今年も、お雛様を出した。

私が生まれた時に父方の祖父母が買ってくれたもので毎年欠かさず出しているから、お雛様達にとって40回目の春になる。私には姉が居るので、私が生まれた時にはすでに7段の立派な段飾りがあったにもかかわらず、信心深い祖父が「絶対に次女にも次女の物を」、と譲らず買ってくれたと聞いている。そんな祖父母はもういない。

子ども達もすっかり大きくなって学業に忙しい学年末、”一緒に出す”というイベントもすっかり廃れたが、出ていれば「おっ!」と気に掛けてくれるので、風習は継承したか。

雛人形を並べる時、男雛と女雛、どちらが向かって右かを覚える方法を、かつて父が教えてくれた。
「三人官女に男雛が手を出したときに女雛が右手で制止できるように女雛の右が男雛」
それをまだお雛様を一緒に並べる年齢の娘に言う父も父だと思うが、毎年雛人形を出すたびに「女雛の右手が男雛を叩けるように」と思い出す私も私か。
自分で調べられるようになってから、並べ方は地方にもよるのだと知ったけれど、この話が秀逸過ぎて私はずっと向かって右が女雛だ。
そんなどうしようもないことも残した父も、もういない。

屏風も輝かなくなってしまったし、行灯の和紙は破けてしまったし、台座はだいぶシミが出てしまっているけれど、穏やかな雛人形の顔はずっと変わらない。お雛様を出しながら諸行無常を思うようになったのは、私の年のせいか、この忙しない社会情勢のせいか。穏やかな春の訪れを祈るばかりだ。