韓国政府は、日本統治の時代に韓国にもたらされた制度や言葉をなくそうと提唱している。
例えば、「幼稚園(ユチウォン)」を「幼児園(ユアウォン)」に変えるとか、店の名前で一般的に使用される「〜ダン(堂)」を変えよう、というものである。
しかし、そもそも「大統領」という言葉も日本語である。「幼稚園」を変えるならば、「大統領」等70%と言われる日本語由来の言葉を変えなければならなくなる。
たぶん韓国人のことだから、全部は変えずに、中途半端に変えることになるだろう。

旧ソウル駅舎などの建物は建築史的価値が大きいのでいいが、礎石は総督の揮毫が彫られているので、取り除くべきだと述べている。
建物が建築史的価値が大きいのならば、「総督の揮毫」も歴史的価値があるはずである。韓国人の思考は非論理的である。

紙幣の肖像画を描いた人物が親日画家であるという理由で、紙幣の肖像画が変わるという。画家は、日本の絵を学び、韓国の美術の発展に貢献した人物である。
金活蘭氏は、日本の学校制度を学び、梨花女子大学を創設し、韓国の学問や文化の発展に尽くした。今彼女は、親日派だとして、非難されている。韓国人の思考は非論理的である。

当時、文化の遅れていた自国の発展のためには、進んだ日本の文化を学ぶことが必須であったはずである。それを今になって、親日派だと言って、非難しているわけである。

韓国の著名な作家である趙廷来(チョ・ジョンレ)氏は、「日本に留学に行ってくれば無条件で親日派、反逆者になる」と話している。

屈辱の歴史を削除したい気持ちはわかるが、何でもかんでも日本に関係するものは消し去ろう、というのはどうだろうか?
「論理よりも感情が優先」という韓国人であるが、冷静に考えるべきである。