「直し」について。 | 2日間で150万円稼げた うつ病→アラフィフYouTuber

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今日の職員との報告でこんなことがあった。


小学5年生の生徒が直しをしたのだが、

彼女の行動があやしいとのこと。

どうも解答を写しただけのようだ。

そこで先生が質問し、もう一度やらせて

単元を進めたそうだ。



これは通常の手順なので

問題はない。


だが、ちょっと気になって

職員に質問した。




 僕:「なんで、直しができてなかったらあかんのと思う?」


職員:「できない問題が、ずっとできないままだからです。」


 僕:「できないままだったらなんでダメなの?」


職員:「点数がとれないから」




一般的にはそうなんだろう。

そんじょそこらの塾だったら、これはこれで間違いではない。

でも

もう一歩突っ込んでみた。




 僕:「なんで点数取れなかったらダメなの?」


職員:「・・・」





こんな感じでの会話だった。





【なぜ直しができなかったらダメなのか。】



僕の答えは

【自分の能力を伸ばせない人間になっちまうから】だ。



トライ&エラーの習慣は

行動できる人の習慣だ。

行動できない人に成功はない。

だから子どもが伸びるためには必要不可欠の習慣だからだ。


ここを分からずして指導するのと

ここをしっかり認識した上での指導とでは

言葉の重みが変わってくるのだ。


人に伝えるとはそういうものである。




加えてこれは

先生のためでもある。

指示されたことができないのは論外。

指示されたことだけしか、しない、できない、は

ただ単なる「仕事ができない奴」という単純な問題ではなく



仕掛ける側の人間になれないということでもある。



指示される側

モノを買わされる側

税金などを払わされる側

など


「される側」

で居続けることに気づかないでいるいことになるからだ。

分かって「される」のと

分からないままで「される」のとでは

大きな差が出るのは言うまでもないだろう。



生きる



ということは

仕掛ける側に行くことができる

ということなのかもしれない。