本日最後のリツキサン維持療法を受けています。
45歳の年末に病気発覚。。
今年の夏で49歳
そんでもって今は48歳。。最後の治療となる維持療法も今日で終わり。。
治療始めは未来なんか見えない。全く考えられない、取り敢えず全ての治療を完遂する事だけ考えて進んできました。
そして今日で終わる
最近は病気どころじゃ無いぐらい仕事、家庭と正直なところ半端ないぐらい色々ありすぎてそこに自分の病気の3本立てでメンタルやられています
ただ今日は病気のことだけ書きますね。
病気発覚は年末美容院で首筋のリンパの腫れを指摘されて。病院行ったらあれよあれよに生検、マントル細胞リンパ腫確定。
かなりストイックに健康的に生活していたのに生まれて初めての入院受け入れられないうちに先ずはR-CHOP治療に入りました
私の内容はR-CHOP✖️3 R-BAC✖️3 そして自家造血幹細胞移植ののち12回の維持療法をやりました。
今振り返ると幹細胞が必要分取れずに、再チャレンジで取れたときがあったんですがその時R-BACの予定が一度だけズレた事と、維持療法中にコロナになり肺炎起こして維持療法が何度か空いたことぐらいでした
抗がん剤自体は勿論髪の毛が抜けていましたが、R-CHOPの時は指先の痺れがあり(今はほとんど気にならない)R-BACの時は何しろ吐き気が辛かったですかね。。。
後は最後自家移植これは10日ぐらいあまり記憶も無く本当にぐったり吐き気で、吐き気どめの為に飲んでいた薬の副作用でアカシジアにもなりかなりきつかったです
簡単に書くとこんな感じでした。
この先の予定は2ヶ月後に単純CTを取りましょうとの事でした。
退院後ラストにPet-CTを撮った以来なので正直CTを撮るのが怖いですがしょうがないですね。。。。
やはりマントル細胞リンパ腫はなかなか厄介な病気なので正直不安は変わりませんが寛解状態を楽しむしかないので何とか楽しみ探していきたいと思います
先生曰くマントル細胞リンパ腫も治療の選択肢が増えてきているのでとおっしゃっておりました。
この病気を通して人の優しさや自分1人では生きていけない事たくさん学びました。ただキャンサーギフトなんて物なんて無いし絶対要らない認めない
大嫌いな言葉ですが感謝を忘れないという事を学び忘れないようにしたいです
今は嫁との問題、子供2人の非行行為と不登校、そしてこんな時、人をまとめる責任ある仕事に就いた事、やばいぐらい抱え込んでるので一つ一つ良くなっていけば良いかなと思って立ち向かっています。
長々と書きましたがまた時間がある時更新します
感謝を忘れない。。。