相馬御風『良寛さま』 | 弦楽器工房Watanabe・店主のブログ

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『良寛さま』
相馬御風・著
本:昭和5年「良寛さま」
発売:考古堂書店
平成19年初版発行
定価:500円(税別)「ワンコイン・ブックプロジェクト」

歌人、詩人、俳人にして書家としても名高い相馬御風(1883-1950)は、良寛研究の第一人者として知られました。氏は33歳のとき、東京の華々しい空気を嫌って郷里の新潟県糸魚川に退いてから、もっぱらこの越後の禅僧についての考察と紹介に努めました。後半生の30年間に上梓された研究、伝記本の類いは実に21作に及びますが、「良寛さん」という人物が遍く日本人に知られ、誰からも親しまれる存在になったのは御風の著作以後のことでした。
古来、篤い信仰を集めた偉いお坊さんが、「さん」付けで呼ばれた例は多くありません。空海は「弘法大師」であり、親鸞、法然は「上人」が妥当だろうし、「日蓮さん」と気安く呼んではどこから非難されるか分からない。彼らは開祖だから余計恐れ敬われるのでしょうが、18歳で出家してから、寺を持たず、社会的地位、権威にも関心なく飄然と生きた良寛さんの逸話は、宗派の垣根を越えて、庶民の生活感情に直かに訴えかけるものでした。
御風は、大人ばかりでなく、子供にも和尚の慎ましい心を知ってほしいとの一念から、幾つかの子供向けの本を書いています。そのうち『良寛さま』(1930)と『続 良寛さま』(1935)は、発表以来、幾度も版を重ねてきた名著です。氏の作品は詩歌俳句と研究本を合わせても現役のものは僅かなのですが、この2作の復刻本は今も500円で入手が可能です。↓

本書は年代を追った伝記の体裁を取らずに、正、続編とも断片的な小話で構成されています。普通の聖人君子と違って、欲得を捨てた良寛の生き方は、しばしば愚かしく、奇妙な言動に映ることがありますが、彼は、愚行を重ねることでかえって村人たちの尊敬を集め、交わった者を改心させるという、余人に真似のしがたい徳を備えていました。
「良寛さまは学問もたいそうよくでき、字を書くにも、歌や詩を作るにも日本中でならぶ者が幾人もないだろうと思われるほどによくできました。その上に行いがそれはそれは立派でした。本当に仏さまの教えそっくりの行いというのはこういうのだろうと思われるほどに立派でした。」(第1話「良寛さま」より)

寒い晩に良寛は着ていた着物を乞食に与え、自分の方が寒くて堪らないはずなのに、嵐の中に一夜を過ごすであろう乞食の身を案ずる。―
或る自尊心の強い、威張ってばかりいる坊さんがいて、自分は人から尊敬されず良寛ばかりが慕われているのを妬ましく思い、あるとき彼に暴力を振るおうとした。良寛は、あれは酒がさせているので本人に悪気は無いのだと一向気にしない。そのあとひどい雨が降ってきて、あの坊さんは雨具を持っていただろうかと心配する。―
こうした慈悲ぶかい説話が正編だけで37話も紹介されています。
筆者もおそらく相当な子供好きだったのだと思います。尊敬する人物の話をするのが嬉しくて堪らないといった様子が伝わってきて、そのいじらしさが良寛さんの人柄と相重なって読者の心を引き付けます。

「ほんとうにえらい人は、どんなところにどんな貧しい暮らしをしていても、いつかは世の中の人に知られて、うやまわれるようになるものです。良寛さまは、自分からは何一つじまんらしく見せびらかすようなことはしませんでしたが、いつの間にか「良寛さま!良寛さま!」といって、あっちからもこっちからも慕われるようになりました。そして着物やたべ物なんかも、あちらからもこちらからも持って来てくれますので、良寛さまは少しも困るようなことはありませんでした。」(同上)。
子供向けの本と言っても、決して大人が読んで為にならない退屈な内容ではありません。話や言葉は平易でも、人間が生きる上での大切な覚悟を説いているので、各人が、子供に自覚できない領域で話を味わう事ができると思います。