1978年4月28日金曜日 朝日夕刊だからまー今じぶんのものだ。

ちょうど40年前になるなあ。

ほぼはっきりと覚えているから人間の記憶たるや恐ろしいもの。

 

うちの母が(大正14年生まれ)昭和20年ぐらいに汐入の横須賀海軍病院に知り合いの

だれぞ(ナントカちゃんといっていたがおいらが知る由もない)

のお見舞いに行ったとき足のない人(といっても金属製の鉄棒のような義足を

付けて歩いていたらしい)が4人いたのをみたと昭和60年ぐらいに言っていたのと近いなあ。

(4人と云うのがリアルだったなあ)っ本当は4人どころか40人以上いたのではないだろうか?

この病院は今はアメリカ海軍の病院になっているが赤い横須賀海軍病院と縦書きの看板だけはそのままあるよ。

 

横須賀はいまも共済病院というのが2個あってこれはもともとの陸軍とかの病院がそういう名前に変わった

らしい。

なんでも軍関係だったんだなあ。

 

 

話を映画に戻そう。

さきに

「ドクターモローの島」だが、ロードショーは東劇、渋谷東急などの松竹洋画系中堅劇場での

公開で映画自体はよく出来ているのだがなぜか今一つヒットまでとは行かなかった。

広告ではSTチェーンでの2本立てロードショーだが、自分はもう少し前に横須賀東映パラスでみたのだが、

何と2本だったかがはっきり思い出せない。

 

間違っているかもだが「風に向かって走れ」=クリフ・ポッツとゾーチルの西部劇だったようにも思う。

「マッハ78」ではなかったことは確かである。(この映画もそこそこのヒットで横浜ピカデリーで1本立てだった。

アメリカ人とハーフの男性が主役だが英語は全く話せないという人だった。最後はポルシェを空に飛ばして

エンドと云うよく解らない映画であった)

 

しかしこの広告の映画は面白そうなものばかりである。

 

未知との遭遇(70mmの文字が小さい)=おいらは横浜東宝で70mm版で見た。

 

左端のマニトウは横須賀劇場ではクワイヤボーイズと2本立てだった。

メイン劇場はスバル座とテアトル銀座だったのか。

 

おいらの知った事ではないが、「「死亡遊戯」は新宿では

新宿アカデミー(グランドオデオン3F)のみの上映だったのか。(420人くらいしか入れない)

こりゃ毎回お立見になったはず。本物のリーは10分くらいしか登場しないがとにかく大人気

作品であった。

 

この映画、地方都市の横須賀でさえ、横須賀劇場(300席程度)でドアが閉まらぬほどのお立見大混雑だったのだ。

しかも地方だから「カタストロフ世界の大惨事」と2本立てだ。

東京、ましては新宿のように人が多い場所では更にいっぱいだったはず。

 

未知との遭遇も、ものすごいヒットしたからどうにも東宝系劇場の確保ができなかったんだろうね。

 

原子力潜水艦浮上せずには燃えよカンフーのデビッド・キャラダインがでていたから見たかったが、この作品結局

劇場では観ていない。