糸魚川 | 弦楽器工房Watanabe・店主のブログ

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旅先の糸魚川で見つけた相馬御風の自画賛(色紙サイズの肉筆作品を表装したもの)。
※表記と読みは、多分以下のようになると思います。⬇️
「元旦雪布る
今朝布里志雪尓つ計由久安志跡者古と志はし芽能安志跡尓し丁 御風戯」
「元旦雪ふる
今朝ふりし雪につけゆくあし跡はことしはじめのあし跡にして 御風戯」

御風は能書家の文士ではありますが、絵描きという意識はなかったため、自筆の絵に歌の文句を添える場合は「御風書」とせず、これは遊びのようなものだという謙遜の意を込めて「御風戯」と記しました。しかし絵が専門でなくとも、常日ごろ書家以上に墨書に深く親しんでいる人だけあって、この犬の肖像にもセンスの良い手慣れた雰囲気が出ています。
これは戌年の雪の元旦にしたためた書と思われ、表装もお正月らしい華やかなものです。おそらく町の誰かに渡すために半ば即興的に絵と歌を書いたのでしょう。署名の字の特徴から推すと(「風」が右肩上がりになっている)、時期は晩年の1946年ではなく一回り前の戌の1934年かも知れない。その12年前だとしたら1922年。どちらと断定できる理由はないですが、私は文字全体の印象から何となく34年のような気がしています。
雪国の海辺の冬の厳しさ、寂しさを知る人は、新年の朝を迎えた作者の言葉を自らの実感のように辿ることができるでしょう。生活の上に重くのしかかり、何ヵ月も他国との交流を妨げる大雪は、歌人にとってもいたずらに叙情的な気分で扱える対象ではないと思われますが、それでも雪につけたみずからの足跡を見つめる御風の心には自然への嫌悪感は少しも感じられない。新しい一歩を踏み出す決意や覚悟と同等に、ある種の親しみをもって雪を迎える気持ちが込もっている風にも見えます。

今はまだ葉が美しく色づいている11月。冬の厳しさなど想像もつかない陽気に恵まれた幾日間でしたが、こんなに雲一つなく晴れ渡った糸魚川を見るのは初めての経験でした。
〇曹洞宗直指院(じきしいん)。⬇️
御風揮毫の良寛詩を刻んだ石碑が建っています(戦前のもの)。老木や小さな川があり自然の情趣がゆたかなお寺です。大正期の御風の名著『大愚良寛』はここの一室を借りて執筆されました。

〇御風宅。生家にして糸魚川退住後の仕事場、そして終焉の場所でもあります。二度の火事に遭っており、生後から数えると三度建て替えられています(二度目の建て替えは御風が糸魚川へ戻った時。これは老父一人が暮らせるくらいの手狭な造りだったのを広くするために新築しただけで、火災が原因ではない)。保存されているのは昭和3年の建物。

御風の墓。清崎の大町霊園。

〇糸魚川の海。⬇️
青空を映す朝と、親不知海岸の彼方に沈んでゆく夕陽。
名所旧跡めぐりがどんなに心楽しくとも、陽の光の下で最後に見る景色ほど、旅中の情を切々と掻き立てるものはありません。