- 前ページ
- 次ページ
昨日の続きです。
やっぱり、退院したときはすっごい元気で、すっごい安心していました
だけど、実はこのときから、私と祖父に残された時間というのは18日間でした
祖父はなぜか全然ご飯を食べなくなってしまい、足が像のように膨れ上がって、目がなんだか黄色くなっちゃって
その目は苦しい、苦しい、と訴えかけてるようにも見えました。
父と母は毎日のように親戚や従兄弟たちに「おじいちゃんはもう長くないから」って言ってまわってたのも思い出します
一緒についていって、隣で涙流して、ぐしゃぐしゃの顔で帰った事も
それから、家に帰って1人、トイレで泣いていた事も
祖父は、いっつも私がそばにいると「お前がおじいちゃんの孫になってくれて、おじいちゃんは幸せ者だ」って言ってたんですよ
私はただ黙って涙するしか出来ませんでした
そして、別れの日の一日前
残された時間があとどれだけなのか分からない私たちは時間を本当に無駄にしたと思います
みんなおじいちゃんの傍にいてあげられなくて
おじいちゃんが呻き出したのが午後4時ごろ
もう最期のときだって父と母に言われて
人生で一番泣いた瞬間だったと思います
いとこたちも涙を必死にこらえていたけど、こんな悲しみこらえられるわけがないです
だれもの目に大粒の涙がたまっていて
みんながおじいちゃん?おじいちゃん?生きてるよね?って何度も言ってて
そんなのが約6時間続きました
夜におじいちゃんは静かに眠ってしまいました
まわりは泣き声で溢れて、おじいちゃんの目元もじんわりと濡れていました
わたしはずっと泣いて、泣いて、泣きまくってました
でも、おじいちゃん、最後に
「泣くな」
って一言いったんです
でも、泣かないなんて無理だよ(笑)
今だってこれ書きながら泣いてんだからさ
ってことで、おじいちゃんとお別れして早2年です・・・
今でも実はたまに思い出して、こっそり泣いてます
っていうか、泣いちゃってます
でも、たまにこうやって泣く事っていいことだと思う
だって、そうすればおじいちゃんを忘れる事がないと思うから
だから、またたまにこうやって泣かせてね。おじいちゃん^^
みなさん、こんにちは^^
今日は夏のようにカンカン照りで、すっごい暑かったですね
熱中症になりそうで怖くて、家の外に出たくない一日でした;
まだもう少し警戒する必要がありそうですね
今日、ふとパソコンの前にいて思ったことがあります
ちょうど今年で祖父と別れて2年が経ちました・・・
祖父のことを少し思い出して、そっか、あんなことがあったんだ・・・と1人しみじみしてました
私の祖父は79で他界したんですが、
私にとって、すっごい存在でした
いつも楽しい話をしてくれて、とても元気で、明るくて
ただ子供嫌いで、なのに孫である私や兄弟は大好きで・・・
私にとって、本当に大切な存在だったんです
正直、祖父が死んだときっていうのは、心にすっごい大きな穴が開いたような感覚でした
私の祖父は、ある日、病院に定期健診で行ったとき、医師に「大腸ポリープ」とはじめ言われたそうだったんです
ポリープは前、一度祖父がかかっていて、また出来ちゃったんだって初めは思ったくらいでした
入院が2月くらいで、入院の一週間前にみんなで、「おじいちゃん頑張って!」ということで焼肉屋さんに行きました
そのときの祖父は、最高の笑顔で楽しそうにみんなのなかで話していたんですよ。
でも、それから一週間~
お見舞いに行くたびに祖父はなぜか痩せていってるように見えました
私は家族に、「おじいちゃん、痩せちゃったね」というと、父と母が少し険しい顔をしたんです
そして2人に言われたんです
「おじいちゃん、癌だった」
この一言を聞いたとき、私は心の中に闇ができました
え?癌?
癌って死ぬ確率あるんでしょ?
この2つが出てきた事、今でもずっと覚えています
そのことが分かってから、私は祖父のお見舞いに行くのが怖くなってしまいました
また痩せてたら、やつれちゃってたらって
でも、来る日も来る日も祖父は常に笑顔で、
ある日、お見舞いに行った日には、兄にプレゼントといって500円玉がいっぱいになった500円玉の貯金箱を渡していました
それから、祖父は大変な事に見舞われることもなく、普通に生活できて、待ちに待った退院の日もやってきました