくられたのです。

 

 

 

占星術

数秘術

リーディング

など、

 

いわゆる、占術といわれるもの一般です。

 

 

 

 

 

 

こういったことを教えてくれるメンターは、

 

頻繁に、

 

天の意思や、宇宙意識、

魂と繋がること

魂がもつ使命、運命

 

などについて語るのです。

 

 

 

 

 

人は、自分にとって

潜在意識で「重要視」していること

について

 

何度も、何度も

口にする癖があり、

 

その「重要視」していることを軸に

態度や行動が変わっていく

 

 

 

 

 

わけですが、

こうした方々は、

お金の話よりも

 

天の意思や、宇宙意識、

魂と繋がること

魂がもつ使命、運命

 

について、語ることが多く、

(お金についても語るけど)

 

自分の状態が整っていないときには

ふぅ~っと、

引き寄せられる魅力を持っているんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、なぜ、占術が

天の意図に反するのでしょうか?

 

 

 

 

それは、人が

自分自身と繋がることをやめ

 

占術を神のように崇めたり、

占い師のいうことを信じたりするように

仕向けることができるからです。

 

 

 

(つまり、そのような

 方向に仕向けなければ、

 占術は、よきツールになり得ます。)

 

 

 

なぜ、そう仕向けることができるのか?

 

というと、

 

 

「占い師のところに行けばいい」

 

「○○という占い結果が出た」

 

「自分の運命は、○○だ」

 

 

 

と、

自分以外の何かに

自分の人生を任せる心の姿勢

 

を育ててしまうツールに

なり得るからなんです。

 

 

 

 

 

 

もしかしたら、

宇宙の真実と繋がれたかもしれない人材

神と繋がれたかもしれない人

 

占いで紐解かれた運命や

占いそのもの

占い師に

 

自身の人生の舵取りを任せてしまうと、

 

 

 

 

 

その方は、もはや

真実の追求を求めなくなります。

 

 

 

 

 

このような状態へと

人々を導くのが

堕天した存在の

目的だったんです。

 

 

 

 

 

絡め取られるのは、

宇宙と繋がる力のある人材

だったり・・・

しますえーん

 

 

 

 

 

真実を追求する人間に、

 

真実を追求する道を

途中まで歩ませ、

 

 

 

道半ばで、

「欲しいものは手に入った」

と錯覚させ、

 

本人自ら、

神へとつづく道を走る列車から

下車するように仕向ける。

 

 

 

 

 

という計画に沿って

つくられた意識がある、

ということなんです。

 

 

 

占術の正しい使い方

 

占術が、

神と繋がるためのツールとして

使われるためには

 

 

 

 

※占術を仕事や生活に役立てている方は、

 ここから、しっかり読んでくださいねあせる。

 

 

 

 

占術によって出された

ヒント、キーワード、標(しるし)を

道しるべとして

 

 

 

心に、どんな感覚が

湧き上がっているのかを

紐解いていく作業が必要となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真のメンターは

占術の知識のみを

神のように崇めるのではなく、

 

占術で出た標(しるし)を元に、

 

その標(しるし)を出した意識と繋がる方法や

その意識と繋がって

 

その標(しるし)の真の意味を

解読する方法を

教えてくれる先生です。

 

 

 

 

 

つまり、同じ標(しるし)が出ても

一度として、同じ意味として

読み解けるわけではない。

 

 

 

 

 

標(しるし)=占いの結果

をもとに

抽象度の高い意識情報を理解し、

 

そこから

 

抽象度の低い

現実に運用可能な情報へと

情報の次元を下げていく方法

 

これを教えてくれるのが

真のメンターなのです。

 

 

 

 

 

 

なぜ、占術が必要なのか?

 

 

 

それは、意識に漂う

膨大な情報の中から、

 

今の自分に必要な情報が何なのか、

何にフォーカスすればいいのか

 

分からないのが人間だからです。

 

 

 

 

特に、自律神経系のバランスがくずれ

偏った視野をもっている状態

偏った観念をもっている状態では

なおさらです。

 

 

 

 

そこで、占術によって、

フォーカスすべき情報の的を

絞るのです。

 

 

 

しかし、的を絞ったあと、

そこから、

神の情報と繋がる作業は

 

自分の心(意識の力)を遣って

行われなければなりません。

 

 

 

その作業を面倒くさい
と思う方は、
 
占術を間違った使い方で
運用することになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、この構造は、

占術だけでなく、

スピリチュアル

心理学など

 

見えない世界を扱う

すべての業界でいえることです。

 

 

 

「見えない世界」を扱う業界には

偽のメンターがたくさんいますから、

 

だからこそ、

真のメンターを見極める目を

もつことが大切なのです。

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 

天は、人々に、

神に向かって歩いてきてほしい

と願い、

そのためのサポートをしています。

 

けれど、一方で、

人々を神から遠ざけるために

必死に画策してきた意識の陣営がいた

 

 

 

(ですから、もう誰が悪い

 なんて言えない世界ですよ(笑)。

 

 詐欺師の子飼いが人間で、

 

 その黒幕は、意識の存在とか

 宇宙人だったりしたわけですからねぇ)

 

 

 

 

というわけで、

神に繋がる道(心と繋がる道)を

求める人が、

 

単純に求める心の力だけで

その道を最後まで歩くのは

難しかった。

 

 

 

 

 
もし、あなたが

天と繋がる方法を

求めているなら、

 

その道を

たしかに見つけることを

願っています。

 

 

 

 

 

天と繋がるための

命綱、それは、前回の記事にも書いたように

 

あなたの心に感じる感覚です。

 

 

 

天から、人にエネルギーが流れているとき、

神仏からエネルギーが流れているとき、

宇宙からエネルギーが流れてきているとき、

 

そのエネルギーは

心で感じるからです。

 

 

 

このエネルギーを見分ける方法について

今後の記事で、書いていきたいと思います。

宇宙が変容し、

 

高次の意識が

新しく生まれ変わったいま、

 

 

 

その意識に連なる存在となるのか、

その意識から分断された存在となるのか、

 

 

 

両者の境目が

分かりやすく

現象として表れてきています。

 

 

 

 

 

創造のエネルギーを受け取り

豊かさが深まっていくのを感じながら生きるものと、

 

 

今すぐには苦しくならないけれど、

終わらない不安や焦りの中、

寿命が尽きるまでの数十年を

サバイバルしながら生きていこうとするものと、

 

 

その差が広がっていっていることに

おそらく、

後者の方々は気づかないと思います。

 

 

 

 

 

地上の生活において、

 

天から流れてきた

目に見えないエネルギーを受け取りながら生きるよりも

 

 

 

天との繋がりを無視して

俗世間でやりとりされる

目に見える価値あるものを蓄えることの方が、

 

 

よほど自分の人生を豊かにし、

役に立つ

 

と感じられる人が多いからです。

 

 

 

 

 

けれども、魂を持っている方は、

俗世間の常識を軸に生きていると、

 

必ず疲弊するし、

心身が健康に機能しなくなるし、

 

「なんで、こんなことになるんだろう」

と、生きづらい感覚になることを

免れることができません。

 

 

 

 

そんな方が、

心にも體にもゆたかさを感じて生きる道は、

ただ、ひとつ。

 

天と繋がる道を求めることです。

 

 

 

 

 

ここで「天」と呼んでいるものは、

「神」とか、「宇宙」とか、

そのような名前で呼ぶこともある

 

あなたの魂が

その肉体に入る以前、

そして、生まれ変わる前よりも

もっと、もっと昔、

 

魂が創造される前にいた

親御霊の、祖父母御霊を辿って行った先の

宇宙の深淵にある意識のことです。

 

 

 

 

 

天の道を歩く、

神仏と共に生きる、

宇宙と共同創造する、

 

 

 

 

色々な表現が存在しますが、

 

 

 

 

そもそも、

  • 天の存在は、どう感じたらいいのか?
  • 神仏はどこにいるイメージを持ったらいいのか?
  • 宇宙とは、どうやったら繋がれるのか?

 

 

というと、

それはシンプルに、

 

あなたの「心」が鍵になります。

 

 

 

 

 

天から、人にエネルギーが流れているとき、

神仏からエネルギーが流れているとき、

宇宙からエネルギーが流れてきているとき、

 

そのエネルギーは

心で感じるからです。

 

 

 

 

 

逆にいうと、

偽りのない心の感覚は、

すべて、

 

天とか、神、宇宙から流れてきた感覚であって、

 

何ひとつ、

あなただけに訪れた感覚ではなく、

 

すべて、大元からやってきた感覚なのです。

 

 

 

 

 

 

例えば、その心に感じる本音が、

 

「運動会を頑張るぞ!」

という感覚だったとしても、

 

「職場の理不尽な無駄なルールがあり得ない」

という怒りだったとしても、

 

「夕やけが美しいな」と

空を見上げた一瞬に感じた感動だったとしても、

 

 

 

 

 

あなたが自分で、

その感覚を創り出したのではなく、

 

その感覚は、どれも

宇宙の深淵から川のように流れてきて

あなたの心に流れ着いたエネルギーなのです。

 

 

 

 

 

 

その心の内に湧き上がる感覚が、

神や宇宙が感じる感覚から

自分まで繋がって得られる感覚なのだ

と実感できる方は少ないとは思います。

 

 

 

 

 

 

でも、そのことを知っていれば

どの感覚を頼りに、

人生の舵取りをしたらいいか

分かると思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、この世界には、

こうした感覚と切り離された世界で

生きている人たちが多くいます。

 

 

 

 

 

子どもの頃は繋がっていたのに、

大人になるにつれて

その繋がりを絶っていってしまった、

 

そんな大人もたくさんいますよね。

 

 

 

 

 

しかし、神々は、

神や宇宙から流れてきた感覚と

繋がる人々を増やしたいと思っています。