こんにちは
唐突にやってきた
「胃がん ステージⅣ」
昭和18年生まれの父
その名も崖男(がけお)の
闘病・今日までの記録です
崖男にとっても寝耳に水なら、
家族にとっても寝耳に水の
癌診断。
その頃の、私、ムスメYの気持ちを
まとめました。
9月初旬
崖男の調子が悪いと、母に聞いたけれど
当初は、さほど重く受け止めていないところも
ありました。
しかし、便秘、食欲不振、体重減少、味覚障害と
症状が飛び出してくるにつれ、
これは、まずいのではないか?と
感じはじめます
9月中旬~後半
ムスメKの義母様が看取り期となり、
いつも、崖男の病院関係のことは任せきりだった私が
崖男の通院に付き添うことに。
8月に帰省した時より、ずっと身体が細くなり
怠そうにしている様子に、焦りを感じました。
母も動揺している様子が見てとれ、
胸がつまる思いもありましたが
ぐっとこらえ、やることをやらねば。
漏れなくやらねば。と、自分にハッパを
かけていました。
しかし、自宅へ戻り、いつもの生活を
しながら、運転中などに、
まだまだやりたいこともあるのに、
このまま崖男は散ってしまうのか。
と、涙が溢れてしまうことも。
それを感じる程、崖男の衰えを感じていました。
10月に入り
とうとう、崖男の診断。
腺がんステージⅣ
ステージⅣとは、遠隔転移があり
手術を不適合。
緩和ケアをすすめられるが、
崖男と同じく緩和ケアへの勉強不足から
最悪の事態がすぐそこまで
来ていると受け取っていました。
毎日のように、腺がん、余命 ステージⅣ
検索し、崖男の尊厳を保ちながら
QOLをあげるためには?
そして、自分が後悔しないように
出来ることをしようじゃないか!
と決意したのもこの頃。
職場に崖男の話を伝え、
実家に帰ることが増えること。
休みが増えることをお願いしました。
閑話休題
【母の格言】“微笑みに勝る化粧なし”
読んでいただきありがとうございます