旅先の糸魚川で見つけた相馬御風の自画賛(色紙サイズの肉筆作品を表装したもの)。
今朝布里志雪尓つ計由久安志跡者古と志はし芽能安志跡尓し丁 御風戯」
「元旦雪ふる
今朝ふりし雪につけゆくあし跡はことしはじめのあし跡にして 御風戯」
御風は能書家の文士ではありますが、絵描きという意識はなかったため、自筆の絵に歌の文句を添える場合は「御風書」とせず、これは遊びのようなものだという謙遜の意を込めて「御風戯」と記しました。しかし絵が専門でなくとも、常日ごろ書家以上に墨書に深く親しんでいる人だけあって、この犬の肖像にもセンスの良い手慣れた雰囲気が出ています。
雪国の海辺の冬の厳しさ、寂しさを知る人は、新年の朝を迎えた作者の言葉を自らの実感のように辿ることができるでしょう。生活の上に重くのしかかり、何ヵ月も他国との交流を妨げる大雪は、歌人にとってもいたずらに叙情的な気分で扱える対象ではないと思われますが、それでも雪につけたみずからの足跡を見つめる御風の心には自然への嫌悪感は少しも感じられない。新しい一歩を踏み出す決意や覚悟と同等に、ある種の親しみをもって雪を迎える気持ちが込もっている風にも見えます。
今はまだ葉が美しく色づいている11月。冬の厳しさなど想像もつかない陽気に恵まれた幾日間でしたが、こんなに雲一つなく晴れ渡った糸魚川を見るのは初めての経験でした。