第2章 書店の灯(ひ)
リクトが最初に降り立ったのは、丘の上に灯台のある小さな港町だった。
風が強く、潮の匂いが染みついた石畳の道がどこまでも続いている。
宿を探して歩いていたその日の夕方。
一軒の古びた書店の前で足が止まった。
木枠のガラス窓の奥に、やわらかな橙色の灯りが見える。
看板には、うっすらと文字が浮かんでいた。
「古書と珈琲 やまね堂」
扉を押すと、かすかに鈴の音が鳴った。
中には本の匂いとコーヒーの香りが混ざっていた。
棚には古びた詩集や旅の記録が並び、奥の小さな席には老婦人が一人。
「旅の途中かい?」
声をかけてきたその人こそ、この店の主――山根夫人だった。
皺だらけの手でカップを差し出しながら、
彼女は何も聞かず、ただこう言った。
「本はね、人の心を旅させてくれるのさ。」
それからというもの、リクトは毎日書店に通うようになった。
店の手伝いをしながら、閉店後には一冊の本を読む。
ときにそれは航海の記録、ときに戦火を逃れた家族の手紙。
ページをめくるたびに、
自分の知らない誰かの人生が、目の前に広がっていった。
「言葉は、風と似ているよ。
見えないけれど、心を揺らすの。」
ある夜、山根夫人がぽつりと語った。
その言葉が、リクトの胸に深く残った。
やがて季節は巡り、
リクトは再び旅に出る決意をした。
その背中に、夫人はそっと文庫本を一冊忍ばせてくれた。
「読みたくなったら、開くといいよ。きっと、支えになる。」
旅の途中で読むべきものは、道案内ではなく――
「心を繋ぐ言葉」なのかもしれない。
リクトは胸にその灯を灯したまま、次の町へと歩き出した。
by エルガイヤ